第25話 連れ去り勇者

 アルメリア王立冒険者学校では座学、実技を問わず、自分に必要だと思った授業を選択して受講する仕組みになっている。冒険者の〈職業クラス〉は多岐にわたるうえ、同じ〈職業クラス〉でも成長するに従って各々が重視する知識やスキル、戦闘スタイルは微妙に異なってくるからだ。


 ただしそれはレベルにして20以上、すなわち中級職以上へとクラスアップした人たちの話で、僕たちのような〈職業クラス〉を授かったばかりの駆け出し冒険者は〈職業クラス〉ごとに受けるべき授業が半ば決まっている。


 けれどそんな固定授業もお昼までに一通り終了し、そのあとは個々人がさらに好きな授業を受けたり、依頼クエストをこなして経験を積みつつ学んだことを実戦で試してみたりと、かなり自由度の高い授業形態が取られていた。


 なので冒険者学校で学ぶことと師匠たちとの修行は問題なく両立することができ、僕はそんな非の打ち所のない環境にすっかり舞い上がってしまっていた。


(リオーネさんが言うようにいろんな人と模擬戦をこなすのはもちろん、座学だって大事だぞ! ここで体系だった基本知識を学んだほうが、リオーネさんたちの指導や規格外の経験談なんかも吸収しやすくなるわけだし!)


 そう意気込んで、僕は中途編入という立場ではありながら意気揚々と朝の座学を受けていたのだけど……非の打ち所のないはずのその環境に、実は一つだけ大きな問題が発生していた。


「……………………………チッ!!」


 同じ講義室で授業を受けているジゼルの機嫌がめっっっっちゃくちゃに悪いのだ。

 かなり席が離れている僕にもわかるくらい……というか僕に向けて威圧スキルでも使ってるんじゃないかと思うほどにその態度は露骨。


 そんな空気を察してか、今年〈職業クラス〉を授かったばかりの孤児院組と街の子たちでいっぱいの講義室にあって、僕の周りにだけぽっかりと空間ができてしまっていた。


(や、やっぱりジゼル、まだ怒ってる……!)


 けれどそれも当然のことだ。

 わざとじゃないとはいえ、そして治癒魔法で綺麗に治ったとはいえ、女の子の顔面にスキルで攻撃をぶち込んでしまったのだ。そりゃ怒るに決まってる。


 いちおう試験が終わってリオーネさんたちへの報告を終えたあとに一度謝りに行ったのだけど、あのときは目を覚ましたジゼルが『私がてめえなんかに負けるなんざなにかの間違いだ!』と襲いかかってきてちゃんと謝れたか微妙だったし……もう一度ちゃんと謝罪したほうがよさそうだった。


「あ、あの! ジゼル!」


 講義が終わったあと、僕はすぐさまジゼルの元へと向かった。


「その、ごめん! 試験が終わったあとだったのにあんな攻撃しちゃっ――うっ」


 ギロリ!


 凄まじい目つきで睨まれて言葉に詰まる。


 その「話しかけるな」という雰囲気は人でも殺しそうなほどの刺々しさで、周りの取り巻きが「おい刺激するなバカ早くどっかいけ頼むから!」と僕に目で合図してくるほど。とりつく島もないとはまさにこのことで、結局その日、僕はジゼルに謝るどころか近づくことさえできなかった。




「うーん……どうしよう……」


 その日の授業を終えた僕は帰路につきながらうんうんと頭をひねっていた。

 それというのも、ジゼルを怒らせたせいで周りに避けられるという状況が実技授業でも発生してしまっていたからだ。


〈無職〉である僕は発現スキルの関係で近接職系の実習に混ぜてもらうことになっていたのだけど、そこには当然機嫌最悪のジゼルがいるわけで、怒りの矛先が向けられている僕は模擬戦の相手にも困る始末。孤児院の元ルームメイトは手の動きで「すまん」と示して僕を避け、事情に疎い街の子たちでさえ不穏なものを感じて僕とは組んでくれないほどだった。


 模擬戦についてはレベルも〈職業クラス〉も問わずの自由訓練場で相手を募るという手もあるけど、〈職業クラス〉を授かったばかりの駆け出し冒険者の相手をしてくれる人がいるとは思えなかった。


「これじゃあ『いろんな相手と戦って経験を積め』っていうリオーネさんの指示を果たせないよ……」


 そうなると復学した意味が半減してしまう。


 そうでなくともこちらの不手際でジゼルを怒らせたままという状況が酷く心苦しい。なので一刻も早くジゼルと仲直りしたいところなんだけど……そもそもジゼルはなぜかもともと僕を嫌っているし、話しかけるのも憚られるんじゃあどうしようも……。


 一体どうすればいいんだと学校の敷地内を歩いていた、そのときだった。

 あまりにも唐突に、その信じられない出来事が起きたのは。


「……! 本当にいた!」


 その可憐な声がどこか遠くから聞こえたと思った次の瞬間、ひゅんっ! と風切り音が響き、僕の眼前に突如としてが出現していた。


 一振りの宝剣を思わせる美しい銀髪に透き通った肌。この世のものとは思えないほど美しいその相貌は見間違えるはずもない。


 勇者の末裔。僕が冒険者を志すきっかけになった人。

 エリシア・ラファガリオンさんが、僕の前に立ち塞がっていた。


「――えっ!? ちょっ、なっ!?」


 僕は盛大に混乱する。なにせ瞬きしたと思ったら次の瞬間にはエリシアさんが目の前にいたのだ。しかも事態はそれだけに留まらない。


「よかった……っ、あのS級冒険者の人たちからずっとなんの連絡もなかったから、あなたの命が助かるっていうのは私を魔物暴走スタンピードの対処に向かわせるためのウソだったんじゃないかって……! けど昨日、〈無職〉の人が復学試験に受かったって話を聞いて、それで――」

「ひゃうっ!? ふぇっ!?  あわ、あわわわわわわっ!?」


 僕はもう完全に平静を失っていた。全身がリンゴみたいに真っ赤になる。

 なにせエリシアさんが泣きそうな顔をしながら僕の手を握ってきて、そのしっとりと柔らかい感触と暖かさが顔が近い声が綺麗良い匂いがあわわわわわわっ!? 


 一体何がどうなって……誰か! 誰か説明して!!


 半ば助けを求めるように周囲を見回す。けれど周囲は周囲で僕ほどではないにしろちょっとした騒ぎになっていて、


「おいあれ、勇者の末裔じゃないのか?」

「え!? 男の子の手を握って泣いてる!? 修羅場!? 修羅場なの!?」

「てゆーかあれ、一昨日復学試験に合格したっていう〈無職〉じゃあ……」


 ほんの数秒の間に人だかりができはじめていた。

 その騒ぎに僕がさらに混乱を加速させていると、


「……ここは、ちょっと目立つわね」

「え!?」

 騒ぎに気づいたエリシアさんが小さく呟いた瞬間、僕はひょいとエリシアさんの脇に抱えられていて――


「えええええええええええっ!?」


 そのまま凄まじい速度でエリシアさんに連れ去られるのだった。


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 今年最後の更新です。明日1月1日はお休みして、次回更新は1月2日になります。




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