第2章 育成開始!
第13話 最初の師匠と修行の舞台
〈無職〉であるはずの僕がS級冒険者3人の弟子となり、そのうえ一緒に暮らすことになった翌日。
体調もまったく問題ないということで午後から早速修行を始めることになったのだけど、その前にひとつ、大きな問題が生じていた。それは……
「は? 近接戦特化のあたしが最初に中心になって稽古つけるに決まってんだろ」
「は~~? (初めての師匠は刷り込みで好感度高くなりそうだから譲れないし)、わたしに決まってるでしょぉ」
「寝ぼけたことを。まずは後進育成の経験がある私が指導の中心になるのが当然だろうが」
「ざけんな! てめえなんざ『エルフ』の『魔導師系』の『女』しか育てたことねーだろ! ヒューマンの〈無職〉の男ははじめてなんだから、あたしらとそう大差ねーっつーの!」
「大差ないわけないだろうがバカ者!」
弟子入りが昨日の今日だったせいか、どうも3人の中で育成方針が決まっていなかったらしい。軽い昼食を終えたばかりのリビングでは師匠たちが睨み合い、誰が最初に僕の指導をするのが良いかで一触即発の状態となっていた。
正直、それ自体は僕のことを真剣に考えてくれているんだと嬉しかったのだけど、問題は別のところにあって……。
「私だ!」
「わっ!?」
「わたし~!」
「ひゃうっ!?」
「あたしだっつってんだろ!」
「あうっ……!?」
リュドミラさんが風魔法らしきもので僕を引き寄せ、それをテロメアさんが強引に抱き寄せ、かと思えばリオーネさんが僕の肩をつかんで引き剥がす。
そのたびにリオーネさんたちの柔らかい部分が僕に触れ、良い匂いが鼻先をかすめ、僕は顔を真っ赤にしながら変な悲鳴をあげることしかできなかった。
さらに、リオーネさんたちは途中で僕を引っ張り回すのはマズイと気を遣ってくれたのか、最終的に三方から僕を取り囲むようにして睨み合うようになって……
「あ、あの、皆さん!? ち、近……っ!」
三方向からそれぞれ微妙に異なる甘い香りと柔らかさに囲まれ、僕はもう顔に羞恥の熱が集まりすぎて倒れそうになる。
(う、うぅ……孤児院では女の子とも暮らしてたから大丈夫かと思ってたけど……これはちょっと……恥ずかしすぎる……っ)
もともと孤児院では男女混合の共同生活だったのと、S級冒険者の弟子になるという部分が大きすぎてあんまり意識してなかったけど……こんな綺麗な年上の女の人たちと一緒に生活するのだという実感が良い匂いとともに一気に押し寄せてきて、頭がクラクラした。
逃げようにもリオーネさんたち、もの凄い力だし……と、僕がいまにも気を失ってしまいそうなほど心臓をバクバクさせて狼狽えていると、
「……これでは埒があかないな。仕方ない、こうなったら公平に決めるとするか」
リュドミラさんがそう言い、テロメアさんとリオーネさんが同意するように僕から離れてくれた。や、やっと解放された。
……と、僕がほっと胸をなで下ろしたのもつかの間。
じーーーーーーーーっ!
「……えっ!?」
絶世の美女三人が、至近距離から真剣な表情で僕を見つめてきた。
「あ、あのぅ……これは一体どういう……」
意味がわからず、僕は身体を縮こまらせて消え入りそうな声を漏らすことしかできない。
すると不意に、リオーネさんがニッと牙を覗かせるように笑い、
「……へっ、やっぱりあたしが最初の師匠でよさそうだな」
「ちっ、まあいい。いずれにせよまったくの0から魔法系スキルを習得させようとすれば、下準備にそれなりの時間がかかるからな。……それに、心の距離を縮める方法は直接の指導だけではない」
「ちぇっ、まあ近接は全〈
かなり渋々ではあったけど、リオーネさんの言葉にリュドミラさんとテロメアさんも同意する。先ほどまでの修羅場が嘘みたいな決着に僕は驚いた。
「え、あの、急にどうして……?」
「お前の積み重ねを見たんだよ」
僕の疑問に、リオーネさんが機嫌よさそうに答えてくれる。
「お前、結構剣を振ってきたんだろ? かなり雑だが基礎ができてる。基礎ができてるもんから伸ばしたほうが成果が出やすいし、成果が出たら修行全体のやる気も増す。つまり、近接戦を中心に伸ばすのがいまのお前向きって判断したんだ。あたしら3人ともな」
「……っ」
その言葉に、僕はなんだかむずがゆい嬉しさを感じてしまう。
リオーネさん、リュドミラさん、テロメアさんの三人が、とても真剣に僕のことを考えてくれていると強く感じられたから。
「じゃ、方針も決まったし、ぼちぼち修行始めっか!」
「はい!」
いよいよS級冒険者直々の修行が……!
リオーネさんの力強い声に引っ張られるように僕も大きく返事をした……のだけど、そこでふと僕の中で疑問が湧き上がる。
修行って、どこでやるんだろう。
思い起こされるのは昨日、弟子入りが決まった際に3人から言い含められた一つの約束。
それは僕がリオーネさんたちに弟子入りしたという事実は基本秘密ということだ。
S級冒険者である3人は色々と面倒だからという理由ですでにバスクルビアを発ったことになっているらしく、僕の修行に集中するためにもあまり目立ちたくないとのことだった。
けれどそうなってくると、問題になるのは肝心の修行場所だ。
リオーネさんたちが買い上げたというこの家は入り組んだ区画にある木造の3階立て。
新しく街にやってきた冒険者パーティが長期契約を結んで拠点にすることが多いタイプでそれなりに大きいけれど、こっそり修行できる中庭みたいな空間は存在しない。
秘密特訓といえば街の外周部が結構使われるけど、ここはモンスターの襲来に備えた見張りの目があって意外と目立つ。となると残された場所は街から離れた草原とかだけど、毎日の修行でそこまで行くのは手間がかかりすぎるよね……。
と、僕がリオーネさんたちに疑問をぶつけると、
「ああ、そういえば言っていなかったな」
突如、リュドミラさんがリビングの床を引っぺがした。え!?
よく見ればそれは隠し扉で、床の下には地下へと続く階段が……。
「この家は周囲の目を誤魔化すための出入り専用で、本邸は別にあるのだ」
「本邸が別に……?」
僕は面食らいながら、3人に促されて地下通路を進んでいく。
しばらく歩いたところで再び階段を上がると、目の前に広がっていたのは……王様の別荘かと見まごうような広い庭付きのお屋敷だった。
「なっ……えぇ……!?」
ちょっと意味がわからないほどの豪邸に思わず絶句。
いやあの、この豪邸、冒険者学校近くにある貴族街の一番大きい屋敷より広いんじゃあ……と僕が説明を求めてリオーネさんたちを振り返ると、
「いやー、貴族街から離れた立地だからって買い手がまだついてなくてよかったよな」
「え~? そうだっけ?」
「説得したら譲ってくれただろう。しかし3人で金を出し合ったのもあって良い拠点が安く手に入った。得をしたな」
え、S級冒険者の財力って……。
(も、もしかして僕、思った以上にとんでもない人たちに拾われたんじゃあ……)
恐らくこの街で一番だろう豪邸を前に圧倒されながら、僕はいまさらのようにそんなことを思うのだった。
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