第11話 見つけた

「あああああああああああああああああっ!」


 ただひたすらに、がむしゃらにクロスは突き進む。

 身体が重い、剣が重い。ヒュドラの核はまだ遠く、ステータス0の身体では彼我の距離はまったくもって縮まらない。


 その上クロスの眼前に迫るのは、一撃で彼を死に至らしめる複数の触手だ。


「うわあああああああああああっ!」


 恐怖で泣き出しそうになりながら、氷結と邪法スキルで動きの鈍った触手の攻撃を避ける。一度、二度、地面を転がり全身をすりむきながら、なんとかギリギリ生きている。

 

 しかし幸運はそう何度も続かない。立ち上がり再び走り出したクロスの眼前に、避けようのない一撃が迫る。が、次の瞬間。

 

 バギィ!


「……っ!?」

 

 クロスに迫る触手が上空から飛来した冷気で瞬時に凍り付く。

 さらに別の触手は上空から降ってきた禍々しい空気に触れると麻痺したように動かなくなった。


 それは上空でヒュドラを抑える世界最強たちからの援護。


 しかしいまのクロスには援護に感謝する余裕も、そもそもそれが援護だと認識する余裕もない。ただひたすら触手を避け、核を破壊する。それだけを胸に恐怖で折れそうになる心を必死に補修し、無我夢中で突き進んでいた。


 多くの触手は上空からの援護が防ぎ、建物の影などに隠れて援護が届かない箇所はクロスがなんとか自力で切り抜ける。


 と、クロスが確実に核との距離を縮めていたとき、触手の一部が不穏な動きを見せた。

 半ば凍っていた触手の先端がかたちを変え、口腔のようなものが形成される。

 そして、


『オオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』

「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!?」


 クロスのすぐ近くから放たれる複数の〈咆哮ハウル〉。


 許容量を遙かに超えた恐怖がクロスの理性をぐちゃぐちゃに破壊し、胃袋の中身をすべてぶちまける。失禁したかもしれない。だが、


「ぐ、ううううううううううううううっ!」


 止まらない。

 最早その身体は魔力で作り出された仮初めの恐怖などには屈さない。

 もっと恐ろしいことを知っている。大切な人をモンスターに蹂躙される恐怖が、なにもできない惨めさが、後悔が、理性よりもずっと深い部分に刻まれている。


 半ば自失状態にありながら、それでもステータスオール0の身体をただ前へ前へと押し進め――たどり着くのは毒の壁にうがたれた洞窟。その中央に光るのは怪しく光る怪物の本体。


「あ、れか……!」


 迷うことなくクロスはその洞穴へと突き進む。

 最早上空からの援護にも頼れないその洞窟へと侵入したクロスは、目標目がけて最後の力を振り絞るように剣を振り上げる――そのとき。


 ひゅん!


 狭い洞窟の中で、最後の抵抗を試みるかのように一本の触手が空を切った。

 上空からの援護はもうここには届かない。

 クロスの身に確実な死が迫る。

 それを察したクロスの視界に入るすべてのものの速度が急激に遅くなる。

 触手がクロスに致命傷を与えるのは間違いなかった。だが、


「いまさら……っ!」


 クロスは触手を避けようとさえしなかった。


「そんなことで止まれるかあああああああああああっ!」


 絶叫。

 クロスは防御や回避などすべてかなぐり捨てる。

 ステータス0の自分が中途半端なことをすれば、核を破壊できないかもしれないからだ。

 そして攻撃にすべてを込めるように剣を振り抜き――吹き飛ばされた。

 

 腰から下の感覚が完全に消失する。


 なんの防御姿勢もとらずに攻撃を受けたクロスの身体は大きく飛ばされ、何度も地面を転がり全身を殴打。下半身どころか全身の感覚が消えていく。

 そうして意識さえ朦朧としていくなか、


『オオオオオオオオオオオオ――……』

 

 自らの命さえ省みずに放たれた最弱の一撃は、確かに実を結んでいた。

 

 全身を凍り付かせ、無数の首から触手の一本に至るまで完全に動きを止める怪物。

 そして核を失ったヒュドラは世界最強クラスの魔導師が放つ冷気に耐えきれず、毒液の身体をまき散らすこともなく消失していった。


咆哮ハウル〉の効力も消え、街の人々は恐怖から解放された反動で気絶するかのように倒れこむ。そんな中、


「おい大丈夫か!? ……ちっ、下半身が消し飛んでやがる、おい吸血族テロメア! すぐ回復してやれ!」

「了解だよ~!」


 先ほどまで上空で戦っていた3人の美女がクロスの元に駆けつける。


「おいしっかりしろ! 触手が少し凍ってたのと、お前の身体が弱っちくてすぐ吹き飛んだおかげで毒は回ってねぇ! 死んでなきゃどんな怪我でも治してやれるから気をしっかり――」

 と、吸血族テロメアが尋常ではない魔力の内包された回復魔法を発動させる傍ら、龍神族リオーネがクロスのすぐ横に膝をついて呼びかけていたのだが、


「エ……さんは……」

「あ……?」

「エリシアさんは……無事ですか……!?」

「……!?」


 瀕死のクロスが開口一番に絞り出した言葉に、龍神族リオーネが瞠目した。

 そして困惑するように背後を指さす。その先では、


「君は、さっきの……!?」


 ボロボロで倒れるクロスの姿を認めたエリシアが、泣きそうな顔でこちらに駆け寄ってくるところだった。毒の触手にやられて怪我は多いが、命に別状はなさそうだ。それを見たクロスは小さく微笑む。


(間に合ってよかった……。ああ、けどやっぱり……そんな怪我を、そんな顔をさせないくらいの力が……欲しかったなぁ……)


 命に関わる大怪我に加え、無事だったエリシアの姿を見て一気に気が抜けたのだろう。

 クロスは安堵したように息を吐くと、一抹の願いとともに、その意識を手放した。

 

      *


「ごめんなさい……! 私、あなたに八つ当たりで酷いことを言ったのに、こんな……!」


 怪我を押してクロスの傍らに駆け寄ったエリシアは半泣きになりながら、下半身を欠損して意識を失ったクロスのもとに跪き、何度も謝罪の言葉を繰り返す。


 その傍らでは吸血族テロメアがデタラメな威力の回復魔法を使ってクロスの身体を修復し、ハイエルフリュドミラが治療を補助するように手持ちの最高級ポーションを振りかけていた。


 そうしてどうにか命を繋ぐクロスを見下ろしながら、龍神族リオーネがぼそりと呟く。


「勇者の付き人でもねぇ〈無職〉が、あの状況で飛び出して自分の命は二の次か……ははっ、イカれてやがる」


 続けて龍神族リオーネは自嘲するように自らの頬を掻き、


「ったく。あたしも焼きが回ったな。……よりにもよって、こんな才能ねーやつ育てたくなっちまうなんて」

 

 半ば愚痴をこぼすようにぼやきながら、しかしはっきりと口角をつり上げ、


「「「見つけた」」」

 

 龍神族リオーネだけではない。

 世界最強の称号をほしいままにする3人の声が、そのとき確かに重なったのだった。


       *


 ソレはいつものように、誰にも気取られることなく少年の内側へと侵入を果たしていた。

 ソレは自らの力を発揮するため、少年の奥へ奥へ……魂と呼ばれる深淵へと容易に入り込んでいく。だが、


 ――……ッ!? ナンダ、コノ才能ノ欠片モナイ個体ハ……!?


 ソレは困惑した。

 侵入を果たしたその少年の中にはおよそ才能と呼べるものが一切なく、ソレが力を発揮するための足がかりすら存在しなかったからだ。こんなことは初めてだった。だがソレは初めての事態にもかかわらず、本能的に自らの結末を悟る。


 ――マズイ……コノママデハスグニ消エテシマウ……!


 それだけは避けなければ。

 ゆえにソレは、やむを得ず緊急手段をとることにした。


 足がかりとなる才能がないなら、作ればいい。


 ただしそれは自らの力を使った仮初めの才。

 ソレの安定は望めず、あくまで消滅を先延ばしにするだけの対症療法に過ぎない。

 だがそれでもいますぐ消えるよりはずっとマシだった。

 

 瞬間、ソレは膨大な魔力を振り絞る。

 異質な魔力は少年の中で渦を巻き、彼の強い願望を核に形を成す。

 

 そうしてどうにか消滅を免れたソレは、半ば力尽きるかのように少年の中で眠りにつくのだった。器が破壊されない限り決して覚めることのない、深い眠りに。






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