第5−1話 従者

「な、なあ。本当に付いてくるのか?」


 デネボラ村を出て直ぐ、ユエさんが僕に言った。

 その表情は困っているようでもあり、どこか、照れを隠しているようでもあった。


「……みたいだね」


 僕は振り返り背後を見る。

 開けた平原。

 背後には馬を引き連れた金髪の少女が、一定の距離を保って歩いていた。

 ふんわりとしたメイド服で歩きそうだけど、気にしていないようだ。

 彼女はフルムさんに使えていた従者。フルムさんは自在に場所を移動できるアドさんと共にいる。だから、馬車は必要なくなったのだろう。

 でも、それならなんで付いてくるのだろうか?

 僕は不思議だと顎に手を沿えると、ユエさんの足が止まった。


「いや、まあ、あの人のそうなんだけどさ、お前もだよ、アウラ」


「僕……?」


「だって、ほら、別にお前が無理して付いてくることないだろうぜ」


 ユエさんが目指している場所はアクラブ王国。

 今は亡き国王の隠し子がユエさんであるらしい。

 ユエさん本人も未だに信じていないようだけど、もし、それが本当ならば村を救える。その一心でユエさんは村を出た。

 でも、その決意は少女の小さな体には大きすぎる。


「だって、また【獣人】に襲われるかも知れないんだよ? だから、誰か一緒にいた方がいいよ」


 闇ギルドまで動いていたのだ。襲撃が一度で済むという保証はない。

 それに――。


「色んな場所に行ったほうが、【獣人】を見つけられるかも知れないから」


 フルムさんと別れた今。

 僕にミッションが振られる可能性は低い。

 そうなれば、【獣人】の居場所は教えて貰えず、自分で見つけるしかなくなる。そのためにも、一か所に留まるより、色んな地域に足を運んだ方がいいと僕は考えていた。


「だから、まあ、言い方を悪くすればついでだよ」


「……まあ、それならいいんだけど。正直、アウラが付いてきてくれるの心強いし。あ、でも勘違いしないために言っておくけど、お前の【放出】が心強いんだからな!!」


 ユエさんは頬を赤らめて、僕から視線を逸らす。


「分かってるよ。そのためにも、もっと鍛えるから」


「あ、ああ! じゃあ、行くぞ!!」


 ユエさんが手と足を同時に出して歩き始める。


 アクラブ王国は周囲を海で囲まれた国。辿り着くには海を渡らなければならない。そのために、僕たちはデネボラ村の東にある港町に到着する予定だった。

 馬車を使っても3日は掛かる。

 体力を温存しながら歩かないと……。いつ、敵に襲われるかも分からないし。

 再び歩き始めた僕達の進路を、いつのまに移動したのだろうか。

 金髪の少女が道を塞いでいた。


「……あ、えっと、そこどいてくれないか?」


 ユエさんが言うと、金髪の少女は身体を傾け、「どうぞ」と道を譲った。

 僕もそれに習い横切ろうとしたが、「ズイっ」と、金髪の少女が正面を見たまま僕の進路を塞ぐ。

 ……怖いよ。


「えっと、その……、僕に何か用かな?」


 ユエさんは通して僕は通さない。

 ならば、用があるのは僕にだ。

 足を止めて問う僕に言った。


「なりません」


 ぴしゃりと言い放つ声。

 強い意志は感じるのだけど、何が「なりません」なのか分からなかった。


「あ、えっと……。なにが駄目なのかな?」


「あなたが、ただ、観光で旅をするのであれば、止めはしませんでしたが、【獣人】と戦うなら話は別です。私の主から、そうなった場合は無理にでも帰らせろと命を受けています」


「……フルムさんが!?」


【獣人】と戦うことが目的ならば、先には進ませないと金髪の少女は言った。

 フルムさんの命令によって。

 フルムさん……一緒に行動をしなくとも、人のことを心配してくれるのか。

 優しすぎる。

 その優しさは嬉しいけど、悪いけど僕だってここを引く気はない。


「それは出来ないよ。だから、あなただけでも帰ってください」


「帰れません。我が主の命は絶対なので」


 彼女も彼女で引くつもりはないらしい。

 なら、分かってもらうまで、僕は引かない。こんなことで、フルムさんへの恩を、思いを諦めてたまるか!

 金髪の少女は僕の引かぬ意思に、説得を諦めたのか。


「気は進みませんが、仕方ありませんね」


 彼女はそう言うと両手を勢いよく、膨らんだスカートの裾を掴んだ。

 彼女の白く滑らかな足が、太ももまで露になる。


「なっ!?」


 なんで、自分から脚を見せるんだ!?

 混乱する僕だったが、次の彼女の動作でその意味を知る。

 スカートから手を放した彼女は、ふわりとスカートが重力に従い落ちるよりも先に、太ももに巻かれた黒いベルトから、何かを掴み取り出した。


「あなたには申し訳ありませんが、力づくで止めさせて頂きます」


 スカートが戻った時には、彼女の手には背丈と同じ長さの槍が握られていた。

 この世界で武器を持つ人間は珍しい。 

 金髪の少女は槍を手に僕に襲い掛かる。

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