第18話 修行の成果

 果たしてこんな楽園みたいな環境で修行していて僕は(いろんな意味で)大丈夫なんだろうか……と思いつつ、しかしリオーネさんたちを信じて修行に打ち込み3日ほどが経った頃だった。


 その劇的な成果が現れ始めたのは。

 

「よーしその調子だ! そら、受けてみろ!」

「はい!」


 その日は初日に引き続き、『人との殴り合いケンカが楽しくなる』ための修行を続けていた。


 修行の段階は進み、リオーネさんは僕からの攻撃を受け止めるだけではなく適度に避けたり模造刀での反撃も交えてくる。


 ステータスオール0の僕の動きなんて、はたから見たらめちゃくちゃノロいだろう。

 けどそれにあわせてくれるリオーネさんとの攻防がダンスのように楽しくて、周りの一切が気にならなくなるような集中状態が長く続く。


 リオーネさんから受ける攻撃の痛みさえ心地よく感じるような、集中と高揚の混ざった感覚が頂点に達した――そのときだった。


「……?」


 集中状態が長く続いたことによる疲労感の消失……とは明らかに違う。

 ふと身体が軽くなり、ショートソードを握る手に力が漲り、リオーネさんから受ける攻撃の痛みが減退した。


 異変はそれだけじゃない。身体の内側で、熱いなにかが駆け巡る感覚。

 これは……魔力……?


 リュドミラさんが僕の中に流し込んでくれた感覚に比べれば、本当に微弱で弱々しい気配。けどそれは確かに日々の魔力開発マッサージで感じたあの感覚だった。


 もし、この感覚に合わせて剣を振ったら――。


「……っ、やああああああああああっ!」


 頭によぎった直感とともに、僕はリオーネさんに渾身の打ち込みを敢行する。

 ガキィン! 剣と剣がぶつかり、いままでで一番大きな音を発した。


「おっ?」


 リオーネさんが目を見張り、


「おいクロス、ステータスプレート見せてみろ」

「は、はい!」


 それはほとんど確信で、僕はリオーネさんが言い終わるよりも先にステータスプレートを表示。リオーネさんや、駆け寄ってきたテロメアさんとともにのぞき込む。するとそこには、


 固体名:クロス・アラカルト 種族:ヒューマン 年齢:14 

 職業:無職

 レベル:0 

 力:0 防御:0 魔法防御:0 敏捷:0 

(攻撃魔力:0 特殊魔力:0 加工魔力:0 巧み:0)

 

 スキル

〈力補正Lv1(+5)〉

〈防御補正Lv1(+5)〉

〈俊敏補正Lv1(+5)〉

〈切り払いLv1〉


 相変わらずレベルもステータスも0。

 だけど神聖な力で天と繋がっているとされるプレートに自動で新しく刻み込まれていた項目を見て、僕は目を見開いた。


 数秒固まり、それから自分でも笑えるくらい声を震わせて、


「リ、リオーネさん……テロメアさん……こ、これ、スキル……?」

「おうやったな! しかも《切り払い》か。威力は少し低いが、型にかかわらず剣での攻撃全般に魔力を乗せて威力を上げられる汎用性のあるスキルだ。1つ目としちゃあ当たりだな。その上……はっ、狙いどおりだ」

「だねぇ。常時発動型のステータス補正スキルが3つも出てる。クロス君すごぉい❤」


 リオーネさんが乱暴に僕の頭を撫で、テロメアさんが手を取って万歳してくれる。


 そうやって自分のことのように喜んでくれた2人が特に注目していたのは〈力補正〉などと表示された、俗にステータス補正スキルと呼ばれるものだった。


「このステータス補正スキルってやつは〈身体能力強化〉や〈魔法強化〉なんかの任意発動型と違って、常に発動してステータスを底上げしてくれんだ。Lvのあとに(+5)ってあるだろ? これはつまり、0しかないお前のステータスが実質的に5まで上がったってことなんだよ」


 荒々しく笑いながら、リオーネさんが丁寧に説明してくれる。


「でまあ、このスキルは普通、各〈職業クラス〉で1、2種類しか発現しねーんだ。魔導師系なら攻撃魔力補正、戦士系なら力補正、みたいにな」


「けど〈無職〉のクロス君は全〈職業クラス〉の基礎スキルが習得可能だから、ステータス補正スキルも全部習得できるんじゃないかと思ってたんだぁ。いくらいろんなスキルが覚えられるからってステータスが全部0だとさすがに苦しいから、ステータス補正スキルでカバーできないかなぁ、って。えへへ、狙い通りに発現してよかったよぉ」


「……っ」


 僕は2人の話を聞きながら、発現したスキルの効能を確かめるように剣を振るう。

 気のせいなんかじゃない。確かに剣を握る力も、その速度も、これは夢じゃないかとつねってみた頬の痛みも、すべてが先ほどまでとは全然違う。


 数値としてはたったの5。けれど0ではなくなったステータスは、僕の身体を別次元のものへと作り替えているようだった。


 ステータス補正スキルの仕様なのか、プレートに表示される僕のステータスはオール0のままだけど……そんなことはもうどうでもよかった。


 僕はなんだか泣きそうになりながら頭を下げる。


「あ、ありがとう、ございます……リオーネさんたちのおかげです……っ」

「ははっ、まあな」


 と、リオーネさんは得意げに笑いつつ「けどな」と僕の手をそっと持ち上げる。


「こんなに早く、しかも4つ同時にスキルが出たのは、お前があたしらのとこに来る前からずっと頑張ってたからだと思うぞ」


 そしてリオーネさんは僕の手のひらにあるマメをそっとなぞり、


「あたしらもすげえけど、お前もすげえよ」


 わしゃわしゃ。ひときわ激しく僕の頭を撫でてくれた。


「……はいっ!」


 多分ここは卑下する場面じゃない。リオーネさんの賞賛に、僕は素直に返事を返した。


「ま、ぬか喜びしねーように先に言っとくけどな」


 と、リオーネさんは訓練用の模造刀を肩に担ぎながらスキル発現に浮き足立つ僕をまっすぐと見つめる。


「ステータス補正スキルはLv4くらいまでならすぐ伸びるが、それ以降は実戦なんかを介して少しずつ伸ばしていくしかねーんだ。自分の意思で発動させるもんじゃねーって性質上、普通のスキルと違って意識して重点的に鍛えるってことができねーからな」


 だから補正スキルに頼らざるを得ない僕のステータスは普通の人よりずっと伸びが悪い。

 リオーネさんはそう忠告しつつ、


「ま、そこはちゃんと念頭に置いとくとして、ひとまず戦闘用のスキルが一つ出たんだ。今日からはひとまずそこを重点的に伸ばしてくことにすっぞ!」

「はい!」


 明確な進展は師弟両方のやる気を著しく底上げする。

 もうすでに夕暮れが近かったけれど、その日の修行は最後の最後までとても激しいものになった。

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