第31話 罠

「やっぱり師匠たちは凄いなぁ……この前までなんにもできなかった僕が、戦士系スキルだけじゃなくて、魔導師系や僧侶系の魔法スキルまで習得できるなんて」


 休み明けの昼下がり。

 僕は学校の敷地内を歩きながら、感嘆するように呟いていた。


 ここ最近ステータスプレートを確認するのがすっかりクセになってしまっていて、僕は歩きながらだというのに思わずスキル欄を眺めては子供みたいに頬をほころばせてしまう。


 特に昨日、魔法系と僧侶系のスキルを発現してからはスキル欄を確認する回数も激増していて、ステータスプレートを表示するたびにリオーネさんたちへの感謝と尊敬の念、そして修行へのやる気がぐんぐん増していくのだった。


 ……ただ、そうして修行が極めて順調である一方、僕は早急に解決しなければならない問題を抱えたままでいた。それは、


「お金がない……」


 そう、金欠問題である。

 エリシアさんに協力してもらった先日のお菓子選びで孤児院時代の蓄えをほとんど使ってしまった僕にはいま、自由に使えるお金がほとんどない。


 ジゼルへのお詫びにはまた何度も値が張るお菓子を買うことになりそうだし、そのための資金稼ぎはできるだけ早くはじめておく必要があった。

 そうなると次はどうやって稼ぐかという話になってくるわけだけど……冒険者の聖地バスクルビアで駆け出し冒険者がお金を稼ぐ方法といえば依頼クエスト一択。

 

 というわけで僕は学校の敷地内にあるレンガ造りの大きな建物――冒険者ギルドの掲示板前に足を伸ばしているのだった。


 昼下がりということもあり、掲示板前は多くの人でごった返していた。

 掲示板には依頼だけでなく周辺の異変や冒険者向けの催しものの告知などもあるため、用がなくとも掲示板前に立ち寄るのが冒険者の習慣なのだ。

 

 その例に漏れず……というか単に真似をして孤児院時代から掲示板前をちょろちょろすることの多かった僕は、人混みの中でも新しく張られた情報をすぐ読み取ることができた。


 東の帝国との国境付近で不穏な動きがあるとか、西の森で採れる魔物の数が減っていて常設依頼――依頼が出ていなくても、常に需要のある食肉用モンスターなどを狩れば一定の金額で買い取ってくれる仕組みのこと――の換金相場が良くなっているとか。


 そうして諸々の情報を拾ったあと、僕は掲示板の前で依頼を見繕いはじめたのだけど……ここでまた一つ大きな問題に直面した。


 常設依頼も含め、まともなお金になる仕事はほぼ街の外での活動を前提としたものばかりだったのだ。

 

 街の外での活動――すなわち護衛やモンスター討伐、素材採取といった依頼は命の危険が伴うため、パーティでの受注が大原則。特に僕みたいな駆け出し冒険者は4人以上のパーティを組まなければ依頼を受けられないようになっていた。


 これについては依頼受注を許可してくれたリオーネさんたちからも「魔力溜まりにでも行かねー限りいまのお前なら大丈夫だろうが、念のためな」と厳命されている。


 すなわち僕がいまお金を稼ごうとすれば、誰かとパーティを組むしかないのだけど……。


「実技講習で模擬戦をしてくれる相手もいないのに、パーティなんてどうやって組めば……」


 ジゼルに睨まれて孤立している状況ではそんなことできっこなかった。

 街の外から来た人たちのパーティに加えてもらおうにも、わざわざ遠くからこの街に来るような人たちはほとんどが中堅以上。僕じゃあ実力が低すぎて相手になんかしてもらえない。


 どうしたものか……と僕が掲示板前で腕組みしていたときだった。


「よぉ、クロスじぇねえか。なにこんなとこで腕組みして唸ってんだ?」

「え?」


 声をかけてきてくれた4人の男女に、僕は目を丸くした。

 それはついこの前まで孤児院で一緒に暮らしていた顔見知りだったからだ。

 え、僕に話しかけたりして大丈夫なの? とジゼルが周囲にいないかキョロキョロしつつ、


「え、あ、ええと、ちょっと依頼を受けてみようかと思ってたんだけど……」


 久しぶりに話しかけられて嬉しかったのと、途方に暮れていた心細さが手伝い、僕はみんなに事情を説明していた。もちろんエリシアさんやお菓子に関する諸々は伏せた上でだ。

 すると4人は驚くぐらいあっさりと、


「じゃあ俺たちとパーティ組もうぜ。4人じゃちょっと心許ないと思ってたとこだしな」

「え!? いいの!?」


 僕は思わずギルド中に響き渡りそうな大声をあげてしまった。

 周りの目が集まっていることに気づいてはっと息を潜め、


「で、でもさ、パーティを組むとどうしても目立つよ? こうしてこっそり話すのとはわけが違うし……その、ジゼルは大丈夫なの?」

「あー、まあ問題ないだろ」

「あの子も色々素直になれないだけだしね……性格的にも立場的にも」


 僕の懸念に対し、みんなはなんだか拍子抜けするくらい軽く返してくる。

 パーティリーダーをやっている男子は僕の肩を抱いて、


「ま、あんま気にすんなってこった。お前がジゼルに送ったあの菓子がすげー美味かったし、そのお礼とでも思ってくれよ」

「……っ。う、うん! ありがとう!」


 僕はリーダーの手を取ってお礼を言う。


(こんなところで早速お菓子の効果が……エリシアさんのおかげだ!)


 僕はそんなことを思いながら、みんながすでに確保しておいたという依頼をこなすべく、早速準備にとりかかるのだった。


      *


「わぁ……これが西の森……」


 街から出て西へしばらく歩いたところに、そのうっそうとした森は広がっていた。


 みんなが受けた依頼は、食肉用の野生角ウサギと羽飛びシカの狩猟。

 主な生息域である西の森でこれらのモンスターが姿を見せなくなっているせいで肉の需要が増加し、常設依頼とは別に割の良い個別依頼がいくつも張り出されていたのだった。


 西の森は僕たちみたいな駆け出し冒険者が資金と経験値を稼ぐためによく使われる、いわば初心者エリア。そのため上位の冒険者が立ち入って獲物を乱獲することはあまりよろしくないこととされていて、肉の需要が高まったいまも駆け出し冒険者ばかりが森に入っていくのが見てとれた。


「じゃ、とりあえず行くか。〈騎士見習い〉の俺を先頭に、〈レンジャー〉のエリンと〈水魔術師〉のコリーが後衛、〈重剣士見習い〉のダードとクロスは後衛の護衛についてくれ。〈レンジャー〉は獲物の探知に必須だし、〈魔術師〉はちょっと強い魔物が出たときの切り札だから、しっかり守ってくれよな」

「う、うんっ」


 初めてパーティを組む僕への説明がてらリーダーが編成を確認し、それからパーティは森へと踏み込んだ。


 魔力溜まりと呼ばれる“本物”ではないものの、初めて足を踏み入れた魔物の領域に僕はいろんな意味でドキドキしっぱなしだ。足手まといにならないよう緊張しながらショートソードを握り、落ち着きなく周囲を見回す。


 ただ、こういう採取・狩猟系依頼で不測の事態が起こることなんてほとんどない。

 大体がすでに開拓されている順路を巡り、その周辺にいる獲物を狩るのが原則だからだ。なのでまだレベルの低い〈レンジャー〉であるエリンが探知し損ねたり、索敵範囲が狭くて急な接近に対応できなかったりしたときの不意打ちにだけ気をつけていれば良い……というのが座学で習った基本なんだけど――、


「ね、ねぇリーダー。なんかどんどん順路から遠ざかってるみたいだけど大丈夫なの?」


 踏みしめられた歩きやすい道が見えなくなってしばらく経った頃、たまらず僕は指摘した。

 

 確か掲示板には「西の森で獲物の姿が減ってるのは時期的に少し強いモンスターが迷い込んできたからかもしれないので注意」とあったし……不用意な行動は避けたほうがいいはずだ。

 

 けれど僕の心配なんて初心者の考えすぎだとばかりにみんなは笑い、


「大丈夫だって。西の森は〈レンジャー〉さえいれば遭難の心配もない規模だし、モンスターは精々危険度リスク2程度、一番ヤバくても3の下位だぜ? 俺たちなら十分対処できるって」

「そうそう。大体、普通の順路じゃ獲物が捕れないからこんな依頼が出てるんだし、ちょっとくらい深い場所にいかないとでしょ」

「俺らは何度も森に入ってるから、心配しなくても平気だって」

「そ、そうかな……?」


 みんなは口々にそう言い、どんどん森の奥深くへと入っていった。

 そうして他の冒険者の気配さえ一切感じ取れない森の深部へと踏み入った頃。

 少し木々の密度が下がって開けた場所に出たところで、リーダーが立ち止まった。


「……よし、このあたりだな」

「え……? でもこのへん、全然モンスターがいないみたいだけど……」


 リーダーの言葉に僕は戸惑う。それとも僕が知らないだけで、巣穴かなにかがあるのだろうか。そう思って周囲を伺っていると、


「悪いなクロス……けど、怪しい申し出や依頼を警戒するのは冒険者の基本だぜ」

「え――」


 僕の前に立っていたリーダーたちが一斉に振り返り、行く手を塞ぐように僕の眼前で展開した、その瞬間。



「この依頼クエストの狙いは角ウサギなんかじゃねぇ――てめぇだクロス」



「――っ!?」


 背後からぞっとするような低い声が聞こえてきて咄嗟に振り返る。


 そこで僕の目に入ってきたのは――10人以上の孤児院組を引き連れて茂みから飛び出してきたジゼルが、僕めがけて巨大な長剣を振り下ろす光景だった。

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