第2話 オール0の努力

「くそっ! えいっ! くそ、くそっ!」


 訓練のあとに行われる座学講義とジゼルに押しつけられた雑用を終えて、夜。

 誰もいない訓練場で一人、僕は日課の自主練を行っていた。


 悔しさを発散させるように、刃引きされた訓練用ショートソードで金属板の巻かれた木偶を切りつける。


 けどその悔しさは僕を目の敵にするジゼルに対するものというより、どれだけ努力してもまったく成長しない自分自身に対してのものだった。


「なんで……レベルが一つも上がらないんだろう……」


 レベルとは、一個体の強さが具体的に数値化された指標のことだ。

 モンスターなどを倒した際に発生する魂の構成要素――魔素を取り込むことで魂の強度が根底から強化され、各種能力ステータスに反映されるというのがレベルアップの仕組みらしい。


 けど年少組の子たちが言っていたように、普通は魔素――俗に言う経験値を稼がなくても、年齢を重ねるだけで5,6くらいまでならレベルが上がるはずなのだ。


 それなのに……。


「痛っ!?」


 がむしゃらに剣を振っていたせい……というよりは僕自身のひ弱さのせいだろう。

 手の平にできていた豆が潰れて出血してしまう。

 汗だくになっていた僕はそれをきっかけに一度休憩を挟むことにした。


「……ステータスオープン」


 やることもないので、いつもポケットに入れているステータスプレートを眺めてみる。

 けれど、


 固体名:クロス・アラカルト 種族:ヒューマン 年齢:14

 職業:未授与

 レベル:0 

 力:0 防御:0 魔法防御:0 敏捷:0 

(攻撃魔力:0 特殊魔力:0 加工魔力:0 巧み:0)

 スキル:なし 


 表示されるのは相変わらず0ばかり。

 ステータスの値というのは強化された魂が肉体をどれだけ補強しているかという指標で、それが0ということは素の肉体の強さしかないことになる。


 そりゃあ年下の女の子に力比べで負けるわけだ。


 攻撃魔力なんかの欄はそれに対応する〈職業クラス〉を授からない限りは誰でも0だからなにもおかしくはないけど、他の項目までオール0なのはもう落ちこぼれどころの話ではなかった。


 昔は「少し成長が遅いのかな?」とあまり気にしていなかったのだけど、年少組も言っていたように14歳でこれはあまりにも……。


 みんなとはやっている訓練も食べているものも同じだというのに、一体どうして。


(……才能がない、見込みがない、適性がない)


 そんな言葉が脳裏をよぎり、誰もが寝静まった夜闇の中で一人泣きそうになる。


「……いや、けど、諦めるにはまだ早い。〈職業クラス〉さえ授かれば最低でも一つはスキルが出るし、スキルが出れば適切な努力の方向性だってわかるんだ。スキルを伸ばしてモンスターを倒せるようになればレベルだって上がる。0点クロスなんて、すぐに卒業できるはずなんだ!」


 僕は自分で自分を励ますように呟いた。


職業クラス〉――それは草木の芽吹く季節、年に一度の豊穣祭にて、14歳となる者たち全員へ天から与えられる形を持った適性のことだ。


 人は〈職業クラス〉を授かることで魂の形を決定づけられ、その〈職業クラス〉に応じたステータスが伸びやすくなると同時に、スキルと呼ばれる特殊技能を習得できるようになる。


 ジゼルのようなごく一部の例外を除き、スキルは〈職業クラス〉を授与していないと身につかない。


 また、各〈職業クラス〉で習得可能なスキルは決まっていて、それぞれの〈職業クラス〉ができることは厳密に固定されている。


 だからこの世界ではどんな〈職業クラス〉を授かって、その適性をどこまで伸ばしていけるかがなによりも重視されているのだ。


 今年の豊穣祭はいまから1週間後。


 そこで1人につき2、3は選択肢があるという適職の中からどれを選ぶかで、僕らの人生は大きく左右される。


「そうだ、そうだよ。〈職業クラス〉さえ授かればきっとどうにかなるし、もしかしたらなにか凄い〈職業クラス〉を授かって、一気に成長できるかもしれないんだ」


 ……まあ、〈職業クラス〉は誰もが例外なく下級職からスタートで、レベル上げとスキルの鍛錬によって中級職、上級職と地道にクラスアップしていくものなんだけど。


 とにかく、腐るにはまだ早い。


 授かった〈職業クラス〉にどれだけの適性があるかは、授与時に発現するスキルの数で計れるとも言われている。そしてそのスキル数は、幼い頃からの努力が少なからず反映されるというのが定説なのだ。だからいま僕がやっている努力も、きっと無駄にはならないはず。

「よしっ! 休憩終わり! 落ち込んでる時間も終わり!」


 僕は自分を奮い立たせるように頬を叩き、森林の悪路を再現した競争コースでの走り込みを開始するのだった。



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