第35話 持たざる者の切望

「なんだこりゃ……」


 言葉をなくすリュドミラとテロメアの気持ちを代弁するように、リオーネが唖然とした様子で声を漏らした。


 ここはアルメリア王立冒険者学校の学長室。


 クロスのステータスプレートに現れた黒いシミを解析するためのマジックアイテム入手をサリエラ学長に強要――もとい依頼していた3人はアイテム到着の報を受け、愛弟子が通う学校の見学もできるからとお忍びで校内に入り込んでいたのだ。


 そして学長室で希少な高等鑑定アイテムを受け取ると部屋の主であるサリエラ学長を問答無用で追い出し、少しでも早く謎を解明しようとクロスのコピープレートに鑑定を施したのだが……その鑑定結果はおよそ信じがたいものだった。


 スキル欄に記載される数々のスキル。それらのスキルから離れた場所にぽつんと現れていた黒く小さなシミ。そのシミがあった場所に浮き出たスキルが、3人から数瞬、言葉を失わせていた。


 固有ユニークスキル〈持たざる者の切望シンデレラグレイLv1〉 

 効果:スキルの習得速度および習熟速度の上昇


 鑑定アイテムによって名称だけでなく効果効能まではっきりと表示されたその異常なスキルに、テロメアが困惑した声を漏らす。


「スキルの成長を促すスキルって……そんなのあり得るのぉ……?」

「……少なくとも私は聞いたことがないな。いくら固有ユニークスキルには特殊な効果を持つものが多いとはいえ、こんな能力は前代未聞だ」


 信じがたいとばかりに語るリュドミラ。

 そんな彼女の隣でリオーネが首を捻る。


「つーかそれ以前によ……こんなスキルがあって、なんでクロスのやつは落ちこぼれだったんだ?」


 たとえ適性が〈無職〉しかなかったとしても、こんな固有ユニークスキルがあったならスキルの早期発現、ひいては〈職業クラス〉の早期授与など造作もなかったはずだ。


 そんなリオーネの疑問を受け、リュドミラが仮説を述べる。


「そうだな……実はこの固有ユニークスキル自体はそこまで強力ではなく、私たちの育成が上手く噛み合いクロスの急成長に繋がったか。……あるいは、あのポイズンスライムヒュドラの一件がなにか関係しているのか」


 固有ユニークスキルは一般的に生まれつきのものであるとされているが、実は後天的に目覚める例も0ではない。特殊なアイテムやなんらかの魔術、あるいは臨死体験などの極限状態をきっかけに力が目覚めたという例は少なくないのだ。


 特級の〈咆哮ハウル〉をはねのけた上に死の淵をさまよう一撃を食らい生還したクロスが、それをきっかけになんらかの固有ユニークスキルに目覚めたとしても不思議ではない。


 これだけ破格のスキルが突如目覚めたのなら、ステータスプレートの異常もうなずける。

 ……ただ、今回の一件を通常の後天覚醒だと結論づけるにはどうも違和感を拭いきれないが……それについてはいまここで考えても仕方がないだろうと3人は思考を切り替える。


 それよりもいま検討すべき問題は――


「これさぁ、クロス君に説明しておいたほうがいいかもだよねぇ」

「ああ……けど迷うとこだな」


 テロメアの言葉を受け、リオーネが困ったように頭を掻いた。

 固有ユニークスキルを持つ者は早い段階から往々にして高い実力を有するため、慢心によって身の丈に合わない死地へと赴き早死にする例が少なくない。


 そのため本来なら慢心を避けるためにしっかりと教育を施しておくべきなのだが……いさめるために強力な固有ユニークスキルの存在を知らせることそのものが慢心に繋がってしまう可能性もあり、この隠されたスキルをクロスに伝えるかどうかは悩ましいところだったのだ。


 さてどうしたものかと3人が頭を付き合わせていた、そのとき。


「誰か! 早く中級以上の冒険者を呼んでくれ!」


 学長室のバルコニーから見下ろせる広場がなにやら騒がしい。

 そのあまりに逼迫した声に興味を引かれた3人がバルコニーに出てみれば、広場では10人近い駆け出し冒険者が血相を変え、息も絶え絶えに叫んでいた。


「西の森に危険度リスク4が出たんだ! いますぐ中級以上の冒険者を集めて、討伐隊を結成してくれ! 早く!」


 その騒ぎを見下ろし、リュドミラたちが顔を見合わせる。


危険度リスク4……? 西の森といえば、駆け出しの森ではなかったか?」

「この前の魔物暴走スタンピードの生き残りかなんかじゃねーの? ったくサリエラのやつ、いくらポイズンスライムヒュドラで混乱してたとはいえ、適当な仕事しやがって。危ねーし、あたしらが行ってさくっと片付けてやるか?」


 クロスの件で頭を悩ませているときに面倒だが放置するのも寝覚めが悪いし、とリオーネがいまいち緊張感に欠ける調子で言ったとき、


「……あれ? ねぇそういえばさぁ、確かクロス君が今日から依頼クエストを受けはじめるとかって言ってなかったっけ……?」

「「え……っ?」」


 テロメアのその言葉に、リオーネとリュドミラから表情が消えた。

 いやまさか、と3人が冷静になろうとした直後。


「誰でもいいから早く応援を送ってくれ! 俺たちは逃げ切れたのに、ジゼルとクロスが、いつまで経っても森から出てこないんだ!」

「「「――っ!」」」


 ――ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!


「ギャアアアアアアアアアアアッ!? なぜまた学長室を吹き飛ばしたんだお前らあああああ!?」


 先ほどまでとは一転。顔面蒼白になった3人は学長室を爆砕する勢いで飛び出し、悲鳴をあげるサリエラなど完全無視。人外の速度で西へと突き進んでいった。


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