第4章 無職覚醒

第29話 魔法修行

「……なんだか色々ありすぎて、修行に集中できる気がしないや……」


 エリシアさんと密会を続ける約束を交わし、屋敷へと戻った昼下がり。

 ここしばらく続いているあまりに非現実的な展開に頭がふわふわしっぱなしだった僕は、ついそんな不安を漏らしてしまっていた。


 一昨日はエリシアさんと街にでかけるというのがあまりに唐突すぎて逆に冷静になれる部分もあったけど……いまは違う。ほぼ半日一緒に過ごしたことでエリシアさんの存在が急に現実的なものになってしまっている。そんな状態で密会継続なんて話になると……うぅ、またドキドキしてきた。


 お金の心配もあるし、こんなことで普段どおりにちゃんと修行に打ち込めるんだろうか。そう思いながら僕はいつものようにレザーアーマーに着替え、いつものように中庭へと向かったのだけど……そこにはいつもと違う光景が広がっていた。


「あれ? リュドミラさん?」


 中庭ではリオーネさんとテロメアさんだけでなく、秘薬や食事の準備で忙しいはずのリュドミラさんが僕を待っていたのだ。

 どうしたんだろうと僕が首をかしげていると、


「おうクロス。ちょっと今日から少しの間、修行の内容を変えるぞ」


 リオーネさんがどこか不満そうにそう宣言した。


「あたしとの模擬戦が中心なのはまあ変わらねーけど、スキル鍛錬のほうはリュドミラとテロメアに全部任せることにする」

「え……? それってもしかして……魔法スキルを教えてもらえるってことですか!?」


 僕は驚いてリオーネさんに聞き返した。


「でもどうして急に……? 魔法系スキルの習得はもっと先だってお話でしたよね?」

「あー……まあ、なんだ。どうせお前にはそのうちどの系統のスキルも習得させんだ。だったら近接スキルだけの戦闘に慣れすぎる前に可能な範囲でいろんなスキルを習得させて、少しでも戦いの組み立ての中に入れられるようにしたほうがいいんじゃねーかって話になったんだよ」


 なんだか少し歯切れ悪くリオーネさんが方針転換の理由を語ってくれる。

 その珍しい様子に僕が疑問を深めていたところ、


「まあ小難しい話はあとにして、ひとまず修行を始めようではないか」

「だねぇ。えへへ、やーっとリオーネちゃんの独り占め状態が終わったよぉ」


 言って、リュドミラさんが僕の肩に手を触れる。するとそこから染み込んでくるのは、毎晩のマッサージでいつも感じている、リュドミラさんの操る魔力が体内で渦巻く熱い感覚。


「ひうっ!? ちょっ、リュドミラさん!? こんな場所で……!? ……っ!?」


 僕は思わず声をあげながら、けどいつもと少し違うその感覚に意識を吸い寄せられる。

 なんだ……? 体内で渦巻いていた魔力が、手の平を突き破って外の世界にあるもっと大きな力と繋がるような……。


「気づいたか? これはいつもの〈体内魔力操作〉とは違う。〈体外魔力操作〉の感覚だ。我々魔導師はこうして体内と体外の魔力を繋げてより大きな力――魔法と呼ばれるスキルを行使する。毎日のマッサージで感度が上がっているから、薬液なしでもそれなりに魔力を感じるだろう」


 言って、リュドミラさんがさらに僕の中に流れる魔力を強める。あううっ。


「さて、あとはこのまま君の体を介して魔法を発動させ、魔法スキルの感覚を身体に覚えさせていくわけだが……クロス、君にはまず風属性の魔法を授けようと思っている」

「ふぇ……?」

「魔法には火、水、土、風の基本四属性が存在するが、多属性魔導師がクラスアップを急ぐ場合を除き、1つの属性を集中して伸ばしていくほうが成長しやすいのだ。そこでどの属性も習得可能であろう君は最初にどの属性を伸ばすべきかという話になってくるのだが……風は殺傷能力が比較的低いぶん応用が利く。最初に覚えておいて損はない属性だ」


 そしてリュドミラさんは火、水、土の特徴についても軽く説明してくれたあと、僕に「最終的には君の意見を尊重しようと思うが、どうする?」と訪ねてくる。

 僕は熱いものが身体を貫き続ける感覚に少し朦朧としながら、


「ええと、それじゃあ……風属性をお願いします」


 リュドミラさんがオススメだというのと、なによりエリシアさんの放つ風切り音の記憶から僕はその属性を選択した。するとリュドミラさんは「うむ、わかった」と頷き、僕の手の平を介して魔法を発動させる。


「我に従え満ち満ちる大気 手中に納めしくびき その名は突風――」

「う、くうううううっ!」


 リュドミラさんの口から初めて聞く呪文詠唱。それと同時に体内の魔力がざわつき、手の平に向けて形をなしていく。その感覚がまた妙に気持ち良くて変な声が漏れてしまい――無事に魔法が発動する頃、僕は顔を赤くして息を荒らげてしまっていた。


 う、うぅ、なんか凄く恥ずかしい!

 けど、いまのが魔法を使う感覚……と僕が自分の手の平を見ろしていたところ、リュドミラさんがさらに続ける。


「よし、魔法発動の感覚はわかったな? 無論これから何百何千と同じことを繰り返し身体に覚えさせていくが、同時に風の感覚を身体に染み込ませる訓練も行っていく」


 風の感覚? 風魔法発動の感覚となにが違うのだろう。


「ではクロス、服を脱ごうか」

「……えっ!?」


 なんで!?


「どの属性でも言えることだが、魔法とは体内の魔力と体外の魔力を繋げ一体化させる技術だ。ゆえに扱おうとする属性とより多く触れあい、自らの身体の一部だと錯覚するほど慣れ親しみ、頭の中にその属性の手触りや色、形、存在を強く正確に思い描けるようになっていけばいくほど習熟しやすくなっていく。つまり――」


 リュドミラさんの周りに風が逆巻き、僕の頬を優しく撫でた。


「属性は全身で満遍なく浴び続けることが望ましい。さあ、わかったら訓練を始めようか」

「え、ちょっ、リュドミラさ――わあああああっ!?」


 僕が返事するのも待たず――これも風を感じる修行の一環なのか――リュドミラさんの操る風が問答無用で僕の装備を脱がしていった。数秒後、僕は中庭の真ん中でマッサージのときのように下着1枚にされていて……。


 恥ずかしくて咄嗟に身体を隠そうとするのだけど、全身を風にもてあそばれてそれもままならない。風が肌を撫でるくすぐったい感覚に羞恥心は増すばかりだった。さらに、


「よし。では再び風魔法発動の感覚をたたき込む。次に風を感じる際はこの感覚を反芻し、外の世界と自分の魔力を繋げることを意識するように。我に従え満ち満ちる大気――」

「ちょっ、リュドミラさんちょっと待っ――ううううううううぅっ」


 問答無用で注ぎ込まれる熱い感覚。青空の下で半裸にされて恥ずかしい声を漏らす僕。

 もうその頃には良くも悪くもエリシアさんとのあれこれは完全に頭から吹き飛ばされてしまっていて、


「あ~~~リュドミラちゃんズルいなぁ。……うぇへへ、クロスくぅん、わたしがスキル発動の感覚を教えるときも裸のほうが効率いいから、そのままの格好でヤろうねぇ……❤」

「お、お前リュドミラこれ、本当に魔法の修行に必要なことなんだろうな!? つーかテロメアてめえは確実にウソだろ!? 今度はあたしがてめぇのこと見張ってやるから滅多なことするんじゃねえぞ……!」


 なんだか僕と同じくらい赤面しているリオーネさんに思わず助けを求めそうになりながら、僕は目の前の修行に没頭させられてしまうのだった。

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