第16話 ダダ甘修行その2
「な、なんですかこれ……!?」
汗を洗い流して食堂へと向かった僕は、テーブルの上に並べられた食事を見て目を丸くした。
なにせそこに並べられていたのは匂いだけで涎が出てしまいそうな焼きたてのパン、具沢山のスープ、果物の山、そして大量の赤身肉がジュウジュウと鉄板の上で油を滴らせていたのだ。
高い調理技術が駆使された食事というわけじゃない。
けどそれは目と舌の肥えていない僕でもすぐわかるほど高級な素材の数々で、見るだけで空腹感が倍になってしまうほどだった。パンなんてこれ、普通は朝焼くのをわざわざこの時間に合わせてもってこさせたよね……?
「うむ。今日は少し〈深淵樹海〉に足を伸ばしたところ、活きの良いクイーンオークがいたのでな。狩って栄養価の高い部位は焼き、他の部位は売り捌いて別途食材をそろえた。さあ、修行で疲れただろう、しっかり食べるといい」
食事を用意してくれたリュドミラさんが献立を解説しながら着席を促す。
ク、クイーンオークって、確か〈深淵樹海〉の結構奥にいる
あそこって1日で行って帰ってこられるような深度なんだっけ……?
てゆーか
僕が唖然としていると、「おー、リュドミラにしてはやるな」と食事に手をつけたリオーネさんとテロメアさんがこっちを見て、
「おいクロス、なにぼーっとしてんだ? しっかり食えよ、これも修行なんだからな」
「そうだよ~。食事ってねぇ、身体を強くするし、ステータスに表示されない体力や気力の回復と伸びに影響するし、魔力の伸びにも少しだけ関係するんだよぉ」
「そうそう。それにステータスが同じ値でも強い肉体を持ってるやつのほうが当然強いからな。しっかり食って肉体を作っといて損はねーんだよ。まあステータス差に比べればそんなにでけー差でもねーけど、テロメアも言ったように気力と体力に直結するからな。今後の修行に影響するから食っとけ食っとけ。腹八分目でな」
「え、で、でも、今日の昼までは普通の食事だったのに、なんで急にこんな……?」
「それは君が病み上がりだったからだ。修行も始まったことだし、それに合わせた食事が必要なのは明白だろう。さあ遠慮はいらない。しばらくは私が食事係だ。感想を聞かせてほしい」
「う……」
僕のすぐ隣でテーブルに肘をつき、涼やかに微笑むリュドミラさん。
この世のものとは思えない絶世の美貌を持つ彼女にそう言われては、僕も覚悟を決めるしかなかった。
(で、でもこんなの、僕なんかがタダで食べていいんだろうか……!?)
さっき汗を流した浴室もなんか見たことがないほどの量のお湯が沸かして溜めてあるものだったし(どれだけ高級な火炎魔法系マジックアイテムが内蔵されてるんだ……)、こんなまるで貴族みたいな……。
こんな贅沢な食事を経験したが最後、いままでの簡素な食事では満足できなくなってしまうのでは……そんな不安が頭をよぎるのだけど――ぐるるるるるるっ。
打ち込みで疲れ切った身体は正直で、本能に従うまま食事に口をつけた瞬間。
「お、美味しい……っ!」
いままで食べたことのない味、そして量の食事を、僕はあっという間に平らげてしまった。
*
「よし、それでは私のほうでも軽く指導を始めるとしようか」
食事を終えると、リュドミラさんはそう言って僕の手を引いた。
その柔らかい感触にドキドキしていた僕が連れてこられたのは、浴室の隣に設けられた一室。浴室と同じように排水できるようになっているその部屋には布の敷かれたテーブルがあり、リュドミラさんはそこに僕を座らせると、
「では服を脱いでそこにうつ伏せになりなさい」
「え!? そ、それってどういう……」
「言葉どおりの意味だ。下着まで脱ぐ必要はないから、そう慌てず横になるといい」
「え、あ、うぅ、はい……」
リュドミラさんの真面目な物言いに異論を挟む余地はなく、僕は言われるがままに服を脱ぐ。
う、うぅ、恥ずかしい……。
身体が跳ねてしまいそうなほど心臓が脈打ち、年上の女性に裸を晒しているという状況に耳先まで顔を赤く染めてテーブルに寝転がる。
そんな僕の背中に突如、生暖かくてぬめぬめした感触が触れた。
「ひゃう!? え、な、なんですかこれ!?」
得体の知れない、けれどなんだか気持ちの良い変な感触に驚いて身体を起こすと――その正体は、リュドミラさんが両手に塗りたくった謎の粘液だった。
「む、すまない。驚かせたな。説明が遅れてしまったが、いまから君にはこの薬液(ローション)を使った疲労回復のマッサージと同時に、魔力開発のマッサージを施そうと思っている。怖くないから、安心して位置に戻りなさい」
「は、はぁ」
リュドミラさんに言われるがまま、僕は再びテーブルの上で横になった。
リュドミラさんは先ほどの説明不足を反省したのか、僕の背中に粘液を塗り込みながら学校の先生のように蕩々と語り始める。
「さて、冒険者学校出身者である君には語るまでもないだろうが、『魔力』とはこの世界に満ちる様々なエネルギーの総称だ。モンスターを生み出す大いなる力と定義されることもあれば、攻撃魔力、特殊魔力といった『一度に扱える魔法スキルの最大威力を示すステータス』にも魔力という言葉は使われる。しかしここでいう魔力とはいわゆる『スキルを発動するために必要なエネルギー』のことだと思ってくれればいい。魔力開発のマッサージとは、君に魔力を扱う感覚を掴んでもらうための指導だ」
ぬちゃ、くちゃ、と僕の身体に手のひらを滑らせながら、リュドミラさんは続ける。
「通常、人は〈
「――っ!? あうっ!?」
突如、リュドミラさんの両手から僕の身体に染み込んでくる異様な感覚に変な声が出た。
な、なんだ!? 熱いものが身体中を貫いて流れていくような、この感覚……!?
「〈体外魔力掌握〉。これは〈体外魔力感知〉〈体外魔力操作〉などの上位に位置するスキルだ。いま君の中には私の操作した魔力を送り込み、私やリオーネが魔力を使う際の感覚を再現させてもらっている。これですぐに魔力を操れるようになるわけではないが、毎日繰り返していけば魔力を感知する感覚が磨かれ、各種スキルを発現、発展させやすくなっていくだろう」
リュドミラさんは説明しながら「ふふ」とどこか楽しげに笑う。
「私たちS級冒険者が魔力を操る感覚を共有するのだ。もしかすると最初からスキルを発現している者が我流で感覚を磨くよりよほど効率的だろうな。さあ、この薬液には疲労回復効果だけでなく、感覚を鋭敏化する効果もある。全身に魔力が駆け巡るこの感覚をしっかりと覚えなさい」
「え!? ちょっ、リュドミラさ、まっ、あううううっ!?」
背中、肩、腕、腰、足……リュドミラさんの滑らかな手が全身を優しく這い回り、同時に熱いものが容赦なく注ぎ込まれる。僕は身もだえしながらびくびくと全身を跳ねさせ、口から変な声が漏れるのを必死に我慢していた。
こ、これ……なんだかおかしい……なんか、気持ちよすぎて……変な気持ちに……!?
「ふふふ、肌と肌の単純接触は恋愛感情を自然に想起させる重要な要素と聞いている。それは接触発動の治癒スキルを使わざるを得ない駆け出しヒーラーがしばしば痴情のもつれを引き起こし、パーティ崩壊のきっかけになることからも明らかだ」
「あっ、うぅ、くぅ、はうっ、ひっ!?」
小声でなにか呟くリュドミラさんの手つきがさらに激しくなり、僕はもう声を抑えることもできなくなる。
「ふふ、このマッサージを毎日続ければ、最初に指導の中心となったリオーネの有利などすぐに巻き返せるだろう。……だがこれは……む、なんだか私まで妙な気分に……」
結構な重労働なのか、なんだか途中からリュドミラさんも息を荒くしつつ、狭い一室での気持ちよすぎるマッサージは僕の意思とは関係なく続いていくのだった。
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下ネタ成分が染み出してきました
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