第4話 〈職業〉授与
エリシアさんが挨拶を終えて闘技場の奥に戻ると、早速〈
儀式、とはいっても格式張ったものではなく、単なる流れ作業に近い光景だ。
なにせ今年14歳になる街の子供全員に〈
神官様が補助を行う台座の前には10以上の列ができ、一斉に適職の診断がなされていた。もうすでに半分以上の人たちが適職候補の判定を終え、各所で様々な声があがる。
「よっしゃあ! 騎士系の〈
「わっ、《薬師見習い》にスキルが2つも出てる!? うーん、冒険者志望だったけど、《薬師》のほうが安全に身を立てられるかも……」
「うおっ、お前、火と水の二重魔術師が出てるじゃん。うらやましい」
「うーん、けど単属性魔術師のほうが早熟だっていうし、どうしよっかな……」
等々、複数の〈
(うぅ、緊張してきた……)
エリシアさんの姿しか目に入らなかった先ほどまでと違い、周囲から様々な声が聞こえてくる。そんな中で自分の番が目前に迫り、心臓が張り裂けそうなほどに脈打っていた。
と、そのときだ。
「おおおおおおっ!? すげえ! ジゼルお前、なんだよそれ!?」
僕よりも先に適職判定を行っていた孤児院組のほうから、凄まじい歓声が上がった。
「初期スキル数が10って……これ普通にA級冒険者も狙えるポテンシャルだぞ!?」
「はっ。当然」
歓声の中心にいたジゼルは適職診断を終えると、涼しい顔で正式な〈
神官様に導かれて台座に上ったジゼルが光に包まれる。
かと思うと、
固体名:ジゼル・ストリング 種族:ヒューマン 年齢:14
職業:撃滅戦士見習い
レベル:15
スキル数:10
闘技場に掲げられた巨大な布のようなマジックアイテムに、ジゼルの簡易ステータスが表示される。そこには確かに、初期スキル10種という信じがたい結果が表示されていた。
普通、個々人の能力は命にかかわることもあるため口外しないのが鉄則だ。
けど〈
冒険者デビューに向けたパーティ編成を滞りなく行ったり、先輩冒険者が勧誘しやすくなるよう、簡易的なステータスが大々的に公表されるのだ。その証拠に、
「初期スキル10種!? 早期授与並のポテンシャルじゃないか……!」
「おいっ、あの子覚えとけ! 授与式が終わったらすぐ勧誘に行くぞ!」
と、ジゼルの授与結果を見た観客が一斉に色めき立つ。
「初期スキルが十個……それに撃滅戦士って……っ!?」
そんなジゼルの華々しい〈
一般的に強いと言われる〈
ジゼルが授かった撃滅戦士系列は前衛職の中でも特に攻撃力に特化した花形の近接戦闘職。冒険者を目指す男なら、誰もがうらやむ〈
当然、僕もめちゃくちゃうらやましい。正直に言えば、撃滅戦士は『これが発現すればいいな』と思っていた〈
「……っ。僕だって……!」
ジゼルの結果をひどくうらやみながら、僕は自分を鼓舞するように呟いて前に進んだ。
いよいよ僕の番が回ってきたのだ。
と、僕が適職判定に向かっていることに気づいた孤児院組がクスクスと笑い声をあげる。
「おい見ろよ、0点クロスの番だぜ。あいつなんの〈
「〈農民〉が精々じゃね? まあ少なくとも戦闘職は出ないだろ」
(……っ! 見てろ、僕もみんながあっと驚くような〈
心の中でだけ勇ましく吠えながら適職判定の台座に上る……が、内心ではかなりの不安が渦巻いていた。結果をすぐに直視するのが怖くて、ぎゅっと目を閉じながら祈りまくる。
(お願いしますお願いします! 近接戦闘職! なんでもいいから近接戦闘職を! それかせめて魔法職……もしくは人助けに秀でた僧侶職を……!)
とにかく冒険者としてやっていける〈
と、そのときだった。
「……っ?」
僕の身体を不思議な温かさが包み込み、身体の中心からなにかが沸き上がるような感覚が生じた。え? あれ? これってもしかして、〈
「……? おい、見ろよアレ」
「んー? 適職診断の列で結果が表示されてるってことは、適職が1つしか出なかったのか? 珍しい。……って、え?」
目を閉じたままの僕が困惑していると、僕以上に困惑したような声が周囲から聞こえてきた。続けて僕の周囲がシンと静まりかえり、その静けさはどんどん広がっていく。
そんな不自然な静寂の中で、
「……すげぇ……初めて見たぜ……」
「実在したのか……アレが数千万人に一人とも言われる超レア〈
戦慄するようなささやきが確かに聞こえてきた。
中には「マジかよあいつ……」というジゼルの愕然とした声まで混じっている。
(え、え、一体何が……)
明らかになにかおかしなことが起こっていることに気づき、僕は恐る恐る目を開ける。
「いっ!?」
瞬間、あまりのことに口から変な声が出た。
会場中の注目が僕に集まっており、テキパキと適職判断を行っていた他の神官様たちまで手を止めて僕のほうを凝視していたのだ。
僕個人、もっといえば、僕の背後に表示されているらしい〈
「ま、まさか……!」
もしかして本当になにか凄い〈
と、僕は喜び勇んで背後を振り返った。するとそこに表示されていたのは、
固体名:クロス・アラカルト 種族:ヒューマン 年齢:14
職業:無職
スキル数:0
「……え?」
思考が止まった。口から変な声が出た。なにが起きているのかわからなかった。
呆然とする僕。数万の人間がいるとは思えないほど静まりかえった闘技場。
そこに再び、誰かの戦慄したような声が響く。
「初めて見た……アレがレベルも一切上がらねぇ、スキルもろくに習得できねぇ、数千万人に一人の最弱無能職……!」
「うわ……あの子、この先どうやって生きていくの……?」
「可哀想……」
そう。
闘技場を満たしていた沈黙は、決してなにか凄いものを前にして圧倒されたがゆえの沈黙ではなかったのだ。
それは嘲笑することさえはばかられるような、とてもかわいそうなモノを見たがゆえのノーリアクション。哀れみの沈黙。冒険者どころか、まともに生きていくことさえ困難だと判明した無能に対する、これ以上ない憐憫の表れだったのである。
「……あの、これ、なにかの間違いですよね……?」
僕はぷるぷると震えながら、適職診断を担当してくれた女性神官様を振り返る。
すると神官様は心底困ったように目を泳がせ、
「……」
無言でそっと目をそらした。
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