第4−7話 勝者のリベンジ

 村に着いた僕たちは、かつて、ユエさんとエースさんが作り上げた花畑に移動していた。どうやら、その場所に【イヌの獣人】ともう一人の【獣人】が待ち構えているらしい。

 相手も2人。

 こちらも2人。

 僕は足を引っ張るわけには……。

 不安を押し殺して歩く僕にフルムさんは言った。


「あなた、私に見てのお楽しみといったのでしょう? 私にそんなことを言えるのだから、あんなイヌ如きにビビる必要はないわよ」


「フルムさん……。ありがとうございます」


 僕はフルムさんに感謝を述べ、花畑へと入っていた。

 燃え尽き炭となった柵を踏み越えると――そこには2人の【獣人】がいた。

 1人は僕たちが一度捕えた【イヌの獣人】。

 もう1人は2メートル近い巨体に大きく山の用に膨れ上がった肩を持つ【獣人】。顔には無数の皺が刻まれ老練の戦士のようだ。

 力の根源となる生物が分かれば、追加される力も分かるが、僕にはどの生物か分からなかった。


「お前らか? この雑魚を一度は倒した人間というのは?」


 男は静かに顔を上げて僕らを睨む。

 その視線に刺された僕の身体を冷たい風が走り抜ける。この男は闇ギルドとして幾多の修羅場を潜り抜けてきた。

 強さが――違う。

 直感的にそう感じた。感じさせられた。


 怯む僕だったが、フルムさんは違った。


「あら、気が合うわね。私もその男は雑魚だと思うわ。もしよかったら、仲良くお話でもしましょうか? なんて……、あなたは話が通じるタイプには見えないけどね」


 口元に手を添えて微笑する。


「おいおい、気が強ぇな。俺は俺に従う女しか好みじゃねぇんだよ。ま、どうしてもっていうなら、1回くらいは関係を持ってやってもいいぜ?」


「それは、自ら器が小さいと教えてくれてるってことでいいのかしら? 残念だけどあなたみたいな馬鹿面は、こっちから願い下げよ」


 フルムさんとの言い合いを横で聞き、僕は少し落ち着きを取り戻した。

 この【獣人】が強いのは間違いない。恐らく、【イヌの獣人】を雑魚呼ばわりするほどには。あの、煩かった【イヌの獣人】が、黙って立っているのが証拠だ。


「フルムさん」


「ええ。分かってるわ。作戦通り行きましょう」


 僕とフルムさんは常に2人で戦おうと戦略を練っていた。

 2対2の構図を作れば、【回復キュア】を持つ僕たちが有利だと考えていた。僕が盾となりフルムさんが剣となる。

 だが、相手は僕たちの戦略を壊すかのように【魔法】を発動した。


「おい。この女は俺がやる。お前はあそこの水ぼらしいガキと遊んでろ――【アースプリズン】」


 メキメキと地面が音を立てせり上がっていく。


「フルムさん!!」


 地面は僕とフルムさんを分かつように、半球状のドームを作った。

 中に閉じ込められたのはフルムさん。岩に密封されたフルムさんの姿は見えなし、声も聞こえない。

 完全に遮断された。

 僕は壁を【魔力】で破壊できないか、試みるが――


「俺はお前に復讐したくて残ってたんだ。今回は1人だからなぁ。こないだみたいに上手く行くと思うなよ?」


 待ってましたとばかりに舌を出し、【イヌの獣人】が近付いてきた。


「……」


 落ち着け。

 フルムさんなら大丈夫だ。むしろ、優位に立ったとも考えられる。【プリズン】の魔力消費量は膨大だったはず。

 相手は【魔力】を大幅に失った状態でフルムさんと戦おうと言うのだ。

 それだけ自身があるということだろうが……。


 取り残された僕に【イヌの獣人】が言う。


「あ~あ。あいつ、この中に入ったらお終いだよ。ダクラ様――じゃなかった、しわくちゃ野郎は、2つの属性を使えるんだからなぁ」


「……」


 もう1人の【獣人】は、ダクラというらしい。

 2つの属性が使えると得意気に引け散らかす。


「いくら、あの女が回復とか意味の分からん力を持っていても、【風】じゃあ、勝てねぇよ。相性が悪かったな」


「……そうだね」


 やっぱり――フルムさんは大丈夫だ。

 僕は僕でこの男に集中しよう。

 ふっと心が安らいだ。

 そんな僕を見て、【イヌの獣人】は「諦めた」と判断したようだ。

 顔を抑えて高笑いする。


「なんだよ、負けを認めるのか?」


「いや、そう言えば、あなたとの戦いでフルムさんは【風】しか使ってなかったけど、本当は――3つの属性を使えるんだよ」


 フルムさんの事実に高笑いが徐々に消えていき、目を大きく見開き瞬きを繰り返す。


「は……? マジかよ……。3つって、もはやバケモンじゃねぇか!!」


 正しくは【陽】属性を含めれば4つなのだけどね。

【回復】に3つの属性。【プリズン】の中での力量は互角だと判断したのか、【イヌの獣人】は指を突き出し宣言する。


「そうか、なるほどぉ! だったら、お前をさっさと倒して俺はズらかるぜ!!」


 言い終わらぬうちに【イヌの獣人】は高速移動を始める。

 目で捉えられぬ速さに、爪に【付与エンチャント】した風が、鋭さとリーチを増加させる。

 最初から本気で僕を倒しに来た。


 ザッ。

 ザッ。


 爪が僕を切り裂いていく。

 鋭い刃に皮と肉が抉れ血が地面に飛び散った。


 戦闘方法は【魔法】を使い本気になったかも知れないが、相手をいたぶり、弱らせてから止めを刺すことは変えないようだ。


「ほらほら、どうしたよ! 前みたいになんか出さなくてもいいのか? 俺の速さを捕えられないんだろ~?」


 速さで姿は視認出来ない中、声だけが響いた。

 

 ザッ。

 ザッ。


 僕の傷は増えていく。

 これくらいの傷は大丈夫だ。

 今は意識を集中しろ。

 数秒でいい。


 身体から【魔力】を放出するんだ。


 キーン。


 乾いた音が響き、動き回っていた【獣人】の動きが止まった。

 いや、違う。

 止めることに成功したんだ。


 肉を抉るはずだった【イヌの獣人】の爪は、僕の身体で止められていた。

 大きく踏み込んだ足が深く地面にめり込んだ。


「な、なにぃ? 切れねぇだと?」


「つ、捕まえた!!」


 僕は両手を伸ばして鋭い爪を持った両手を掴んだ。


【放出】は【魔力】に質量を与えて外に放つ能力。

 この3日間で僕は身体の至る所から【放出】する術を身に着けていた。

 ……本当は全身から【魔力】を放出して、空を飛ぼうと思ったんだけど、そこまでは出来なかった。

 今の段階では身体から【魔力】を出すことだけ。

 しかもほんの数秒。

 でも、今回はそれだけで充分だった。


「ば、馬鹿な……! 俺は【風】も【付与】してんだぞ!?」


「知ってるよ!」


【魔力】と【魔力】がぶつかれば濃度が高いほうが勝つ。だが、それは余程差がないと生まれない。

 相手が生まれついての王族か天才でもない限り、力量は基本的に互角。

 ましてや、今回相手が使った【魔法】は【付与】。

 実在する爪の分も【魔力】で防がねばならない。


「だから、全部の【魔力】で受け止めたんだ!」


 濃度で足りない分を消費で補った。

 僕は停止した【獣人】の腕を掴む。


「おいおいおい。腕で掴んだからって、力で勝てると思ってんのか? 俺は獣の力を――あれ?」


【イヌの獣人】は、僕に掴まれた腕を引き抜こうとするが動かない。


「お、おい! お前、なんだよ、その力!!」


【獣人】が人に大きく勝っていることは身体能力。俊敏さに重きを置いているとはいえ、人間が獣に力で勝てるわけがない。

 想定外の出来事に大きく混乱していることだろう。


「【魔力】を纏って、肉体を動かすことで――力の差を埋められるんです!」


 上半身から放っていた【魔力】を右手に集中させる。

 今の僕は【魔力】を一か所に集中させることしかできない。しかも、数秒だけ。

 だから、相手にバレる前に終わらせる。


 右手で掴んだ腕を振り上げ、背で担ぐようにして地面に叩きつける。

 頭から落下した獣人は気を失ったようだ。


「や、やった……!! 僕が勝てたよ! 後はフルムさんを助けに――?」


 あれ?

 グワンと視界が歪み、一気に地面が近づいた。

 獣人の顔がすぐそこに。

 あ、【魔力】を一気に使い過ぎだし、血を流し過ぎた。


 僕はフルムさんが閉じ込められている牢に手を伸ばし――意識を失った。

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