第37話 事の顛末

 ――冒険者には不測の事態がつきものだから慣れておいたほうがいい。


 弟子を育成する際にそんなことをのたまっておきながら、リオーネをはじめとした3人のS級冒険者はかつてないほどに焦っていた。


 全員が顔色をなくし、ともすればポイズンスライムヒュドラ事件のとき以上の速度で西の森を目指す。


 西の森は街から比較的近い場所にある。

 しかし助けを呼びに来た下級冒険者たちの移動速度を考えると、クロスが危険度リスク4と遭遇してからすでにかなりの時間が経っていることは間違いなかった。


 逃げに徹していたとしても、クロスが無事でいる可能性は決して高くはない。

 全速力で森へと向かいながら、特に焦燥を顔に浮かべるのはリオーネだ。


(クッソ! ジゼルってガキと一緒に森にいるってことは、報復の私刑かなんかだよな……!?)


 復学試験の一件で、孤児院のボス猿が報復を企てることは予想していた。それもまたクロスへのちょうどいい試練になるだろうと放置していたが、まさかこんな大事故に繋がるなど夢にも思っていなかったのだ。


 予想することなど不可能に近かったとはいえ、自分の指導方針がもととなった大事故にリオーネは冷や汗を流す。そして西の森に到着するやいなや、全力で叫んだ。


「よーしリュドミラ! 森全体を危険度リスク4ごと風魔法でぶっ飛ばせ! クロスのやつが死なねぇよう、吹っ飛ばしたもんは全部空中に待機させてな!」

「ちょっとくらいの致命傷ならすぐ治せるから、速さ重視で少し乱暴にしちゃっても大丈夫だよぉ」

「落ち着けバカども! そんな雑なやり方でモンスターに襲われたクロスにとどめを刺すことになったらどうする!」


 どうにも平静さを失っているような2人にリュドミラが怒鳴るが、彼女自身「私も人のことは言えないな……」と頭を押さえる。

(慌ててここまで来てしまったが、よく考えれば私たちだけでクロスを探すのは容易ではない。多少時間はかかってもバスクルビアで腕利きの〈レンジャー〉か〈盗賊〉を攫って……いや脅して……もとい雇って連れてくるべきだった)


 だがこの広大な森を効率良く探索できるほどの手練れがすぐ確保できるはずもなく、いずれにせよ時間はかかってしまっていただろう。そうリュドミラは切り替え、極限まで鍛えた〈体外魔力感知〉でクロスの気配を探りはじめた。


 とはいえリュドミラの〈職業クラス〉はあくまで魔導師系。優にバスクルビアの倍はあるだろう森の中からクロスを見つけるにはどれだけの時間がかかるか、と焦燥感を強めていたとき。


「……むっ!?」


 魔力感知を使うまでもなく、森の入り口に人影を発見した。


「「あっ!」」


 同時にリオーネとテロメアもその人影に気づいたようで、3人は一目散に森の入り口へとすっ飛んでいった。




 森の入り口。獣道と街道を繋ぐ境界線に、クロスとジゼルは座り込んでいた。

 その有様はズタボロの一言。ロックリザード・ウォーリアーを討伐した直後よりもさらに憔悴しきっており、どちらも体力の限界を迎えていることは明らかだった。 


 あのあと、頑なにクロスとの接触を嫌がったジゼルは肩を借りることもせず、愛用の長剣を杖代わりに森を踏破。クロスは「お前の成果だ」と譲らないジゼルに〈岩トカゲの頭〉を背負わされ、ふらふらになりながら森を脱出。両者入り口でほとんど力尽き、2人で助けを待っていたのだった。


 と、そんな2人のもとへ、凄まじい速度で接近する3つの人影。


「な、なんだ!?」と驚愕するジゼルなど完全無視し、3人の世界最強はクロスに駆け寄る。


「クロス! 大丈夫かおい! ボロボロじゃねーか!」

「いますぐ回復してあげるからねぇ……!」

「……!? ちょっと待て、それはロックリザード・ウォーリアーの素材!? まさか倒したのか!?」


 リオーネが心配そうに取り乱し、テロメアがクロスに抱きつきながらちょっとヤバいレベルの回復魔法をぶち込み、それを引き剥がしながらリュドミラが愕然と詰め寄る。

 大騒ぎである。


 だがそんな3人の到着で完全に気が緩んでしまったのだろう。


「師匠……助けに来てくれてありがとうございます……僕は大したことないので、ジゼルを先に、治してあげてください……」


 とっくの昔に体力気力ともに限界を超えていたクロスはそう言い残し、完全に気を失ってしまう。そのまるで死んだかのような様子に慌てふためくのは世界最強の冒険者たちである。


「あ、あれぇ!? しっかり回復したのに気絶しちゃったよぉ」

「ポーションはどうだ!? 目立った外傷がないならいっそ私が口移しで……!」

「このクソガキがぁ! てめぇがわざわざ森の中で囲むなんつー回りくどい報復しやがるからこんなことになったんだろうが……!」


 テロメアとリュドミラは大慌てでさらなる処置を施そうとし、クロスにしてやれることのないリオーネは先ほどまでの反省など完全に棚上げしてジゼルに詰め寄る。


「ひっ!?」


 それはロックリザード・ウォーリアーと相対したときとは比べものにならない威圧感、確実な死の恐怖。いくらジゼルが荒くれ者をまとめ上げる若きリーダーとはいえ、命を失いかけた修羅場の直後に耐えられるものではなかった。当然のように気を失う。


「あっ!? こいつ気絶しやがった!? ……おいテロメア、このクソガキの命使ってクロスになんかしてやれねーのか!?」

「ふえぇ、クロス君が目を覚まさないよぉ、死んじゃうよぉ」

「いや待て、回復魔法だけでなく〈体力譲渡〉〈気力譲渡〉〈魔力譲渡〉も試してみては……」

 


 ――その後、ただ気絶しただけのクロスを前にした大騒ぎはしばらく続き。

 ようやく平静を取り戻したS級冒険者たちの手によって、クロスとジゼルは無事、バスクルビアへと帰還を果たすのだった。


      *


「……ん?」


 クロスが目を覚ますと、そこはすっかり見慣れた屋敷の広い自室だった。

 ただいつもの起床時と違うのは、ベッドの両脇から3人の美女が覗き込んでいたことで、


「おい! 目ぇ覚ましたぞ!」

「クロス、ゆっくりでいい、どこか調子のおかしなところはないか?」

「ふえぇ、良かったよぉクロス君~」

「わ、わわっ、わああああああっ!?」


 一緒に暮らしてもう1か月以上とはいえ、それぞれが絶世の美女である。

 リオーネ、リュドミラに両脇から至近距離で顔を寄せられ、さらにテロメアがのしかかるように抱きついてきたものだから、クロスは目を覚ますと同時に顔を真っ赤にして悲鳴をあげた。


 それからしばし。リオーネがテロメアを引き剥がしたことで落ち着くことができたのか、クロスはようやく自分が森を抜けて無事に帰ってこれたのだと認識する。そして、


「あっ、ジゼルは……ジゼルは大丈夫でしたか!?」


 開口一番、一緒に苦難を乗り越えた少女の安否を確認する。

 そんなクロスに3人は顔を見合わせ、


「……お前はほんと、会ったときからいっつも他人のことばっかだな」


 リオーネが半ば呆れたように、半ば嬉しげに笑う。

 そして3人の口からクロスへ、事の顛末が軽く語られた。


 ジゼルはテロメアの手で完全に治療され(かるーくなごやかーに3人から事情を聞かれたあと)孤児院へ返されたこと。あとで西の森へ派遣された討伐隊兼調査隊いわく、ロックリザード・ウォーリアーのような化け物は他におらず、私刑に加担した孤児たちも全員無事に帰ってきたこと。


「そうですか……良かった……」


 それらの話を聞いてクロスがほっと胸をなで下ろした。

 それからリュドミラとテロメアはクロスにいくつか問診をし、体調には問題がないと判断。クロスが肉体的にも精神的にも完全に回復したと見るや「本題」とばかりにリュドミラがあるものを取り出した。


「クロス。君はどうやらこいつに挑んだようだな」


 それはジゼルの指示でクロスが持ち帰っていたモンスター素材、〈岩トカゲの頭〉。

 少年が無謀にも危険度リスク4に挑み、討ち取ったことを示す動かぬ証拠だ。


 ジゼルの曖昧な証言から判断するに、恐らく〈持たざる者の切望シンデレラグレイ〉による急成長で死地を切り抜けたのだろうが、それがまず間違いなくうぬぼれや過信に繋がるだろうと、3人はその固有ユニークスキルについてクロスに説明すると決めたのである。


 そしてその真面目な話を切り出すために〈岩トカゲの頭〉を持ってきたわけだが……リュドミラが本題を口にするより先に、〈岩トカゲの頭〉を見たクロスが顔を輝かせた。


「あっ、そうだ! 聞いてくださいよ皆さん!」


 そう言って、少年はいま思い出したとばかりに興奮した様子で口を開く。

 そしてリオーネたちが見てきた中でも格段にまぶしい満面の笑みを浮かべると、


「ジゼルの協力があってではあるんですけど……僕、危険度リスク4のモンスターに勝てたんです!! 皆さんの教えをしっかり反復したらなんだか凄くスキルが伸びて、そのうえ聞いたことのないスキルまで出て……!」


 それからクロスは人なつこい犬のような、好感度と尊敬と感謝と懐き度が頂点に達したようなキラキラした瞳を3人に向け、


「やっぱり師匠たちは凄いです! ほんとに、〈無職〉の僕が危険度リスク4にまで勝てるなんて……全部皆さんのおかげですよ! 世界一の冒険者は指導者としても一流なんですね!!」


 一点の曇りもない好意全開の眼で真っ直ぐ3人の瞳を射貫いた。


「「「……っ」」」


 と、先ほどまでクロスに固有ユニークスキルの存在を知らせて「慢心しないように」と真面目に諭そうとしていた3人は――


「……ま、まあな!」

「……うむ。その調子でこれからも修行に励むように」

「……えへへぇ、もっと褒めてくれてもいいんだよぉ」


 急遽方針転換。

持たざる者の切望シンデレラグレイ〉について説明しなければという気持ちが完全になくなったというわけではなかったものの、


(((………………………………………可愛いからまあいっか)))


 全部師匠のおかげだと思ってて変なうぬぼれはないし……。

 と、あくまで「無茶はするな」とキツめに言い含めるに留め、その後は常識外れの大物食らいを果たした愛弟子を盛大に甘やかしまくるのだった。


―――――――――――――――――――――――――――――

 というわけで最強女師匠、明日のエピローグ更新でひとまず一段落です。

 本作は既に書籍が発売されてまして、ガガガ文庫様にて現在5巻まで発売中。漫画アプリマンガワン様にて連載されているコミカライズも単行本が6巻まで出ております。完成度が凄まじいですよ!


※ちょいちょい指摘あるので捕捉しておくと、本作は先に書籍が出ているものを試し読みとして投稿しているので、打ち切りではなく書籍のほうで続いています。続きが気になる方はそちらをチェックしていただければ幸いです

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