第4−8話 天才+努力=

 アウラが【獣人】と戦っているころ。

プリズン】の中でも戦いが始まろうとしていた。外部と遮断するようにせり上がった堅牢な岩。フルムは壁を叩く。鉄のようなで感触が骨を通じて振るえる。


「へぇ~。【プリズン】を使えるのね。あなたも相当強いってわけね」


プリズン】の消費量は膨大だ。並大抵の人間は発動すら困難な【魔法】にあたる。だが、目の前にいる男――ダクラは疲労すら見せていない。


 彼もまた、【魔力】の才能に溢れているようだ。フルムの強いと言う言葉に気をよくしたのか、笑顔を浮かべる。


「ああ、当然だ。お前にはこの牢が破れるかな?」


「さあ、どうでしょうね? 破れるかもしれないし、破れないかもしれないわね」


 フルムは肩を竦めながら、【プリズン】を破るための条件を考える。その方法は大きく3つあった。


 【魔法】の発動時間は有限。一定時間が経過すれば自然に崩れていく。その時間を待つのが一つ。


 二つ目は単純に発動者を倒すか。


 そして最後は――【獣人】より、強力な【魔法】で壊すかだ。


 フルムはどの方法がより確実なのか。相手の実力を探るように向き合う。


「でも、わざわざ、【魔力】を消費してまで閉じ込めなくても、私は逃げないわよ?」


「そういうな。これが俺の戦闘スタイルなんでな。【ファイア放射エミット】」


 ダクラは新たに詠唱を行い【魔法】を発動させる。肩に付いた山のようなコブから炎が噴き出す。まるで炎の翼を生やしたようだ。


「……なるほど。あなたは口だけじゃない訳ね」 


 2つの属性を同時に発動する。その行為は才能だけでは足りない技術。


 感心するフルムの額に汗が湧き出る。ここで初めて、最初に【獣人】が発動した【プリズン】は相手を閉じ込めるためでなく、熱を閉じ込めるために必要だったのだと知るフルム。


 だが、既に手遅れだ。相手に優位の状況は既に出来上がっていた。逃げ場のない熱は籠り、立っているだけで大粒の汗が地面に落ちる。


「さてと、ちょっと困ったわね……」


 熱さで朦朧とする頭。

 汗と共に流れる体力。

 だが、それは相手も同じではないか。

 フルムは言う。


「でも、これじゃあ、あなたも辛いでしょう? 我慢大会でも開催するつもりかしら?」


「ああ~。そうだな。でも、俺はこの程度の地獄は何度も味わってるんだよ!!」


 ダクラはその言葉の通り、汗一つ掻いていなかった。動きも鈍らずに身体を屈めて一息に飛び出す。

 素早い【獣人】の動きに、フルムは即座に対応する。


「【アースシールド】!!」


 ダクラの動きは素早いが、目で終えないほどではない。どうやら【獣人】にも個体によって特徴があるようだ。

 外にいる【イヌの獣人】は速度。そして、ダクラは腕力だった。発動したフルム【シールド】もろとも殴り飛ばしたのだ。壁と盾に身体を挟まれたフルムは、壁に背を付けたまま睨む。


「……やるじゃないの」


「どうだ! 二つの属性を組み合わせる【魔法】。そして獣以上に強い最強の肉体!! これで俺に勝てる奴は存在しねぇ!! 今からでも遅くないぜ? 自分から俺の女にならないって頼むなら助けてやるよ」


 寄り掛かっていた背に力を込めて、背筋を伸ばして立つ。


「タダですら、フレアと勝手に婚約を結ばれてたのよ? 悪いけど恋愛くらい好きにさせてもらうわよ!!」


 フルムが【魔法】を使い反撃を試みようとした時――、


「……フレア?」


 と、呟いたダクラの動きが止まった。


「フレアと婚約を結んでたってことは――お前は貴族か?」


「まあ、そういうことになるわね」


 貴族という言葉に「ギンッ」と目を見開き瞳の色を変える。


「フレア・ブレイズ。ブレイズ王国の跡継ぎ。俺が殺すべき対象だ」 


「……へぇ、あの男にも知り合いがいたのね。まあ、性格悪いから命は狙われていても不思議はないけども」


「知らないさ」


 会ったことも、見たこともないとダクラは言う。

 それでも殺すべき相手だと笑う。

 不気味な表情だ。


「フレアが王族というだけで殺す価値がある。そして、それは貴族であるお前も同じだよ……。俺はそのために闇ギルドを作ったんだ」


「……」


「身分が全ての世の中を俺がぶっ壊すんだよぉ」




 ダクラは貧しい家に生まれた。

 ネディア王国の北部は乾燥地帯であるために、常に食料が不足していた。

 砂漠の地に広がる僅かなオアシス。

 そこに作られた小さな村でダクラは育った。


 父の【火】

 母の【土】


 2人の属性を引き継いだダクラは村で一番の強者として将来を期待されていた。

 1人で2つ。

 それだけで価値があった。


 だが、どれだけ本人に価値があろうと家に金はない。ましてや、アカデミーもない村だ。

 正式に【魔法】を学ぶ機会がなかった。


 それでも【魔法】を学ぼうとギルドに入り、獣の討伐や重要人、貴族の護衛と任務をこなし腕を磨き、金銭を稼いだ。


 そんなある日のこと。

 名の知れたダクラの元に、とある貴族の専属護衛人にならないかと話が舞い込んだ。ダクラは直ぐにそれに飛びついた。


 日々、護衛をして過ごしていたある日、貴族たちはパーティーに出掛けていった。

 1人残ったダクラには、屋敷を守る様にと任務を言い渡していた。

 そして、その夜――屋敷を闇ギルドが襲った。


 防戦するダクラ。

 死に瀕した時、闇ギルドの1人が真実を口にした。


 貴族の娘がダクラに恋をしていた。

 そのことを不満に思った親が、ダクラを殺すために自分たちを雇い襲せたのだと。


「ふざけるな……。俺は……!!」


 怒りに覚醒したダクラは2つの【魔法】を同時に発動することで闇ギルドを皆殺しにした。

 いくら強くても生きてると思わなかったのか、貴族達は嬉しそうに帰ってきた。

 血にまみれたダクラの顔を見て青褪め、何が起こったのか問うた。

 内容を知った貴族は「よくやった」と白々しく褒めるが、その首をダクラは切り裂いた。

 皆殺しだった。


 唯一生かしたのは、自分を好きだと言った娘。

 こんな腐った場所に居ては、彼女もダメになる。ともに生きようと声を掛けるが、「人殺し」と喚き拒絶された。

 所詮、この女も貴族なのだ。

 冷めたダクラはその首を自らの手で絞め殺した。


 結果、国を追われたダクラは砂漠を彷徨い続けた。

 時にすれ違う商人を殺し、喉を潤し生きながらえ――自らが闇ギルドを作り上げた。

 腐りきった貴族を殺すために。




「王族に、貴族に生きる価値なんてねぇ。まさか、ユエとかいうガキ以外にも会えるとはなぁ。今回の依頼はついてるぜ!!」


 ダクラは自身の興奮を示すかのように【放射】を繰り返し、熱を上げる。


「どうだよ、貴族様よぉ! 生まれ持った立派な【魔力】で、俺の【魔法】を破ってみたらどうだ!! まぁ、そんなことは無理だろうけどよぉ!」


 フルムはこの場をどう乗り切るか考える。

 相手の土俵。

 身体能力の差。

 それらを踏まえて、次にどう動くのか。選択によって勝敗が決まると感じていた。


「そうね。だから、我慢比べと行きましょう。【ファイアチェーン】」


 フルムの選択。

 それは

 炎の鎖を生み出し、相手を拘束することだった。フルムの手から伸びた炎の鎖が巻き付き、相手の身体を束縛する。


「どう? 私の【鎖】は簡単には破れないわよ?」


「はぁ……。だからよぉ。獣の力を舐めんじゃねぇよ!!」


 山のような肩を震わせ力を込める。


 ミシミシ。


 鎖が音を立てる。

 徐々にその音は大きくなり、最後には炎が弾け飛んで消えた。純粋な腕力のみで【魔法】を破ってみせた。


「残念だったなぁ。俺が【獣人】になる前なら、通用したかも知れねぇな」


 フルムは【鎖】を破り得意気に語るダクラに、もう一度、同じ【魔法】を発動した。


「【ファイアチェーン】!!」


 先ほどの焼き回しを見てるかのような同じ光景が繰り返される。

 何の工夫もない繰り返し。

 ならば、結果は変わらない。


「だから、無駄だと言ってるだろうがぁ!?」


 無意味にも繰り返すフルムに、苛立ちの叫びを上げて鎖を引きちぎった。

 瞬間――。


「【ファイアチェーン】!」


 三度目の拘束。

 流石に何か考えが有ってフルムは、同じことを繰り返していると――ダクラは思い至った。

 ならば、相手が望まぬ行動をすべきだ。

 ダクラは鎖を千切らずに、自ら拘束される選択をした。


「……なるほどな」


「なにがよ」


「【ファイアチェーン】。こうやって俺の体温を上げ、体力の消耗を促しているのか」


「……」


「だが、残念だな。俺の持つ獣の力は――駱駝ラクダ。肩にあるコブに水分を貯め込み、極暑の中での活動時間を伸ばすことができる。だから、俺は何もしない。好きなだけ【魔法】を使うがいい。どんな攻撃も耐えてみせるぞ?」


「なっ……!!?」


 フルムは予想していなかったと口を抑える。

 どちらが熱に耐えられるのか我慢比べ――をフルムはしたかった訳じゃない。


「あら、そう。だったら、遠慮なくやらせてもらうわね」


 フルムは右手を構え、2つの詠唱を連続して行う。


「【アースランス】、【エアー付与エンチャント】」


 地面から精製された槍が、風を纏い鋭さを増す。

 凶悪な形状をした槍をフルムは構える。

 その光景にダクラは、初めて額から汗を流した。


「【魔法】に【魔法】を合わせるなんて――出来る訳がない!」


 2つの【魔法】同時に扱えるダクラだからこそ、難易度を実感した。 

 この一撃は避けねば危険だ。獣の脚力で大きく距離を取ろうとするが――、


「あなた、馬鹿なの? 【ファイアチェーン】があるじゃない」


【魔法】に【魔法】を合わせる技術を見せられ、自らを縛る炎の鎖を忘れていた。熱に強いからこそ、耐えれてしまった。

 鍛えたはずの長所が、初めて短所へと切り替わる。


「お前、どれだけ努力を――!?」


 才能だけでは片付けられない技術。

 だが、貴族は【魔力】に頼って何もせずに偉そうに踏ん反り返るだけ。ダクラの経験を、フルムは大きく超えていた。


「女の子の努力は気付かないふりするものよ」


 フルムは槍を投げる。

 巻き起こる風が回転し、貫通力を高め、ダクラもろとも壁を貫いていった。


 牢から抜け出たダクラは最後の意識でフルムに聞く。


「くそが……最初から壊せたのかよ。なら、なんで」


「確実に当てる状況を作りたかったのよ。あんたを倒すために決まってるじゃない」


 外の涼し気な風に髪を靡かせながら――フルムは笑った。

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