第1-5話 放出と【陽】属性
赤ん坊の声は、僕だけに聞こえている訳じゃないようだ。
姿の見えない相手にフルムさんは声を出して聞く。傷を負っているにも関わらずにフルムさんは冷静だった。
「入れ替わってるって……、あなたが間違えただけじゃないの?」
『そ、そんなことは――ないと思うんだけど……』
歯切れの悪い声に、フルムさんは追及するように言う。
「だって、それ以外には考えられないでしょう? 私たちが力を入れ替えるなんて出来る訳ないんだから」
『そ、そうだけど……』
そもそも、僕たちはなんの力が与えられたのか、詳細は知らなかった。入れ替えなんて芸当が出来る訳もない。
【陽】なんて属性も初めて聞いたし……。活性、回復って言ってたけど……。
うん? 回復?
僕と同じことをフルムさんも思ったようだ。
「【陽】とやらの属性は分からないけど、つまり、今の私は【魔力】で、回復が出来るってことよね?」
『う、うん。一番初級なのは【
「あ、そう。それなら別に問題はないわね。【
フルムさんは赤ん坊の言葉を遮り、目を瞑り意識を集中して詠唱する。
傷口に触れた手の平から光が生まれ、傷口を塞いでいく。
「す、すごい……。傷が治っていく」
自分に【陽】の属性を持つ【変換器官】があると知っただけで、ここまで完璧に使いこなせるのか……。
さしもの赤ん坊も驚きを隠せない様子だ。
『さ、流石だね……。簡単に使いこなすなんて』
「ありがとう。称賛できるなんて、いい子じゃない。今度、ご褒美にミルクでもあげましょうか? あの汚らしい祠に頭からぶちまけて上げるわよ」
傷が癒える【魔法】。
なるほど。本来はこの【陽】属性を僕に与えることで、傷付いた畑や野菜を活性・回復させようとしてくれていたのか。
もしも、それが出来るのであれば、確かに【土】や【水】を使って一から耕すよりも速いかもしれない。
まさしく、僕が欲しかった力だ。
でも、僕に与えられた力は違う。僕の力は、赤ん坊曰く――【放出】らしい。
その力が才能に溢れたフルムさんに渡っていないことが余程ショックなのだろう。
『なんで【放出】が少年に……。お、終わった……』
顔が見えなくても絶望しているのが分かった。
辛気臭い声にフルムさんは苛立ったのか、すくりと立ち上がり、祠に近寄ると「ガンッ」と祠を蹴りつけた。
足で祠を押さえたままの姿勢で言う。フルムさん。こうやって見ると足長いんだ……。
「さっきから言ってる【放出】って、一体、なんなのかしら?」
『き、君は本当に乱暴だね。ま、簡単に言えば【魔力】をそのまま外に出す能力のことだよ』
「【魔力】を外に……?」
じゃあ、あの青白い光は僕の【魔力】なのか?
『そうだよ』
赤ん坊は【放出】について説明をしてくれた。
本来、【魔法】を使うには【変換器官】を通さなければ、【魔力】を身体の外に出すことは出来ない。
だが、【放出】の力があれば、【魔力】そのものを体外で扱うことができるのだと。
『【変換器官】を通すと、本来の【魔力】半分しか威力を出せないんだ。それだけ、【魔力】を属性に変えるのは大変な作業なんだよ』
変換するだけで膨大な【魔力】が失われている……らしい。
いまいち、説明は理解できなかったけど、威力が高いことだけは分かった。
「そうだったんだ……」
なるほど。
だから、僕でもオオカミを倒せたんだ。確かにあれだけの力を、貴族であり、生まれながらに3つの属性を持つフルムさんが扱えば、強力な武器となっただろう。
しかし、武器を与えると言うことは、倒すべき相手がいる訳で……。
「確かに凄い力なのは分かったわ。これを使って相手を倒せってことだったのよね?」
『う、うん……。なのになんで――』
「だから、ウジウジと鬱陶しいわよ。だったら、もう一度、力を与えれば良いだけでしょう? それくらい思いつきなさい」
力を与えることが出来るのであれば、もう一度、同じことをすれば解決するだけの話。なにを迷うことがあるのかとフルムさんは一蹴する。
『それが出来ないから、悩んでいるんだ! 力を与えるのだって簡単じゃないのさ』
「……だったら、渡す相手を間違えるなんて愚行を犯しちゃ駄目じゃない」
『それが私にも分からないんだよ! と、とにかく! 過去に行きたければ私の願いを聞いてくれ! それしかないんだ』
フルムさんは必死な声に「ふぅ」と小さく息を吐き出し、祠を押さえつけていた足を退ける。
そして、口角は三日月のように歪めて微笑む。
「どうしようかしらね~。力を間違えるような相手のこと、もう信じられないわね~」
ニヤニヤと意地悪く微笑むフルムさん。
こんな状態でも楽しくて仕方がないと言う風だった。
れ、例の……、例の癖が出てますよ? フルムさん!?
『そ、そんな……』
「ま、その時の気分で言うことを聞いてあげるわよ。【陽】の属性も便利そうだしね」
凄い! 正体不明の力を持つ赤子に対して完全に主導権をフルムさんは握っていた。
「今日は帰るから、また、なにかあったら教えて頂戴。それくらいは出来るんでしょ?」
『は、はい……』
大人しく従う声にフルムさんは勝利の笑みを浮かべた。
「ふふ。じゃあ、帰りましょうか、アウラくん」
「は、はい……」
畑を戻せればいいと言う僕の願いは、僕が望む力とは大きく違っていた。【魔法】は使えないままだ……。
いや、【魔力】を使用する点は同じだから、一応、【魔法】と言っていいのだろうか?
今度、赤ん坊の声が聞こえたら、質問してみよう。
僕はフルムさんの隣に並んで森を出た。
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