第23話 最弱の下克上

「っ!? ああ!?」


 攻撃を避けた僕に、ジゼルが驚愕の声をあげる。

 けれどその動揺は一瞬で、ジゼルは強化された身体能力のまま、空振った〈捻り突き〉から繋げるように長剣を縦横無尽に振り回してきた。その連撃は驚異の一言だ。


 冷静になってみて改めてわかる。やっぱりジゼルは強い。〈職業クラス〉授与から1か月しか経ってないなんて信じられないほどに。


 ステータスひとつ取ってみても、レベル17の〈撃滅戦士見習い〉であるジゼルと、あくまで補正スキルで底上げしているだけの僕ではかなりの差があるだろう。そこにスキルまで加わればジゼルとの差はかなりのものになる。


「これで終わりだザコ野郎!」


 案の定、ジゼルの連撃がいとも容易く僕を捉える。

 けど僕はその攻撃をどうにか剣で受け、咄嗟に発動させた防御スキルで再び耐えた。

 後々のため、回避スキルは使わない。


「っ!? また耐えやがった!? ……こんの、バカの一つ覚えがああああ!」


 再度立ち上がる僕を見てジゼルが吠える。突っ込んでくる。そして今度は僕もジゼルの咆哮に応えるように真正面から突っ込んでいった。


 脳裏によぎるのは、模擬戦の合間にリオーネさんが聞かせてくれた教えだ。


 ――いいかクロス。身体能力強化系スキル、特に俊敏系は常に発動させたままにすんじゃねーぞ。一定の熟練度とちょっとしたコツが必要だが、この手のスキルは発動と解除をこまめに切り替えろ。人の眼には〈職業クラス〉に関係なく慣れってやつがあっからな。常に100の速さで動くやつより、50の動きがいきなり80になるヤツのほうが厄介なんだ。


「〈身体能力強化〉! 〈切り払い〉!」

「ぐっ……っ!? なんだこいつ……!? まさか攻撃スキル!? それにこの動き、ステータスオール0のはずじゃあ……!?」


 ジゼルと同じようにスキルで力と俊敏を上げて切り結ぶ。

 リオーネさんの教えどおり、攻撃する時にだけ強化スキルを発動させ、瞬間的な速度上昇でジゼルの意表を突いていった。攻守が入れ替わり、ジゼルが受けに回る瞬間が出てくる。


 けれど、元のステータスが違いすぎたのだろう。


〈無職〉の攻撃スキル発動など完全に想定外だったはずのジゼルは、それでも僕の奇襲じみた連撃をことごとくかわす。仮に当たったとしても、ジゼルの高い防御力に阻まれ恐らく決定打一本からはほど遠い。このままでは永遠に勝ちへは届かない。


 けど、それも予定どおりだった。再びリオーネさんの言葉を思い出す。


 ――戦いにおいてスキルの選択と使い方ってのは最重要だがな。いくら上手く立ち回ってもステータスに差がありすぎると勝負にならねぇ。たとえば相手の防御が高すぎて攻撃が通じねぇとなると、どうやったって倒せねぇんだよ。だからステータスの伸ばしづらいお前にはまず、相手を倒すための火力確保がなにより重要になってくる。


 ――そこでいいスキルがある。まあ、あくまで分類上は下級スキルだから限度はあるが、相手の力が強ければ強いほど威力が増す便利な特殊エクストラスキルだ。ついでに、上手く発動すりゃほぼ必中。


 リオーネさんの言葉を自分の中で繰り返しながら、僕はジゼルへの攻撃を続けた。そしてちまちまと続く僕の反抗に、いよいよジゼルの表情から冷静さが抜け落ちる。〈無職〉の攻撃がかするたびに焦燥と苛立ちを加速させ、その瞳が怒りに赤く染まっていくようだった。


 そして長く持ちこたえたことでジゼルの動きに慣れてきた僕の攻撃が半ば偶然その鎧にかすり、闘技場に甲高い音を響かせたとき。


「……っ! 調子に乗ってんじゃねえぞ0点クロス!」


 ジゼルがキレた。


 回避スキルでも応用したのか、不自然な動きで僕から距離を取る。

 そして再度スキルで身体能力を上昇させると、怒りに表情を歪ませながら長剣を構え直した。


「ぶっ殺してやる……っ! Lv9……〈二連切り〉!」

「……っ!」


 それは間違いなく、ジゼルが持つ最大かつ最速の一撃。

 これまでとは比べものにならない圧を振りまき、一瞬で彼我の距離を詰めたジゼルが全力の殺意を込めて長剣を振り下ろした。


「オラアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!」

 雄叫びとともに放たれるのは、防御スキルを発動させた全力のガードも確実に破られるだろう威力の乗った必殺。


 だが僕は――


「ああああああああああああああああああっ!」


 その攻撃に顔面から飛び込んでいった。恐怖が手足の動きを鈍らせようとするなか、最後の最後まで背を押してくれるのはリオーネさんの温かい言葉だ。


 ――いいか? この特殊エクストラスキルで重要なのは勇気だ。本気で来る相手の殺気に惑わされず冷静にその動きを見極めて、必殺の一撃に真正面から飛び込む気持ちが勝利をたぐり寄せる。


 ――まあなにが言いたいかっつーと、後先考えずヒュドラに突っ込んでいったお前みたいなヤツにはぴったりのスキルってこった。


 リオーネさんがそう言って荒々しく笑いながら僕に授けてくれた武器。〈緊急回避〉と〈切り払い〉が統合されたことで生まれたその特殊エクストラスキルの名は――


下級特殊エクストラスキル――〈クロスカウンター〉!!」


 一瞬が永遠に感じられる極限の集中状態。

 冷静さを欠いて直線的になっていたジゼルの剣撃が僕の髪の毛を数本切り落とし、耳をかすめ、身体をひねった僕の服とこすれ合うようにして通り過ぎていく。そしてその攻撃と交差クロスするようにして繰り出されたのは、魔力の乗った僕のショートソード。 


 その一撃が真っ直ぐ向かうのは、攻撃に集中しているがゆえに――自分が攻撃している側だと思っているがゆえに――防御が疎かになっている意識の死角。ジゼルの懐。


「な――っ!? があああああああああああああああっ!?」


 大怪我をさせないよう、鎧の上からジゼルの身体にショートソードをたたき込む。

 けれどそれは決して大げさな配慮ではなかった。

 僕1人では絶対にひねり出せない威力。ジゼル自身の魔力がこもった突進のパワーをも取り込んだショートソードの一撃が、いとも容易く彼女を吹き飛ばす。


 ジゼルが何度も地面を転がり、その手からバスタードソードが滑り落ちる。

 

 カランカラン……その決して大きくない金属音が響き渡るほどの静寂が、闘技場を満たしていた。審判も観客も静まりかえり、倒れたジゼルは声も発さない。


「――っ、はぁ……っ、はぁ……っ」


 僕自身、まだLv2でしかない特殊エクストラスキルを大舞台で発動させたことで多大な気力を持っていかれ、剣を振り抜いたまま荒い呼吸を繰り返すことしかできなかった。  

 が、次の瞬間。


 ――ドオオオオオオオオオッ!


 会場が爆発するような歓声に包まれた。


「い、一本! クロス・アラカルト、復学試験合格!」


 そしてその歓声を受けてようやく現実を認識したかのように審判の人たちが旗を揚げる。


「……やっ、た……?」


 そして誰よりも遅れて現実を認識したのは僕だった。


「や、やったあああああああああ!」


 ショートソードを持ったままその場で子供みたいに跳ね回る。


「ほ、本当に合格なんですよね!? 僕、ジゼルに勝って、学校に戻れるんですよね!?」


 我ながらその事実が信じられず、審判の人に何度も詰め寄った。

 困惑しきっている審判がなんだか化け物でも見るかのような目で僕を見ながらこくこくと頷くなか、僕の意識はすぐ別のことへと切り替わる。


 やった! やったぞ! 合格できた! これもみんなリオーネさんたちのおかげだ!!


 そのリオーネさんたちがとんでもない試験形式を仕組んだ張本人であることは僕のおめでたい頭からは吹き飛び、僕はどこかで見守っているというリオーネさんたちに一刻も早く報告とお礼をしようと会場にその姿を探す。そのときだった。


「が……あ……ふ、ざけんじゃねえ……っ! 私がこんな……〈無職〉の雑魚に負けるなんざ、あり得ねぇだろうが……! あっていいわけねぇだろうが……っ」


 歓声にかき消されて起き上がる気配を埋没させていたジゼルがふらふらと武器を拾い、


「どんなイカサマ使いやがった0点野郎!!」


 まさかの事態に反応が遅れた審判の人たちの制止も振り切り、リオーネさんたちを探してきょろきょろしていた僕に背後から斬りかかってきた。刹那。


「――っ!!」


 それはここしばらくひたすら〈クロスカウンター〉の練習をし続けていた後遺症。


「〈クロスカウンター〉! ……あっ!?」


 すでに試合は終わっているにもかかわらず、僕は完全な条件反射でスキルを全力で発動させてしまっていた。しかもなぜかスキルはさっきよりもずっと簡単に発動し……ショートソードを逆手に持ち直した僕は、その柄をジゼルの顎にたたき込んでしまう。


「ぐがっ!?」


 直撃。割れた顎から血を滲ませたジゼルは今度こそ目を回し、泡を吹いて倒れてしまった。


「わっ、わあああああっ!? ジゼル!? ジゼルごめん! ずっとこのスキルを練習し続けてたからつい反射で! おーいジゼル!? だ、誰か早くヒーラーの人を呼んできてくださあああい!」


 完全に意図せずジゼルに過剰防衛気味な重傷を負わせてしまった僕はすっかり気が動転してしまい――試験会場が先ほどよりもさらに大騒ぎになっていることにも気づかず、ずっとジゼルに呼びかけ続けるのだった。


      *


 その後。ジゼルの怪我が回復魔法ですぐ完治したのを確認してほっとしたクロスは、逆上した格上からの不意打ちさえ完封した〈無職〉に呆然とする審判たちにも気づかず、師匠たちを探して会場を飛び出した。


 そして闘技場の出入り口で待っていたリオーネたちを見つけると、すぐさま人なつこい犬のように駆け寄り満面の笑みを浮かべる。


「やりました! やりましたよリオーネさん! テロメアさん!」

「おう見てたぞ! よくやったな!」

「凄いよクロス君、今日まで頑張ってきた甲斐があったねぇ」


 駆け寄ってきたクロスの頭をリオーネが思いきりなで回し、テロメアが手を取って万歳する。クロスはその賞賛とスキンシップに「あわあわ」と盛大に赤面しつつ、


「凄いです! 僕、あのジゼルに勝って復学なんて……夢みたいでまだ信じられなくて……リオーネさんたちのおかげです!」


 最早尊敬と好感度は最高潮。

 あのとんでもない試験形式の元凶が誰だったかさえすっかり忘れたクロスから向けられる純粋な好意に、リオーネとテロメアは「そうだろうそうだろう」と満足げに頷いた。


「お、そうだクロス。ちょっとステータスプレート出してみろ」


 と、大はしゃぎするクロスを褒めちぎっていたリオーネが不意にそんなことを言い出した。

「こういうでかい勝負のあとはスキルがよく成長してるもんなんだよ。お祝い代わり……っつーのはちょっと違うかもしれねーが、まぁ見てみな。合格の喜びもひとしおだぞ」

「……っ!」


 リオーネに言われ、クロスがさらに瞳を輝かせてステータスプレートを取り出す。


「っ!? ほ、本当だ!?」


 そしてスキル欄を確認したクロスは目を見開いてまた大喜び。まるで幼い子供が宝物を自慢するかのようにしてリオーネたちにステータスプレートを手渡してきた。

 

 リオーネたちはその様子を微笑ましく思いつつ、「どれどれ」とプレートを受け取ったのだが――


「「……ん?」」


 スキル欄に目を通した2人は同時に眉をひそめた。

 なぜならそこに表示されていた「直近のスキル成長履歴」が明らかにおかしかったからだ。


《力補正Lv4(+30)》  → 《力補正Lv6(+47)

《防御補正Lv4(+33)》 → 《防御補正Lv6(+50)》

《俊敏補正Lv4(+30)》 → 《俊敏補正Lv6(+47)》

《切り払いLv6》     → 《切り払いLv7》

《身体硬化【小】Lv3》  → 《身体硬化【小】Lv4》

《身体能力強化【小】Lv2》→ 《身体能力強化【小】Lv3》

《体内魔力感知Lv2》   → 《体内魔力感知Lv3》

《体内魔力操作Lv2》   → 《体内魔力操作Lv3》

《クロスカウンターLv2》 → 《クロスカウンターLv4》


 成長したスキルの数もさることながら、Lv熟練度の合計上昇値、実に13。

 いくら真剣勝負がスキルの成長を促すとはいえ、クロスがこの20日間で伸ばしたスキル熟練度が合計14(発現初期は成長が早いとされるステータス補正スキルの伸び幅を足しても23)だったことを考えれば、その成長度合いは頭抜けていると言わざるを得ない。


 さらにおかしいのは、スキル成長の内訳だ。


 試合で使用していた〈切り払い〉や〈身体硬化〉といった普通のスキルが軒並みLv1アップ。これはまだいい。よくある成長である。


 だが通常のスキルより遙かに育ちにくいはずの特殊エクストラスキルと、Lv4を超えて成長が著しく鈍化するはずのステータス補正スキルが総じてLv2アップ。さらによく見れば同じく育ちにくいとされる〈体内魔力感知や〈体内魔力操作〉までLvが上がっている。


 どう考えても異常だった。


 いずれのスキルもそうそう伸びるものではない。

 ましてたった1度の試合でここまでスキルを伸ばすなど、極度に成長が遅いとされる〈無職〉の特性を完全に無視していると言ってよかった。


「……なんか……育ちすぎじゃね……?」

「……うん」


 リオーネとテロメアは「?」と二人を見上げるクロスを尻目に、真顔で顔を見合わせる。

 リュドミラと違って生まれて初めて弟子というものをとった2人は――自らが世界最高クラスの天才であるために“普通”の成長速度の基準をいまいち把握していなかった2人は、そこでようやく違和感を抱いた。


 自分たちが作り上げた世界最高の贅沢な育成環境――それを差し引いてなお、クロスの成長速度がどこかおかしいと。






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