第19話 無自覚嫉妬と贅沢環境
「――それでステータスプレートを見たら習得したスキルの名前が勝手に刻まれてたんです! 天から与えられるっていう〈
その日の夜。
夕食を終えた僕はいつものようにリュドミラさんに手を引かれ、魔力開発マッサージ室に連れてこられていた。
ただいつもと違うことが一つあって、それは僕がずっとリュドミラさんに話しかけていることだった。
いつもなら下着一枚になる羞恥でモジモジしっぱなしなのだけど、念願のスキルが発現した今日は興奮のままにリュドミラさんへ感謝の言葉を羅列してしまう。
「……そうか、思ったよりもずっと早く結果が出て良かった。リオーネの言うとおり君自身が積み重ねてきたものの大きさ故だろう。やはり最初にリオーネを修行の中心にして正解だった」
マッサージの準備をしながら僕の話を聞いて相づちを打ってくれていたリュドミラさんは静かな口調でそう労ってくれた。
けどその手が不意に止まり「ただ……」と硬い声が降ってくる。
「ドラゴニアであるリオーネにも、秘伝のような修行法があるだろう。スキル取得で喜ぶのは良いことだが、あまり修行の様子や結果を気安く他言するものではないな」
「……っ! あ、ご、ごめんなさい……」
確かに言われてみれば、世界3大最強種とも言われるこの人たちの育成方法には門外不出のものが色々あってもおかしくない。
リオーネさんとの修行にはテロメアさんも同席しているから、現状では修行内容を話しても問題ないんだろうけど……これは今後なにかの拍子に僕が口を滑らせてしまわないように、という忠告なのだろう。
先ほどまでの浮ついた気持ちから一転。リュドミラさんに優しく諭された僕は「ちょっとはしゃぎすぎちゃったかな……」と反省する。
「……? おかしいな、クロスの成長を喜びこそすれ、こんな水を差すようなことを言うつもりはなかったのだが……リオーネとの修行の様子を聞かされてなぜか不愉快に……む、不味い、変に萎縮させてしまった……早急に挽回しなければ……」
と、なにやら不思議そうに首を捻っていたリュドミラさんが少し慌てた様子を見せ、
「そ、そうだ。今日はマッサージの前に、スキル発現のお祝いをしようではないか。まあこれはもともと君がスキルを発現したと同時に飲ませ始める予定だったものだが……」
そう言ってリュドミラさんは退室。少ししてその手に木のコップを2つ持って戻ってきた。
「な、なんですかこれ……?」
渡されたコップの中で怪しい光沢を放つ液体の色と臭いに、僕は思わず顔をしかめる。
「ふふふ、これはな、それぞれ特別な効果のある薬酒だ。緑色のほうはスキル使用で空になった魔力の伸びを促進し、紫色のほうはステータス補正スキルの成長幅を増加させる」
「えっ!?」
「補正スキルは通常、Lv1で(+5)、Lv2で(+10)と、
「そ、そんなものがあるんですか!? 魔力増進だけならまだしも、スキルによるステータス補正値を上昇させる薬なんて……!?」
「知らないのも無理はない。魔力増進の薬酒はエルフの国に、補正スキル底上げの薬酒は昔助けたヒューマンの国にそれぞれ伝わる秘伝。そしてどちらも
そ、それってリュドミラさんたちが冗談で言ってた長寿化の秘宝とかほどじゃないにしろ、普通に国宝級の薬なんじゃあ……!?
「ふふふ、これだけの秘薬を若いうちから継続摂取するなど、王侯貴族の長男でさえ難しいだろう。まああくまで修行したぶんの伸びをよくするという程度のもので、早いうちから摂取しなければ意味のない代物故に『秘薬』と呼ぶには少し弱いが……それでも5年後10年後の結果は大きく変わる。さあ、スキル発現を祝して一気に飲み干すといい」
私の力を持ってすれば素材集めも大した手間ではないしな、と薄く笑うリュドミラさんに促されて僕はコップを見下ろすのだけど……いつまで経ってもそれを飲むことができなかった。
だって、こんなの……。
「む……? どうした?」
「その、なんていうか……」
怪訝そうにのぞき込んでくるリュドミラさん。そんな彼女に、僕は自分なんかが一生お目にかかることなんてできなかったはずの薬酒を見つめながら、自分の気持ちを正直に語った。
「引け目があるんです。皆さんに凄く良くしてもらって。今日なんて学校を退学にまでなった〈無職〉の僕がスキルまで発現して……嬉しいんですけど、なんだか凄く分不相応というか。毎日の食事にしても、この秘薬にしても、なんだかズルをしてるみたいで……」
「……ふむ。適切な鍛錬が前提の秘薬だからズルというわけでもないのだが、そういう話ではなさそうだな」
リュドミラさんはウジウジ語る僕の横に腰を下ろすと、寄り添うようにして言葉を続ける。
「まあ確かに君の来歴と人柄を考えれば、この恵まれた環境を受け入れるのは難しいかもしれないな。だが私たちは君ならこの環境を受け取るにふさわしいと思ったからこそ、君を弟子にしたのだ」
僕の気持ちを受け止めるような柔らかい口調でリュドミラさんが語る。
「私たちがいま君に行っているのは、選別ではなく育成なのだ。無駄に厳しくする必要などなにひとつない。君を伸ばすために必要なものをそろえ、そうでないものを排除する。それが育成であり、その結果が君の言うところの“ズル”のような環境だったというだけの話だ」
そしてリュドミラさんはその綺麗な金の瞳で見透かすように僕の顔を覗き込むと、
「……思うに君はここでの生活が始まる際、どんな厳しい修行も乗り越えてみせると覚悟を固めていたのではないか?」
「え……」
図星を突かれて僕が目を丸くしていると、リュドミラさんは「やはり」と頷く。
「その覚悟は立派だ。だがそれだけの決意があるのなら、逆にこの世界一贅沢な環境を受け入れる覚悟を固めてみるというのはどうだ?」
「受け入れる覚悟……」
「そうだ。君にとってそれは厳しい修行に耐えるより難しいことかもしれないが、それこそ精神修行の一環とでも思えばいい。強い冒険者に、守れる冒険者になりたいのだろう? ならば君は手段を選んでいられないはずだ。それがどんな贅沢だろうと」
「……っ!」
ああそうだ。なにを勘違いしてたんだ僕は。
僕の目的は自分を痛めつけることじゃない。エリシアさんみたいに、守る冒険者になることだ。だったらどんな厳しい修行だって……むずがゆくなるような贅沢だって、受け入れなくちゃいけない。
〈無職〉の僕が強くなろうとすれば、それこそ手段なんて選んじゃいられないんだから。
「……リュドミラさん」
僕は師匠の目をまっすぐ見つめ、
「いただきます!」
なんだかものすごい味のする薬酒を一気に飲み干した。
「迷いが晴れたな。ふふふ、それでいい。……そしてこの私にふさわしい男へと育つのだ」
なにか小さく呟きながら満足そうに頷くリュドミラさんの笑みに今更ながら赤面しつつ、続けて僕はマッサージのためにテーブルの上で横になるのだった。
……贅沢を受け入れるといっても、このマッサージははやっぱり死ぬほど恥ずかしかったけれど。
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