第3-4話 飼い犬

 僕は宿にユエさんと帰った後、すぐにデネボラ村の入口に移動していた。

 日暮れと共に、この場所でフルムさんと再開することを約束していたからだ。


「遅いな……フルムさん」


 既に日は暮れ、辺りは暗い。

 夜になると、デネボラ村に人がいないことが、より鮮明になった。明かりをついている宿屋が極端に少ない。


 フルムを待つ間、僕の頭には、畑でユエさんから聞いた話が何度も再生されていた。


 ユエさんは捨て子であり、マルコさんとエースさんの2人で育てられたのだと。

 宿屋を経営し始めたばかり頃、捨てられていたユエさんを拾ってきたのがエースさん。

 そこから、3人での生活が始まった。

 だが、始めたばかりの宿屋では、生活が厳しくその日暮らしがやっとのこと。

 生まれて間もない子供と3人では、財力が足りなかった。


「だから、エースは夜中も働いてたんだよ。怪しい実験に参加したって噂もある。その結果、死んだんだよ」


 才能の無い人間は身体を使うしかない。

 エースさんの思いが僕には痛いほど分かった。


「私がいなきゃ、エースは生きてたんだ」


 ユエさんは生まれてきた自分を嘆いた。

 捨てられるような子供でなければ、宿屋【マルコ&エース】での生活に集中できて、エースさんは、今も生きていたと。


「……」


 ユエさんは何も悪くない。

 生まれて間もない子供に何が出来るというのか。捨てた親が悪いのだと、僕は言おうとしたのだけど、辞めた。

 そんな言葉を掛けたところで、今のユエさんには慰めにもならない。


「だから、私はマルコには生きて欲しいんだ」

 

 ユエさんとマルコさん。

 2人共、互いのことを大事に思っており、エースさんのことが好きだからこそ、思いがすれ違っていた。


 親友と創り上げた宿屋を失いたくないマルコさん。

 自分の為に命が消える恐ろしさを知るユエさん。


 2人の思いはどっちが間違いだなんて決められるはずもない。

 ならば――、


「間違いがあるとすれば、【獣人】がいることだ」


 人の思いも過去も変えられないけど、今起きている間違いは正せる。

 改めて、【獣人】を倒す決意をした僕に、


「あら、早いのね。何も情報が手に入らなくて、ずっとここで時間を潰してたって感じね」


フルムさんが歩み寄ってきた。


「フルムさん!」


 1人待っている僕が退屈そうに見えたのか、何もしていないと邪推するフルムさん。

 一応、僕も情報は手に入れたんだけど……。【獣人】によって村人たちが避難していることくらいは、きっと調べているんだろうな。

 遅れてやってきたフルムさんに僕は聞く。


「フルムさんは何か分かりましたか?」


「ええ。現在、村人達が条件と引き換えに【獣人】の被害を抑えている。とか教えて貰えたわ」


 やはり、フルムさんも村が【獣人】と取引していることは知っていた。


「宿の売り上げを全部、引き渡して。ですよね」


「あら。あなたもそこまでは調べが付いてたのね。少し見直して上げてもいいわよ」


「ありがとうございます」


 僕も少しは役に立つと、少しアピールをしたつもりだったのだけど、フルムさんはその先を言っていた。


「なら、その間にブレイズ王国、ネディア王国に助けを求めた村人達が一向に帰ってこないというのも、知ってるわよね」


「それは――知りませんでした」


 マルコさんたちは、ただ、売り上げを渡しているわけではなかったのか。

 数人の村人を隣接する国へ派遣し、助けを求めているようだ。

 なるほど。

 助けが来るまでの時間を稼いでいるのであれば、マルコさんの言う通り、この状況を守っている方が安全だ。下手に動いて【獣人】を刺激したら、より不利になる。


 だが、その思いはフルムさんの言葉で一気に崩れていく。


「ただ、もう2週間、帰ってきてないらしいのよ。王国に伝わり討伐に向けての準備で時間が掛かっているのか。それとも――」


「派遣された村人が、王国まで辿り着けていないのか」


 2週間。

 僕から見ても長すぎると感じる期間だ。王国直属の騎士たちが来ないのであれば、依頼を受けて獣を討伐する【ギルド】に駆け込めばいい。

 それらのに、誰一人、助けに来ないとなれば――助けを求めに村を出た人々が殺された。

 その可能性もあるのではないか?

 僕の意見にフルムさんは言う。


「ええ。それならば、まだ良いんだけど、村人の中には自分だけ逃げたんじゃないかって疑ってる人も居たわ」


「……」


 仲間の村人を疑うほど、村人たちは疲弊していたのか。

 自棄になって命を捨てる覚悟で【獣人】に挑む人が現れているとフルムさんは、目にした現状を語った。


「私が向かった避難所では、再び反逆の準備をしてる人もいたわ。このまま放って置けば、被害が大きくなることは間違いないわね。そうしないための方法は一つしかない」


 フルムさんは胸を張って言う。


「私たちが明日、【獣人】を倒しちゃいましょっか」





 翌朝。

 僕は早めに目が覚めた。【獣人】と戦わねばならないと思うと、緊張で中々寝付けなかった。


「おはようございます」 


 隣の客室をノックする。フルムさんも僕と同じく【マルコ&エース】に宿泊していた。ノックをしてしばらく待つが返事はない。

 恐らくまだ寝ているのだろう。


「フルムさんも疲れてるんだよね」


 恐らく、フルムさんは僕以上に疲れているはずだ。

 妹を連れ去れた状況で与えられたミッション。本来ならば気が気でないはずなのだ。

 フルムさんには万全な状態でいて欲しい。

 起こすのをやめ、僕は下へ降りていく。


 宿屋、【マルコ&エース】は二階が客室となっており、一回はロビーと食堂があった。食堂からは、食欲をそそる香ばしい匂いが流れていた。

 中に入ると、厨房でマルコさんが料理を作っていた。作業するマルコさんに挨拶をする。


「おはようございます、マルコさん」


「おお、おはよう。昨日はありがとうな。ユエを連れてきて貰って」


 僕の顔を見たマルコさんは、手を止めて小さく頭を下げた。

 そんなお礼されるほどのことではないのだけども……。


「いえ。僕にはそれくらいしかできませんから」


 ドォォン!!!


 突如、外から爆音が響いた。何事かと顔を見合わせた僕たちは、すぐに宿の外へ走る。音がした方角を見ると、離れた場所から煙が上がっていた。

 誰かが【魔法】を使ったんだ。

 それに、あの場所って……花畑がある方ではないか?同じことをマルコさんも思ったのか、青褪めた顔で言った。


「ユエ!! まさか、アイツ……」


「どうしたんですか?」


「ユエは毎朝、花畑の様子を見に行ってるんだ。もしかしたら、【獣人】に襲われたんじゃ!!」


 マルコさんはエプロンを脱ぎ捨て、花畑に駆けだそうとする。

 僕はその手を掴み、自分が行くと宣言した。


「でも、昨日よりも危険なんだ。アウラを巻き込むわけには……!!」 


「大丈夫です。最初から僕たちは【獣人】に用があるので……。それに、もしかしたら、ユエさんが戻ってくるかも知れません。ですから、マルコさんは、ここに残っててください」


「【獣人」に用があるって、君は一体――?」


 困惑するマルコさんに僕は、もう一つ、お願いをした。


「あと、もしフルムさんが目覚めたら、花畑に行ったと伝えてください」


「わ、分かった」


 僕は全速力で花畑を目指す。立ち上がる煙が近づくと、昨日、僕がみた美しい鮮やかな紫は、どこにも存在していなかった。

 命の輝きがない黒。

 花々が焦げ、煙が立ち昇る。


 そんな花畑の中心に一人の男が座っていた。

 痩せた頬と土や泥で汚れた体。

 衣服を一切身に着けていない男は、離れた場所からでも【獣人】でないことが分かる。

 そして、周囲には誰もいない。

 一先ず、男の人に話しかけるべきか。


「見たところ大きな怪我はしていないようだけど……」


 意思のない人形のように、膝を付き力なく項垂れる男。

 僕はゆっくり近づき、「大丈夫ですか?」と声を掛ける。 


「わあああああぁ!!」


 男は僕の存在に気付いたのか、鼓膜が張り裂けんばかりの声量で叫ぶと、迷うことなく詠唱・・した。


「【ファイアボール】!!」


 人が抱えられるほど大きな火の球が、僕を目掛けて放たれる。

バレット】よりも、速度は遅いが、威力が高い【魔法】。


「……っ! 【シールド】!」


 僕は咄嗟に盾を生み出し、【魔法】を防ぐ。

 火球は盾にぶつかると、爆発と共に轟音を響かせ消滅した。


「よ、良かった」


 攻撃を受けても【シールド】は消えていない。つまり、変換せずに【魔力

】を放出している僕の方が有利だ。


「有利だって分かったのはいいんだけど……」


 なんでいきなり、【魔法】を使って僕を攻撃してくるんだ?

 錯乱する男は、狂ったように【ファイアボール】と詠唱し続ける。

 球体が5つ。


 ゴゴゴゴゴ。


 連なって僕へ襲い掛かる。

 男は数を討てば僕の【盾】を壊せると考えたようだ。僕を殺すために、全ての【魔力】を投げ打って戦っていた。


「さっきは不意だったけど!」


 余裕があれば、イメージによって消費量を調節できる。

 先ほどよりも大きな【盾】をイメージした僕は、全ての攻撃を防ぎ切った。


「なっ!!」


 1個だけの【シールド】で防ぎ切られると、男は思っていなかったのだろう。驚きの声を上げ、攻撃の手を緩めた。


「今だ!!」


 僕は無詠唱で【バレット】を放つ。

 通常よりも威力を抑えた。


 ドッ!!


 男の腹部に当たり、呻き声を上げて蹲る。

 動きを止めた男の両手を【チェーン】で固定する。


「だ、大丈夫ですか?」


 胃が揺さぶられたのか、唾液を地面に吐き出す。


「が、はっ……。ああ」


 威力を調節したつもりだったんだけど、まだ、未熟なようだ。

 今後、鍛錬をしないと……。


 男は、何度か呼吸を繰り返して、息を整える。

 話せるようになった途端、男は僕に命乞いをした。


「俺は、俺は……。ただ、【獣人】に言われたことをしただけだ。た、助けてくれ!!」


 両手を後ろで縛られた男は、膝を付き、地面に頭を何度も打ち付けた。石で額を切ったのか血がにじむ。

 明らかに異常だった。


 僕は男の肩を掴んで落ち着かせる。


「お、落ち着いてください。僕は何もあなたに危害を加える気はないんです。ただ、あなたが攻撃してきたから――」


「そう言われたんだ。こ、ここに来た奴は殺せ。そうすれば、助けてやるって……。俺は悪くない。ユエが先に手を出したんだ」


 虚ろな目で男はユエさんの名を出した。


「ユエさんがここに来たんですか?」


「……あいつがご主人様に手を出したんだ。村人との約束を破ってまで、こんな畑を……守ろうと」


「詳しく教えてください!」


 僕の言葉に男はブツブツと起こった出来事を羅列していく。順序がバラバラで理解に時間が掛かったが、何が起こったのか把握できた。

 

【獣人】は村人との約束を破るために、ユエさんを利用したんだ。

ユエさんが毎朝ここに来る。

そのタイミングで、花畑を荒らすことで、ユエさんが自分から手を出すように仕向けたんだ。


「俺は、もう、飼われるのは嫌だ。助けてくれ! 頼むよ!」


 そして、この人は救援を助けに村を出た中の一人だった。

 他の人間は殺され、たった一人、【獣人】のペットとして飼われていたのだと言う。


「分かってます。あなたは自由ですから、早く非難して他の村人に伝えてください」


 でも、ユエさんと【獣人】はどこに行った?

 まさか、入れ違いになったのか!?


 僕が宿に戻ろうとしたところで――村から轟音が響いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る