第5章 新しい日常

第39話 動き出す猛者たち

「おお、あれが勇者の末裔、エリシア・ラファガリオン殿か」

「幼少の頃に一度拝見して以来だが、ますます美しくなられた。それにあの隙のない立ち居振る舞い……わずか16歳で最上級職に到達したという信じがたい話も頷ける」


 要塞都市バスクルビア。

 冒険者の聖地と呼ばれる巨大城塞都市の中でも一、二を争う豪邸にて、その華やかなパーティは開催されていた。


 誰もが煌びやかな衣装と自信に満ちた表情をまとっており、貴族やそれに類する上流階級の集まりであることが一目でわかる。


 そしてその華やかな催しの中心で一際美しい光を放つのは一人の少女だ。

 


 勇者の末裔――エリシア・ラファガリオン。


 

 厭世観の滲む無表情に周囲を強く拒絶するような目つきは、およそ社交の場にふさわしい態度ではない。だがその宝剣を思わせる美貌と最上級職まで上り詰めた強靱な魂は圧倒的な存在感を放ち、会場中の視線を釘付けにしていた。


 ただ、エリシアに視線が集まっているのは彼女一人だけが原因ではない。


 勇者パーティの末裔と呼ばれるの傑物がエリシアを守るように付き従っているのも、彼女が注目を集める要因だった。


「どの御仁も凄まじいな……アレが今代の勇者パーティか」

「彼らを頭に据える各派閥がどこも自信に満ちているわけだ。此度の勢力争いは常ならぬ激戦が予想されるな」


 エリシアたちを話題の中心として、パーティは終始和やかに進んでいく。


 この場にいるほとんどの者がまだ正式には家督を継いでいない若者だが、1人の例外もなく上流階級としての教養を身につけた者たちだ。酒に溺れるような愚か者などいるはずもなく、そこかしこから朗らかな笑いが起こる。


 だがその一方で――この場にいる誰一人として目が笑っていなかった。


 しかしそれも当然だろう。

 なにせこの会場には大陸最大国家、アルメリア王国の貴族家次期当主たちが集結しているのだ。


 それはすなわち、王国内でしのぎを削るの大派閥――〈三王勢力〉が一堂に会しているということでもあった。


 勇者の末裔がバスクルビアに長期滞在するこの時期、それに惹かれて各地から有力者の集結するこの要塞都市は世界の縮図というべき勢力争いの場となる。そしてその勢力争いとは、代々この〈三王勢力〉が中心となって勃発する争いなのだった。


 大陸中から人の集まるこの街で派閥が保持する力を誇示できれば、自分たちが家督を継いだ際に派閥が持つ影響力はより強いものとなる。


 ゆえに貴族家次期当主たちは自らの将来のため、なによりプライドのため、その全員が慎重に勢力争いの準備を進めているのだった。


 エリシアの冒険者学校入学から早1か月。


 いよいよ準備段階を脱し行動を開始しようとしている貴族たちがこうして一か所に集まれば、笑顔の下で激しく火花が散るのも無理はなかった。

 そんななか、


「ふん、どいつもこいつも、今日の夜会を境に様子見は終わりとでも言いたげな顔だな。まあ主催の狙いはまさにそれなのだろうが」


 集まった貴族たちの中でも一際目立つ風貌をした青年が鋭く視線を巡らせた。そしてパーティのざわめきに隠れるように、周囲の者へ小さな囁きを漏らす。


「いよいよ連中との勢力争いも本格化していくだろう。三大派閥の中でも随一の武闘派として名を馳せるディオスグレイブ派として出遅れるつもりはない。他派閥に先立ち、いち早く手駒を増やせ。傘下に下らぬ有望株がいれば、他派閥に取られる前に潰して構わん」


 そして青年は一人の少女へと目をとめる。


「特にカトレア。お前は派閥の中でも魔法に優れたリッチモンド家の跡取りであり、同時にこの私の従姉妹でもある。期待しているぞ」

「お任せください!」


 青年が声を潜めているにもかかわらず、カトレアと呼ばれた少女は堂々と胸を張る。


「このカトレア・リッチモンド、必ずやお兄様の満足のいく結果をご覧にいれましょう」


 そうして夜は更け、パーティもお開きへと近づいていく――。





 その翌日。


「……とは言ったものの。さて、どうしたものかしら」


 冒険者学校の談話室を従者たちとともに我が物顔で占有しながら、カトレア・リッチモンドは思索にふけっていた。


 お兄様にああは言ったものの、はてさて最初はどう動いたものか。

 優雅に紅茶を飲みながら考えを巡らせる。

 だがどうにも良い考えが浮かばず、傍らに控える従者たちに丸投げしようかと思っていた、そんなときだった。


「……? なんだか騒がしいわね。なにかしら」


 談話室の窓から何の気なしに外を見下ろしていたカトレアは、敷地内を行き交う平民の冒険者たちがなにやら騒いでいることに気づいて声を漏らす。

 するとひときわ体格の良い従者の一人が「恐らくあの噂かと」とカトレアに進言した。


「先月の授与式で話題になっていたあのジゼル・ストリングと〈無職〉の孤児が危険度リスク4のロックリザード・ウォーリアーを討伐したとか。討伐証明部位も持ち帰っているらしく、昨夜から平民たちの間で話題になっているようです」

「……ぷっ、あっはははははははははははははは!」


 と、従者の報告を聞いたカトレアが急に腹を抱えて笑い出した。


「先月〈職業クラス〉を授かったばかりの平民が危険度リスク4討伐ですって!? しかもジゼル・ストリングってアレでしょう!? 授与式であれだけ目立っていたくせに、復学試験で〈無職〉に負けたっていうあの! 期待外れの!」


 どう考えてもあり得ないわ、とカトレアは笑いながら続ける。


「それにしても平民って随分と頭が悪いのね。目撃者のたくさんいる復学試験と違って、モンスターの討伐なんてたまたま死体を見つけたとか、誰かに頼んで討伐してもらったとか、いくらでも偽装できるわ。危険度リスク4に勝ったなんてバレバレの嘘を広めたってすぐバレるのに。そうまでして周囲から舐められないようにするなんて……それで自分たちを守ってるつもりかしら」


 カトレアは孤児のリーダー格らしいジゼルがあからさまな嘘を広めた理由を推察しつつ、笑いすぎて目に浮かんだ涙を拭う。

 そして、


「決めた。最初はそいつらにしましょう」


 滑稽極まりない孤児の虚勢に嗜虐心を刺激されたかのように、カトレアが口角をつり上げる。


「〈無職〉なんかに負けたうえに、に勝ったなんてハッタリが威嚇になると思ってる雑魚を傘下に加えて役に立つかはわからないけれど……地元民は情報収集の役に立つし、ジゼル・ストリングは変わった固有ユニークスキル持ちだという噂があるわ。最初の成果としてはまずまずね」


 言って、カトレアはジゼルたち孤児組の動向を探るよう従者に命じる。


「さあ急ぎなさい! ディオスグレイブ派の一番槍としていち早く版図を広げ、ギムレットお兄様に褒めてもらうのよ!」


 談話室に、カトレアの上機嫌な笑い声がいつまでも響いていた。



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コミカライズの影響かロックリザード戦のPV数が妙に伸びているので、書籍2巻の冒頭もちょっとだけ公開します。なにがとは言いませんがフラグ満載ですね。

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僕を成り上がらせようとする最強女師匠たちが育成方針を巡って修羅場 ドラゴンタニシ @doragontanishi

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