第32話 クロス VS 孤児組

「ジゼル……!? ぐっ!?」


 その攻撃を〈緊急回避〉でどうにかかわし、僕はゴロゴロと地面を転がった。

 

 追撃を警戒して即座に立ち上がるが、そのときにはもう手遅れ。

 僕をパーティに誘ってくれたリーダーたちを含め、20人近い孤児院の面々が僕を取り囲んでいた。


「これは……なに……どういうこと……!?」


 僕は混乱したまま周囲に首を巡らせ、ショートソードを構えながら声を漏らす。


「まだわかんねーのか?」


 と、この場を支配する少女――ジゼル・ストリングが長剣を構え直し、敵意に染まった瞳で僕を睨めつけた。


「全部、私が仕組んだんだよ。てめーを潰すためにな」

「潰す……!? なんで……!?」


 真っ先に思い浮かんだ理由は、僕がジゼルの顔面を全力攻撃してしまった復学試験での一件。


 けどいくらなんでもそれだけでこんな真似をするだろうか。そう疑問を抱いた僕が混乱したまま次に思い至ったのは、〈職業クラス〉を授かったあの日、ジゼルが僕に容赦なく暴力を振るったときのことだった。僕みたいな〈無職〉の雑魚が冒険者を目指していることが気に食わないと言って、スキルまで発動させたジゼルの異常な怒り。


 それ以外にこんなことをする理由が思いつかず、僕は必死に叫ぶ。


「僕は……僕なんかを拾ってくれた人たちのおかげで君と同じくらい強くなれたんだ……! もう君が苛つくような、0点クロスなんかじゃない! 冒険者を目指す資格は十分に――」

「はぁ? 相変わらずお花畑だな、てめぇは……! てめぇが冒険者になろうがなるまいが、どうでもいーんだよ!」


 僕の訴えを遮り、ジゼルが吠えた。

 そして彼女はこの暴挙に至った信じがたい理由を口にする。


「てめぇはあの公開試験の場で私の面子を潰したんだ。この私がレベル0の〈無職〉に負けた。そんな舐められる状況を放置しとくわけにはいかねーんだよ……!」

「面子!? そんなことで……!?」


 大勢の前で僕なんかに負けて悔しいというのはわかる。

 けどそれだけのことでここまでするのはどう考えてもやり過ぎだった。


 訓練以外で人にスキルを放つのはまだギリギリ喧嘩の範疇だと捉えられなくもないけど、依頼を利用して冒険者にだまし討ちや私刑を行うなんて擁護しようのない重大な違反行為だ。ジゼルのことだから色々と誤魔化す算段はあるのだろうけど……それでもプライドなんかと天秤にかけて実行するようなことじゃない。


 あまりに予想外かつ理解不能な理由に僕が愕然としていると、


だぁ……!? てめぇがそれを言うのかよ、0点クロス!」

「うわ……っ!?」


 ジゼルが数人の近接職に合図を出し、一斉に襲いかかってきた!


「周りに侮られるってのがどういうことが、てめーが一番よくわかってんだろうが!」

「ぐっ!?」


 一斉に放たれる攻撃をどうにかかわす。あるいはスキルで耐えしのぐ。

 けどその中でもジゼルの攻撃は特に苛烈で、鬼気迫る叫びがその威力と速度を何倍にも引き上げているかのようだった。


 ジゼルが叫ぶ。


「周りから侮られたが最後、数の限られた訓練場、割の良い依頼、教えるのが上手い講師の実技授業、全部取られる! いちいち奪い返してたってキリがねえ! それになにより厄介なのは、周りからの目だ! こっちを見下してバカにするクソみてーな視線だ! そいつは心を腐らせる! 毒みてーにじわじわ染み込んで自信を奪う! 思考を奪う! そんな毒がずっと続けばどうなると思う!? わかんだろ? 腐るんだよ! 落ちぶれるんだよ! 冒険者として! 人間として……! だから私は、私に舐めた真似したヤツがどうなるか、いまのうちにてめーをぶちのめして見せしめにしなきゃいけねえんだ!!」

「うあっ!?」


 ひときわ強い一撃がショートソードの守りを弾き飛ばす。

 本気だ。ジゼルは本気で、面子とやらのために僕をここで潰す気だった。

 ジゼルの常軌を逸した叫びと威力の乗った一撃がそれを僕に思い知らせる。

 もう和解どころの話じゃなかった。


 けど、なにかがおかしい。


(ジゼルの面子……本当にそんなことのためだけに、これだけの人数が依頼を利用した私刑なんていう重大違反行為に従ってるのか……!?)


 それも、僕に面子を潰されて周囲から軽んじられるようになっているというジゼルの命令で。ジゼルの言葉に嘘はない。けど、本当にいま話したことがすべてなのか。


 そんな疑問が頭をよぎるも、それ以上余計なことを考えている余裕はなかった。


(リオーネさんたちのおかげでようやく冒険者としてのスタートラインに立てたんだ……! こんなところで潰されるわけにはいかない!)


 体勢を立て直して反撃を試みる。

 けどこれまでの攻防に引き続き、僕は防戦一方にならざるを得なかった。なぜなら、


(……っ! やっぱりこれ、カウンター対策されてる……!?) 


 ジゼルたちの立ち回りは完全に僕の〈クロスカウンター〉対策を前提としたものだったのだ。


 多方面からの同時攻撃。一撃で致命打を与えようとせず、決してこちらに踏み込みすぎない位置から繰り返される削り目的の軽い連撃。とてもじゃないけど、まだLv熟練度が5にも達していない〈クロスカウンター〉を発動できる状況ではなかった。さらに、


「っ!?」


 一瞬も気の抜けない攻防の合間、僕の〈魔力感知〉が微かに異常を察知する。


「水神の御名 ネイトラの末裔 砕き清めし清浄の破槌 流れ巡る生命のゆりかご――」


 次いで耳に届くのは〈水魔術師〉の朗々とした呪文詠唱……!

 止めようとするも、周りにはジゼルをはじめとした複数の近接職。

 構築にかなりの時間を要するはずの呪文詠唱は止める間もなくあっさりと完成し、


「――下級水魔法〈ウォーターカノン〉!」

「いまだ! 散れ!」


 詠唱完了と同時に、ジゼルの合図で全員が散開。

 取り残された僕を目がけ、水の塊が押し寄せる!


 魔法はただでさえ威力が高いのに、魔防ステータスが0の僕が一撃食らったら終わりだ!


「う、わあああああああああああっ!?」


 咄嗟にスキルを重ねがけしてなんとか避ける。

 けど一連の攻防で体力は削がれ、僕の身体には確実に疲労が蓄積されていた。

 逆に、いま散開したジゼルたちは後方で待機していた〈聖職者見習い〉から軽い回復魔法を受け、早々に包囲網を形成し直す。


 これがパーティでの戦闘。ただの多対一じゃない。1人1人が自分の役割を果たすことで全体の強さを何倍にも引き上げている。このままじゃ確実にジリ貧だった。


「だったら……!」


 まばらに生えた木々に身を隠すようにして、ひたすら回避と防御だけに徹する。それと並行して、僕は小さく唇を震わせた。


「我に従え満ち満ちる大気 手中に納めしくびき その名は突風 来たれ一陣の矢 一陣の風 一掴みの木枯らし――」


 ゆっくり、ゆっくりと。一瞬も気を抜けない実戦の中で、気の遠くなるような時間をかけて詠唱を組み上げていく。


 そして早鐘を打つ脈動が三十、四十と身体を揺らした頃。

 手の平に空気が集い、凝縮する。


「――集え風精 我が手中 一切の空なるものを掴みし我が弾丸となりて敵を討て――下級風魔法〈ウィンドシュート〉!」


「「「なんっ!? うああああああああああああっ!?」」」


 近接戦の間合いから放たれる完全な不意打ち。

 僕が長い時間をかけて構築した風魔法は近くにいた近接職3人をまとめて吹き飛ばした。


「よしっ!」


 熟練度と攻撃魔力ステータスが低いことに加え、3人に当たって威力が分散したせいだろう。一撃で3人気絶とはならなかったけど、下級回復魔法では間に合わない程度のダメージを与えることができた。森の中で気絶させるわけにもいかないので、むしろこのくらいの威力がちょうどいい。これを何度か繰り返していけば、相手の連携と包囲網を完全に崩せるはず。


 僕は確信とともに再び呪文詠唱にとりかかる。


「嘘だろ!? なんでこいつ、魔法スキルまで使えるんだ!?」


 驚愕の声が方々から上がる。

 そしてその驚愕は動揺に繋がり、こちらへの攻撃は先ほどよりもずっと拙いものになる。

 その隙に僕はまた長い時間をかけて詠唱を終わらせるのだけど……そこで痛烈な違和感が僕を襲った。


(……っ!? なんだ!? どうしてみんな、詠唱が完成したのになんの対策もなく突っ込んでくるんだ!?)


 今度は隠すつもりもなかったので、威嚇の意味もこめて普通に詠唱を口ずさんでいた。

 にもかかわらず、全員がいままでと変わらず僕に攻撃を仕掛けてきたのだ。


 なにかがおかしい。


 けどせっかく完成させた魔法を使わないわけにもいかず、僕はこの状況を打開する唯一の切り札を近くにいた近接職に放つ――と見せかけて、包囲網を形成する控えの近接職やヒーラー目がけて魔法を放った。けれど、


「え……っ!?」


 その瞬間、僕は自分の目を疑った。

 なぜならいましがた放った風魔法がいきなり空中で制止し、僕のまったく意図しない軌道を描き始めたからだ。


 一体何が……と周囲の攻撃を受けながら僕が目を白黒させていると、


「魔法スキルまで使えるたぁ、てめぇマジでなんなんだ」


 いつの間にか少し離れたところで全体の指揮を執っていたジゼルが、愕然としたように漏らす。けどその表情はいつもの強気な――ともすれば勝ちを確信したような凶悪な笑みで、


「だが、隠し球があるのはお前だけじゃねえ……!」


 ジゼルがそう言って手を振り下ろした瞬間――空中に留まっていた〈ウィンドシュート〉が僕のほうへと飛んできた!?


「なんで……!? うわあああああああああああっ!?」


 今度は僕が完全な不意打ちを食らう番だった。スキルを駆使してなんとか直撃は避けるも、風の余波で吹き飛び木に叩きつけられる。


「ぐ……うぅ……っ。どうして、なにが……っ!?」

「そういやてめえは知らなかったなぁ、クロス。私の固有ユニークスキル〈慢心の簒奪者ロブリーマジック〉を」


 と、どうにか立ち上がった僕の視線の先ではジゼルが傲然とした笑みを浮かべており、挑発するように指先をくいくいと曲げる。


「おら、撃ってこいよ。さっきまで自信満々だったじゃねーか、ほら、この状況を打開するにはそのご自慢の魔法しかねーんだろ? あ?」


 その態度を見て、僕はほとんど反射的に確信する。

 まさか……ジゼルの固有ユニークスキルは他人の魔法の主導権を奪うのか!?


「は、反則じゃないかそんなの……!」


 思わず声が漏れる。


 さすがに回数制限かなにかはあるだろうけど……孤児院の先輩たちが規則違反を承知でジゼルを依頼クエストに連れて行っていたことなどから考えて、かなり格上の魔法まで奪える可能性が高い。


 けどそれ以上の性質はわからず、僕は魔法を封じることを余儀なくされた。

 そんな僕に「ようやく観念したか?」とばかりにジゼルたちが迫る。 


「くそ……っ、こうなったら……!」


 そこで僕は一か八かの賭けに出ることにした。


「うああああああああああっ!」


 がむしゃらにリーダーであるジゼルに突っ込む――そう見せかけて急転身。

 順路とは真逆の方角ゆえに比較的守りが薄くなっていた包囲網の綻びへと突っ込んだ。


「っ!? こいつ!?」


 当然、僕を食い止めようと数人が立ちはだかり、それで動きを止めた僕の背を討とうとジゼルたちが肉薄する。けどその攻撃が届く直前、


(――いまだ、緊急回避!)


 回避スキルの応用。

 本当にギリギリのところで包囲網をかわし、僕はそのまま森の中へと突っ込んでいった。

(〈レンジャー〉もつれていない状態で、初めての森の奥深く……包囲網突破をなにより優先したから方角もよくわからない……けど)


 背後で怒号をあげる自分よりステータスの高い追っ手。森での行軍に僕よりずっと慣れた複数の冒険者。いつモンスターの足止めを食らうかわからない悪路。それらの悪条件に苦戦しながら、僕は唇をかみしめる。


(遭難する危険を冒してでも、逃げながら1対1に持ち込んで戦力を削っていくしかもう打つ手がない……!)


 右も左もわからない。敵しかいない森の中で、僕は極めて分の悪い賭けに身を投じた。



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