第3話 授与式と憧れの人

 そして1週間後。

 年に一度の豊穣祭を迎えたバスクルビアはとてつもない賑わいを見せていた。


 その凄まじい人の数と、ただのお祭り以上の高揚感が、ずっと前から街中で噂されていた“あの話”に現実味をもたせていく。


 勇者の末裔と言われるが今期からアルメリア王立冒険者学校に入学し……自らの伴侶にふさわしい人物を探すという話に。


(村を救ってくれたあの人がこの街にやってくるなんていまだに信じられないけど……)


 本当に来るんだ。

 祭りの高揚、いよいよ〈職業クラス〉を授与できるという期待。

 様々な要因が絡み合い、雑踏の中を歩く僕の足はどんどん軽くなっていった。

 

 そうして賑わう街をひとかたまりになって移動し、僕たち孤児院組は〈職業クラス〉授与の会場にたどり着く。


 そこはバスクルビアの中でも指折りの巨大円形闘技場。


 今年14歳になる街の子供たちと僕たち孤児院組が土の敷かれた舞台に雑然と並ぶ中、それを見下ろす観客席は立ち見が出るほどの満員状態だった。正確な数はわからないけど、おそらく数万に達しているだろう。


 毎年、この〈職業クラス〉授与にはたくさんの見学者が訪れる。


 有望な冒険者候補をいち早く勧誘するため、見込みのある職人候補につばをつけるため、街の人や冒険者がこぞって品定めにやってくるのだ。


 ただ、普通、見学者はこんなに多くない。せいぜいが数千人といった程度で、円形闘技場が満員になるなんて本来ならばありえないことだった。ましてや見学者に貴族まで混じっているような状況、普通なら絶対にあり得なかった。


「つーかこれ、俺たちは完全におまけだよな。なんせ今日の授与式には……」


 と、見学者の多さに圧倒される僕の隣で、同じ孤児院組の一人が呟いたそのとき。


『皆様静粛に』


 円形闘技場全体に、音響魔術師のスキルによって拡大された声が響いた。


『これより、豊穣祭授与式を開催いたします。〈職業クラス〉授与に先立ちまして、式辞、アルメリア王立冒険者学校学長、サリエラ・クックジョー様。壇上へお願いします』


 と、音響魔術師の司会に伴い、岩を切り出して作られた広い高座に一人の女性が登壇した。

 三十代後半とは思えない若さと美貌を保つ、ローブに身を包んだヒューマンの女性だ。


 彼女こそアルメリア王立冒険者学校の最高責任者、サリエラ・クックジョー学長。


 大陸一の大国と名高いアルメリア王国にも十数人しかいないとされるA級冒険者の一人であり、この街の実質的な領主を務めるめちゃくちゃ偉い人だった。


 サリエラ学長は壇上に上ると、傍らに控えた音響魔術師のスキル発動に伴い口を開く。


『アルメリア王立冒険者学校の学長を務める、サリエラ・クックジョーだ。今年もまた、天からの祝福を授かる前途有望な若者たちがこれだけ育ってくれたことを嬉しく思う。これから君たちが授かる〈職業クラス〉は君たちが望むものだったり、そうでないものだったりする。だが〈職業クラス〉は我々が自らの適性を見誤り、間違った努力をしないよう天が与えてくれる指針だ。どのような〈職業クラス〉であろうと、それは君たちの人生を豊かにする足がかりとなるだろう』


 学長が堂々とした口ぶりで述べる。

 いつもならここからまたしばらく話を続けるのがサリエラ学長の定番なのだけど……今回はなにやら雲行きが違った。


『……さて、いつもはここからもうしばらく話をするところなのだが、今年ばかりはそうもいかない』


 言って、サリエラ学長が満員の客席に首を巡らせる。


『君たちの目的も、毎年代わり映えのしない私の挨拶などではないだろう。ゆえに、今年の挨拶は早々にこちらへ譲ることとする――勇者の末裔、エリシア・ラファガリオン殿だ』

「……っ」


 その瞬間、僕は周囲の時間が止まってしまったかのように錯覚した。


 カツン、カツン。


 ゆっくりとした足取りで闘技場の通路から現れ壇上に上がるのは、美しい白銀の髪をなびかせる一人の剣士。手足と胸回りを薄い鎧で覆ったその人はサリエラ学長に代わり、音響魔術師の隣に堂々と立っていた。


 その凜々しい姿を、僕はきっと、とても間抜けな顔で見上げていた。

 だって仕方ないだろう。


 この四年、ずっと憧れ続けてきたが、以前よりもずっと美しく成長して、そこに立っていたのだから。


『ご紹介に預かりました、エリシア・ラファガリオンです。本日はこのような場で挨拶をさせていただくことになり、大変光栄に思います』


 鈴の音のような声でエリシアさんがそう名乗った途端、それまで静まりかえっていた闘技場が大きくざわめき始めた。その理由の大部分は、エリシアさんの性別だ。


「なんだあのすげぇ美少女……!? てか勇者の末裔って女!?」

「なんだお前、知らなかったのか?」

「いやなんつーか先入観っつーか、勇者といえば男だろ、みたいなとこがあってな……」


 どうやら勇者の末裔が女性だと知らない人が結構いたらしく、孤児院組から観客席の冒険者まで、かなりの人数が驚いているようだった。


 エリシアさんの挨拶が続くなか、群衆の中からは「あんなに可愛い子が本当に勇者の末裔なのか?」なんて声もあがりだす。


 と、そのときだった。


「ああん!? お前みたいな小娘が本当に勇者の血筋なのか!?」


 突然、客席から飛び降りてきた強面の男が大剣を携え、壇上に躍り出た。

 威嚇するように大剣を振り回す暴漢の乱入に会場が緊迫した空気に包まれるが、それも一瞬のことだった。


 なぜなら暴漢の低い声があまりにも棒読みだったし、なによりその暴漢は僕たちもよく知る上級剣士の先生だったからだ。


 つまるところ、これは外見と性別でエリシアさんを侮る人たちへ向けたデモンストレーションなのだろう。


 その想像を裏付けるように、上級剣士の先生はわざとらしく大剣の威力を強調しながらアリシアさんへ近づいていく。


 そしてその大剣を凄まじい速度と勢いでエリシアさんにたたきつける――のだけど、


「え!?」

「おい、ちょっ、アレ――!?」


 周囲から悲鳴があがる。

 なぜならエリシアさんは大剣を避けようとも受けようともせず、それどころか剣を抜くそぶりすら見せず、その場にぼーっと突っ立っていたからだ。


 瞬間、誰かが止めるまもなく大剣がエリシアさんの整った相貌にたたき込まれた。

 だがその場にいた全員の予想に反し――破壊されたのはエリシアさんの顔面ではなかった。


「「「なっ!?」」」


 エリシアさんの顔に触れた瞬間、大剣の刃が砕け散った――いや、鋭利な切り口とともに、細切れにされていたのだ。


 遅れて響くのは、チチチチチチチチンッ! という無数の金属音と、鞘に剣を納めるパチンッ! という音。エリシアさんの周囲で巻き起こる無数の風。


 それらの音を最後に、闘技場全体が、本当に時が止まってしまったかのように静まりかえる。


 しかし数秒後、いまなにが起きたのか――エリシアさんが文字通り目にもとまらぬ速度で大剣を細切れにしたのだと理解した人々は、爆発のような歓声を上げた。


「すげえ! アレが16歳で〈剣士〉系の最上級職にまで上り詰めたっつー歴代最高の英雄血統か……!」

「最上級職!? ってことはあの子、16でサリエラ・クックジョーと同じA級冒険者なの!?」

「最上級職っつったら才能あるやつでも〈職業クラス〉授与から到達までに何十年もかかるって話じゃねーのかよ!」

「今代の勇者は5歳で〈職業クラス〉を授かったって噂だからな……」

「それもう早期授与の範疇超えてるだろ!? つーかそれでも10年ちょいで最上級職とか、同じ人族とは思えねぇ……でもあんな神業見せられたら疑いようもねぇな……」


 唖然とした声、賞賛、畏怖。大剣を細切れにしたエリシアさんが観衆の反応にもかまわず淡々と挨拶を続ける中、人々の熱気はどんどん増していく。


「すげぇ……この街で名をあげれば、あの強くて可愛い子の伴侶になれるんだよな!?」

「やる気出てきた!」

「……けっ。バカ男どもが。んなもん優秀な才能を持って生まれてきやすい貴族サマの若手や英雄血統、そうじゃなけりゃあ化け物じみた在野の冒険者から選ばれるのが、それこそ伝統ってやつだろうが」


 浮ついたように言う孤児院組や見学の男性冒険者たちへ、ジゼルが白けたように吐き捨てる。


 そんなたくさんのざわめきが闘技場を埋め尽くすなか、


(凄い……やっぱりエリシアさんは凄いや……っ!)


 周りの余計な声なんて一切聞こえない。

 僕はその一振りの宝剣のように輝くアリシアさんを、バカみたいにただ呆然と見上げていた。空に瞬く星のように、遙か遠い憧れの少女の姿を。


 僕も早く〈職業クラス〉を授かってあの人みたいになるのだと、焦がれる気持ちをどうしようもなく膨らませて。

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