第9話 参戦
『オオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
「「「っ!?」」」
追い詰められたヒュドラがひときわ強く鳴いた瞬間――ボゴォ!
核を守るようにして、毒液の触手が地面を割って現れた。
そして同時に――コオオオオォ……ッ
ヒュドラの直上、空に巨大な魔方陣が描かれる。
直後、街に降り注いだ禍々しい光に、
「……!? これ、超広範囲の嫌がらせスキルだよぉ!? 効果は……全ステータス低下!?」
それはポイズンスライムヒュドラが隠し持っていた凶悪なスキル。
有効射程が広範囲にわたるだけあって
「あ……うぐ……!?」
急激に重くなった身体、握力を失う腕。
恐らく防御力も致命的なまでに低下しているだろう。
そんな彼らの前には何本もの触手が核を守るようにうねっており、急激にステータスの下がった彼らに二の足を踏ませていた。
だがそのほとんどが中堅とはいえ、それなりの修羅場を乗り越えて来た冒険者たちだ。
何人かの近接職が触手をかいくぐりながら果敢に核を目指そうと走る――が、ヒュドラの切り札は触手でもステータス低下の広範囲スキルでもなかった。
ボゴォ! ボゴォ! 耳障りな音を響かせてヒュドラの身体にうがたれるいくつもの孔。それがまるで呼吸でもするかのように大きく息を吸い込んだ、次の瞬間。
『――ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!』
街全体を震わせるようなモンスターの獣声が轟いた。
だがそれは、いままでヒュドラがまき散らしていた無意味な鳴き声とはわけが違う。
膨大な魔力の乗った一撃。
スキル名〈
食らった相手を恐怖による錯乱と強制停止に追い込むその効果は、相手との
「「「「「う、ああああああああああああああっ!?」」」」」
「な……っ!?」
ステータス低下のスキルと同様、
「ポイズンスライムヒュドラが超広範囲のステータス低下に高レベルの〈
愕然と呟きながら
失禁、嘔吐、錯乱、悲鳴。
子供や生産職はおろか、先ほどまで果敢に核を狙っていた戦闘職までもが全員武器を取り落とし、へたり込んで自失に陥っていた。
核へのトドメどころか避難さえままならない。
いまにもパニックで死人が出かねない状況だった。
どう対処すればいいのか、焦りで顔を歪めながらも3人が頭を巡らせる――そのときだった。
屋根の上を白銀の影が走り抜け、
「状況は把握しています! 私がトドメを!」
それは
まだ発展途上であるためステータス低下の影響を強く受けてはいるが、触手で守られるだけの核を破壊するのにはなんの支障もない。
「――フッ!」
屋根から飛び降りたエリシアは息を吐くと、一直線に核へと迫る。
切っても復活し、なおかつわずかな破片でも周囲に致命的な被害を与えるだろう触手は回避一択。無駄な労力をかけることなく最短で戦場を突き進む。
が、そのとき。
ドゴオオオオオオオオオオッ!
「っ!」
大通りに軒を連ねる石造りの宿を土台から吹き飛ばすようにして、何本もの触手が生えてきた。触手自体は大した脅威ではない。問題は、倒壊する建物のほうだった。
落下地点に、錯乱した人々が大量にうずくまっている。
これが1人や2人であれば速度に任せて救助できただろうが、何十人もの人間が固まっていてはそれも叶わない。ゆえにエリシアはやむなく、そして迷うことなく、人々と崩落する建物の間へと割って入った。
「スキル――〈
空中に躍り出たエリシアが目にもとまらぬ速度で2本の刀を振るう。
瞬間、石造りの建物が砂利のような細かさになるまで執拗に切り刻まれた。
細かく刻まれた石材は剣圧によって吹き飛ばされ、錯乱する人々には怪我一つない。
だが――その代償は決して安くはなかった。
「なっ!? しまっ――」
ステータスが低下した状態で大技を繰り出したことによる技後硬直。いまのエリシアではまだ身動きのとれない空中という不利なフィールド。そしてその瞬間を狙っていたかのようにエリシアの真下から新たに出現した複数の触手。
いくつもの要因が重なったことによる不可避の攻撃がエリシアを捉えた。
「くっ!? ああああああああああっ!?」
毒の触手が何十本と集まってエリシアを捕縛し、ギリギリと締め上げる。その真っ白な肌から焼けるような臭いと白煙が上がり、エリシアの口から絹を裂くような悲鳴が響いた。
「勇者様ぁ!?」
〈
と、その核破壊失敗に伴う叫喚を耳にした
「「「っ!? 勇者が女ぁ!?」」」
なにかの間違いかと耳を疑う。だがあの年のヒューマンとしては異常な強さ、王家の紋章が刻まれた最上級の装備品、なによりこの状況でサリエラが援軍によこしたという事実から、彼女が勇者の末裔であることはまず間違いなかった。
自分たちの早とちりに気づいた3人は諸々のやる気を著しく損なう。が、
いや待て! ここで勇者が死んだら街に男が集まってこなくなる! 3人の顔が歪んだ。
(やべぇ……どうする……!?)
そこで初めて、
毒の触手に締め上げられるエリシアの体力はそう長くは持たないだろう。
エリシアを捉える触手を排除しようにも、エリシアの真下から生えて彼女を拘束する半液状の触手を遠距離から正確に排除する手段もいまはない。
加えて勇者の危機で群衆のパニックは加速の一途をたどっており、時間が経てば経つほど死人が出る確率も上がっていく。最早ヒュドラを抑えることはジリ貧でしかなく、一刻も早く事態を収拾する必要があった。
だが唯一の援軍であろうエリシアが捕まり、〈
こうなれば多少の犠牲は覚悟の上で、自分たちが核破壊のために突っ込むしかない。
だがあの
「くっそ……!」
限られた時間の中で、3人が選択を迫られていた――そのときだった。
「う……ああぁ……!」
地獄のような怒号と悲鳴が延々と続くその混沌極まる鉄火場に、
「うああああああああああああああああああああああああああ!」
この上なく情けない雄叫びが響き渡った。
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