第7話 世界最強たちの来訪

 時は少しばかり遡り、クロスが茫然自失として街をさまよっていたのとほぼ同時刻。


 サリエラ学長は学長室の重厚な扉の前で立ち止まり、全力で天に祈っていた。


(どうかなにかの気まぐれであの3人がすでに帰っていますように……! あるいはあの3人組が来たなどという話がなにかの間違いでありますように……!)


 ぎゅっと目を閉じ、大きく息を吐き、最後まで祈りを捧げながら学長室の扉を開く。


 ……が、その祈りは無駄に終わった。


「お、やっと来やがった」

「遅いぞ、サリエラ・クックジョー。一体何をしていた」

「そうだよぉ。待ちくたびれて部屋にあったお菓子全部食べちゃったよ~」


 学長室では、それぞれ系統の異なる3人の美女が思い思いにくつろいでいた。


 頭から二本の角の生えた野性味あふれる赤髪の美女は行儀悪く執務机に腰掛け。

 理知的な雰囲気をまとう金髪の美女は当然の如く学長の椅子に座って部屋の蔵書を無断閲覧。

 陰鬱でどこか退廃的な気配のする黒髪の美女はソファーに寝転んでだらけきっていた。


 あり得ない光景である。

 とてもではないが、国内有数の実力者であるA級冒険者にしてバスクルビアの領主であるサリエラ学長の私室でやっていいことではない。


 だがその光景を見たサリエラは声を荒らげるでもなく、げんなりしたように、あるいは観念したようにぼそりと口を開いた。


「……なにしに来たんだ、あんたら」


 すると机に腰掛けていた赤髪の美女が「ああん?」と牙を覗かせる。


「あー? あたしらを散々待たせたうえに、ずいぶんなご挨拶じゃねーか。お前、いままでどんだけあたしらの世話になったか忘れたのか?」

「なにが世話にだ! 確かにS級冒険者であるあんたらの活躍は目覚ましいが、総合的に見ればギルドが尻拭いしてやった案件のほうが多いだろうが!」


 サリエラが「なにをふざけたことを」とばかりに噴き上がる。

 地方の有力貴族を屋敷ごとぶっ飛ばしたとか、東の帝国で都市をひとつ滅ぼしたとか、この3人組がやらかした事件は枚挙にいとまが無い。


 そして一体なんの腐れ縁なのか。昔から結構な頻度でこの3人の問題行動に苦労させられているサリエラ学長はうんざりしたように息を吐く。


「はぁ。とにかくいまは忙しいんだ。あんたらみたいな問題児の相手をしてる暇はないんだよ」


 ギルド職員からこの3人が襲来したと聞かされた際、サリエラは『街の警備のために走り回っているから』などと嘯いたわけだが、それはなにも三人から逃げるためのデマカセというわけではなかった。


 勇者の末裔が伴侶探しにやってくる年の豊穣祭は、毎回なにかしらの騒ぎが起こる。

 勇者が豊穣祭に合わせて街に到着し、なおかつ各地の貴族や腕利き冒険者が集結しきっていないこの瞬間を狙い、事件を起こす輩が多いのだ。


 そんな神経の張り詰める日に、なにをしでかすかわからない問題児3人の相手などしていられない。できることならいますぐ街からたたき出したいくらいだった。


 だが……冒険者の聖地をまとめあげるA級冒険者サリエラでも、これ以上彼女らに強く出ることはできなかった。なぜならいまサリエラの目の前にいる3人の美女は、間違いなく世界最強クラスの化け物だったからだ。


龍神族ドラゴニア〉の〈崩壊級万能戦士ディストラクション・ウォーロード〉――リオーネ・バーンエッジ


〈ハイエルフ〉の〈災害級魔導師アークウィザード・ディザスター〉――リュドミラ・ヘィルストーム


最上位吸血族ノーライフキング〉の〈終末級邪法聖職者ダークプリースト・ハイエンド〉――テロメア・クレイブラッド


 世界三大最強種。

 なおかつ全部で5段階ある〈職業クラス〉を最上級職のさらに上である頂天職まで極めた、世界に9人しか存在しないS級冒険者。それがいまサリエラの前にいる怪物たちのプロフィールなのだ。

 

 1人だけならまだしも(いや1人でも厳しいが)、3人でつるまれたら最早手がつけられない。仮にいまこの街に存在する全戦力をぶつけたところで、間違いなく負けるのはこちら側だった。ゆえに、


「……で、要件というのはなんだ」

 

 彼女らの用事を速やかに終わらせ、できる限り早く帰ってもらう。

 邪神に生贄を捧げる村人のような気持ちでサリエラがとった精一杯の選択はこれだった。これしかなかった。……が、


「要件は色々あるけどな。まあアレだ、とりあえず勇者出せよ」

「……は?」


 予想だにしていなかった龍神族リオーネの要求に、サリエラは怪訝な顔をする。


「それは、どういう……」

「この街にはいま、勇者が修行の仕上げに来ているのだろう?」


 戸惑うサリエラに、今度はハイエルフリュドミラが補足するように口を開いた。


「見込みがありそうなら、私たちのうちの誰かが師として面倒を見てやろうと思ってな。だからいますぐ会わせろと言っている」

「……は?」


 学長は再び唖然とした。

 勇者の指導? こいつらが? わざわざバスクルビアまでやってきて?


「……。一体なにを企んでいる」


 警戒もあらわに眉根を寄せたサリエラの言葉を聞き、吸血族テロメアが静かに笑う。


「人聞きが笑いなぁ。わたしたちはただ純粋に、人族の切り札だっていう勇者の末裔に強くなってほしいだけだよぉ」


 ぜっっっっっっっったい嘘だ!!


 自分勝手で私利私欲に忠実、気分の乗らない依頼はたとえ王命であろうと無視するようなこいつらが、手間暇のかかる後進育成をただの善意で行うわけがない!


 絶対になにか企んでいる! 絶対にだ!!


 仮に、万が一、なにかの奇跡で特になんの思惑もなく興味本位で勇者の末裔を指導しようとしているとしても、それはそれで問題がある。


 そう、こいつらの人格である。


 師とはなにも、スキルや戦闘技術を授けるだけの存在ではない。指導役として長く時間をともにすることで、良くも悪くも弟子の情操教育に多大な影響を及ぼすものだ。


 今代の勇者エリシアはかなり厳しく育てられたと聞くからそう簡単に影響は受けまいが……それでも万が一というものがある。


 人族の切り札、アルメリア王国の至宝とも呼ばれる勇者の末裔がこんな連中に染まってしまったが最後……世界は終わりである。サリエラとしては絶対に会わせたくない。

 しかし――。


「おいなんだよこいつ、急に黙り込んで。まさか勇者に会わせねぇつもりか?」

「拷問……間違えた、尋問なら〈邪法聖職者〉のわたしに任せて~」

「よせ二人とも。サリエラ学長にはこれからも世話になるのだ。この部屋にある私物か校内の高級な備品、あるいは職員あたりを人質にする程度で済ませてやろう」


 黙秘も長くは保つまい。

 ここは一度折れたふりをして、王国軍の出動、できればエリシアの父親に救援要請を……だが到着にどれくらいかかるか、とサリエラ学長が必死に頭を働かせていたとき――。


 ドンッ!

 

 学長室が、いや、街全体が揺れた。

 それも生半可な揺れではない。まるで街の中心で巨大な噴火でも起きたかのような衝撃が学長室を襲う。


「なんだ……!?」


 サリエラ学長は反射的に窓の外へと目を向けた。

 そして言葉を失う。

 豊穣祭で賑わう青空の下、再開発区の方角に、信じがたいものが出現していたのだ。

 

 腐った泥のように禍々しい半液状の身体。生理的な恐怖を呼び起こす無数の首。

 その先端には破壊の象徴である龍の頭がいくつも生え、いまなおその数を増やしていた。


「まさか、ポイズンスライムヒュドラか……!?」


 それは、A級冒険者パーティによる討伐が推奨される危険度リスク8の超高位モンスター。


 物理攻撃をほぼ無効化し、触れるだけでダメージを与えてくる毒液の身体。

 体内で高速移動する核を破壊しない限り無限の超速再生を繰り返す反則級の回復力。

 本来ならば“魔力溜まり”と呼ばれる秘境の奥深くで極希にしか発生しないはずの強力な化け物だった。


 そんなものが突如として街に現れたというだけでも常識から逸脱した事態ではあったが、異常はそれだけにとどまらない。


「なんだあのあり得ない大きさは……!?」


 再開発区に出現したソレは、通常のポイズンスライムヒュドラとは比べものにならない威容を誇っていた。

 地面から湧き出し続けているらしい壺型の胴体は再開発区のすべてを飲み込んでなお膨張を続け、そこから生える無数の首の高さは城壁のそれを優に超えている。


 そしてなにより巨大なのは、胴体の中央から生えるひときわ太い一本の首だった。

 あの首が一度なぎ払われただけで、街の10分の1ほどが瞬時に更地と化すだろう。それほどの大きさである。


 危険度リスク8どころではない。

 

 危険度リスク9――A級冒険者のみで構成された複数のパーティでの対策が必須とされる国軍出動レベルの怪物が、街のど真ん中に突如として出現していたのだ。


 さしものサリエラも現実とは思えないその光景に絶句し、頭の中が真っ白になる。

 だがその瞬間――世界最強たちはすでに動き始めていた。


「おいありゃヤバいぞ! 未来の旦那候補どもがみんな死ぬ!」


 ドンッ!! 


 高速移動の反動として爆発のような衝撃を残し、学長室を無茶苦茶に破壊すると同時。

 S級冒険者たちの姿がサリエラの前からかき消えた。


 3つの影が宙を駆け、凄まじい速度で怪物のもとへと突っ込んでいく。


「……未来の旦那候補……? あのアホどもまさか……」


 と、どちらが怪物かわからないような速度でポイズンスライムヒュドラに突っ込んでいくS級冒険者を唖然と見送っていたサリエラだったが、すぐにハッと我に返った。


 この街を治めるA級冒険者として、自分にはやらねばならないことが山ほどある。


 いくらあの3人が1人で危険度リスク9を倒せるほど強いとはいえ、街への人的被害を考慮すれば苦戦は免れない。


 あの3人ができるだけ戦いやすくなるよう、そしてなにより被害が拡大しないよう、一刻も早く住民の避難を進める必要があるとサリエラが学長室を飛び出そうとした。ちょうどそのとき。


「学長! 大変です! 大変なことが!」


 ギルド職員の一人が血相を変えて部屋に駆け込んできた。

 サリエラ学長はそれに素早く答える。


「わかっている! いますぐ講師と職員を全員集めてあの化け物への対処を――」

「いえ違います! 別件です!」

「なに……?」

「バスクルビアの北、《深淵樹海》方面より、こちらに向かってくるモンスターの大移動を確認! その数4000以上、平均危険度リスク不明! 魔物暴走スタンピードです!」

「なんだと!? 馬鹿な! 観測班はなにをしていた!?」

「それが、今朝までは間違いなく異常はなかったと……」

「突発性魔物暴走スタンピード……!? あり得ん……どちらか片方だけならまだしも、こんな異常事態が重なるなど……!」


 偶然とは思えない。なにか人為的な臭いがする。

 だがいまはそんなことを考えている場合ではなかった。


「やむを得ん……! ポイズンスライムヒュドラはS級の3人に任せ、B級以上の冒険者はいますぐ街の北へ強制招集!  C級以下は住人の避難誘導だ! 至急、街中へ指示を拡声しろ!」

「は、はい!」


 サリエラの指示を受け、職員が音響魔導師たちのもとへと走る。


「まったく、とんだ豊穣祭だ……!」


 サリエラは振り絞るように言うと、本人もまた街の状況を詳しく確認すべく、学長室を飛び出していくのだった。





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