第15話 ダダ甘修行その1

 ドラゴニアのS級冒険者であるリオーネさんの防御力は異常。

 たとえ真剣を使おうと、レベル0の僕が怪我をさせる心配なんて一切ない。

 頭ではそうわかっていても、真剣で生身の女性に攻撃するなんて気が引ける……と、最初はそう思っていたのだけど。


「よしいいぞ! その調子でもっと強く! そうそれだ! 大丈夫! 攻撃なんて挨拶みてーなもんなんだからな! 殺す気でやったほうがむしろ礼儀正しいってもんだ! そらもう一発! よしまた良くなったぞ! 次は喉狙ってみろ! お、良い容赦のなさだ! その感じでもう一回!」

「やあああああああああっ!」


 僕はいつの間にか、無我夢中でリオーネさんに攻撃を叩き込みまくっていた。


 剣を振るうごとに放たれるリオーネさんの賞賛、助言、指示。

 荒々しい笑顔とともに繰り返される軽快なかけ声に身体と心がどんどん軽くなり、僕は躊躇するどころかいままでにないくらい気持ちよく剣を振るえてしまっているのだった。


「うわ~、もっと強く攻撃しろなんて、リオーネちゃん変態さんみたい~」

「黙ってろボケ!」


 途中、テロメアさんの茶々にリオーネさんが赤面しながら噛みつく場面はありつつ、打ち込みはひたすら途切れることなく続く。頭がぼーっとし、リオーネさんの激しくも優しい声に褒められ促されるまま剣を振るっていると、どんどん身体が高揚していく。


 こんなに楽しく剣を振るえたのは初めてなんじゃないか……!?


 そんな軽快な気持ちとともに剣を振るい続ける。ただ、そんな状態も長くは続かなかった。


「はぁ、はぁ、はぁ……くっ、やあああああっ!」


 体力の限界だ。頭がぼーっとするような集中状態も終わり、体中を疲労が蝕みはじめる。


(苦しくなってきた……けど修行なんだから、こうやって苦しくなってからが本番……っ)


 辛さをはねのけるように言い聞かせ、大きく剣を振り上げた。

 そのときだ。


「よし、いったん休憩だな」

「え?」


 リオーネさんが僕の剣を指先でつまんで止め、いきなりの休憩を宣言した。

 さらには事前に用意していたらしい軽食(なんかドロドロしてて消化に良さそうな謎物体だ)とたくさんの水を補給するよう僕に厳命。戸惑いながら言われたとおりにしていると、


「えへへ~、やっとわたしの出番だねぇ。〈体力譲渡スタミナバザー〉❤ 〈気力譲渡マインドバザー〉❤」

「え、テ、テロメアさん!?」


 不意に、テロメアさんがその柔らかい両手で僕の手を包み込んできた。僕が赤面して固まっていたところ――心身の疲れがみるみるうちに引いていく!?

 まるで修行開始前に時間が巻き戻ったかのような調子の良さだ。


「よし回復したな。んじゃ続きやるか」

「え? い、いいんですか……? こんな全回復なんてしちゃって……」


 テロメアさんを僕から引き剥がしながら言うリオーネさんに、僕は疑問の声をあげる。


「ん? いやそりゃあ、変に疲れた状態でやってたら身につくもんも身につかねーからな。それにこれは『殴り合いケンカが楽しいと思えるようになる』ための修行なんだ。辛くちゃダメだろ」

「は、はぁ」


 当たり前のように言うリオーネさんに従い、僕は再び心地よい気持ちで剣を振るいまくるのだった。





 そして夕暮れ時。


「よーし、よく頑張ったな。今日のとこはこのへんで終わりにしとくか」


 何度もテロメアさんによる気力と体力の回復を繰り返して続けられた打ち込みは、僕が心地よい疲労感にあることを見越したようなリオーネさんの言葉で終了した。


 夜はしっかり眠れるようにと体力回復は行われず、テロメアさんの代わりにリオーネさんが僕の頭に柔らかくて温かい手を乗せる。


「うん、剣の太刀筋もよくなってきたし、この調子でいけばもっと伸びるぞ」


 わしゃわしゃわしゃっ。乱暴に、けれど優しさのこもった手つきで僕の頭を撫でてくれた。


「あ、ありがとうございます……っ」


 褒められ慣れていない僕は盛大に顔を赤くする。

 ただ、僕の胸にはひとつのモヤモヤが募っていて……修行の片付けを始めたリオーネさんを手伝いながら、僕は思わず口を開いていた。


「あ、あの、リオーネさん」

「ん?」

「なんていうか、その……修行って、こんなのでいいんでしょうか? こんな、楽しくて……」


 それはともすれば、というか確実に、リオーネさんの修行方針を疑う問いかけだった。

 けど言わずにはいられなかったのだ。それほどまでに、今日の修行が楽しかったから。


 疲れたらすぐに回復してもらい、褒められまくりの気持ち良い打ち込みが延々と続く。それはともすれば、なにも考えず遊んでいればよかった子供時代よりも楽しくて。


 強さというのは辛く厳しい鍛錬の果てにあるという当たり前の考えとは真逆の修行に、ただでさえ才能のない自分がこんなことをしていていいのかと、僕は当惑してしまっていたのだ。


「なんだ? S級冒険者直々の修行だから、めちゃくちゃ厳しくされるとでも思ってたのか?」

「ええと、まあ、はい」

 

 聞き返してきたリオーネさんに僕は正直に答える。するとリオーネさんは「へっ、そりゃあ厳しくしたぶんだけ強くなるってんならそうするけどな」と荒々しく笑い、


「厳しくするだけで強くなれるなら、いまごろ人族は全モンスターを駆逐してるだろうよ。なにせこの世にモンスターほど人族に厳しい存在はいねーんだからな」

「え……」

「厳しくすれば強くなるなんて、そりゃあよくある勘違いだ。んなことも理解せず、弟子の力量も適性も考えずに厳しくするだけの師匠なんざ、指導役以前に人として三流以下だぜ。なぁ?」


 リオーネさんが同意を求めるようにテロメアさんに顔を向けると、テロメアさんも「まあ確かにねぇ」と笑う。


「ま、修羅場を乗り越えねーと壁を破って強くなれねー場合もあるってのは完全に同意だけどな。けどそりゃあ、毎日の鍛錬で試練を乗り越えられるだけの地力を身につけてこそだろ? お前はいま、その地力を積み重ねはじめたばっかなんだ。焦る必要はねーよ」


 そしてリオーネさんはまた僕の頭に手を乗せて、優しく言うのだ。


「あたしらは〈無職〉のお前を見込んで育てようと思ったんだからな。それに合わせたやり方でお前を育てるのが当然だろ? 大丈夫、あたしらの指導で強くなれるよお前は」

「……は、はい!」


 僕なんかの疑念に丁寧に答えてくれたリオーネさんの優しくてまっすぐな言葉。

 その説得力に、僕はともすれば甘くも見えるその育成方針をすっかり受け入れてしまうのだった。……けれど。


 S級冒険者たちによる一風変わった激甘な鍛錬育成は、まだまだ序の口だったのである。

 


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