第21話 復学試験

 復学に向けた修行を初めてからおよそ20日。

 僕は復学試験に挑むべく、いつものレザーアーマーと訓練用ショートソードを装備してアルメリア王立冒険者学校の前に立っていた。


 城壁と一体化したギルド併設の本校舎はまるでお城のような荘厳さ。広大な敷地内には1か月前と比べて強そうな冒険者や高貴な身なりの人が明らかに増えている。


 そんな学校の様子を見回す僕の後ろにはリオーネさんとテロメアさんがついてきてくれていて、


「さすがに特殊エクストラスキルの習得は少し手間取ったな。リュドミラのやつが薬酒の素材集めとかで留守にしてるのが多いせいで、魔力開発が滞ったのが良くなかったか?」

「かもねぇ。わたしがやってあげればよかったけど、あんまり違う人の感覚を教えすぎるのもよくないし、素材集めについてはまたちょっと検討しないとだねぇ」

「まあリュドミラのやつ、今回の遠征で多めに素材集めるって言ってたし、しばらくは大丈夫だと思うが……っておいクロス、どうしたんだよ黙り込んで」

「あ、はは。その、やっぱりいざ試験を受けると思うと緊張してきて」


 リオーネさんに顔を覗き込まれ、僕は頬を引きつらせるように笑いながらそう答える。


「はっ、その緊張を楽しめるようになりゃあ一人前だな」


 リオーネさんは僕の肩を軽く小突き、僕の緊張を吹き飛ばすように荒々しく笑った。


「ま、いきなり緊張するなってのは無理でも、そう固くなるなって。お前はこの1か月、しっかり頑張ってきただろ? ほら、ステータスプレート見てみろ」


 言われて僕はプレートを開示する。

 そのスキル欄にはこの1か月の成果がはっきりとした数値として刻まこまれていた。


〈力補正Lv4(+30)〉

〈防御補正Lv4(+33)〉

〈俊敏補正Lv4(+30)〉

〈切り払いLv6〉

〈緊急回避Lv6〉

〈身体硬化【小】Lv3〉 

〈身体能力強化【小】Lv2〉 

〈体内魔力感知Lv2〉

〈体内魔力操作Lv2〉


 そして最後に、リオーネさんたちとの特訓で身につけたとある特殊エクストラスキルLv2。


 改めて信じられない成長だった。


 最初のうちだけは早熟するというステータス補正スキルは別として、スキル発現からたった20日でLv熟練度が合計14も伸びている。


 スキルは複数を並行して伸ばしていくとより効率が良いとは聞くけど、それを差し引いても夢みたいな発展速度だ。単純比較はできないけど、最初に発現した〈切り払い〉がLvを2伸ばすのに10日かかっていたことを考えればとんでもない飛躍と言えた。


「な? こんだけ頑張ってスキル伸ばしてきたお前ならぜってー大丈夫だ。……まぁ今回の試験は普通よりちょっとだけ大変だと思うが……あたしらも目立たねぇとこから見守っててやるから、胸張って行ってこい!」

「は、はい!」


 バシンッと気合いを入れるように背中を押される。

 リオーネさんが小声でなにか言ってたような気がするけど……とは思いつつ、僕はそのままリオーネさんたちと別れ、駆け出すように試験会場へと向かうのだった。




 と、リオーネさんの激励を受けて会場へと足を向けたのはいいものの……やっぱり一歩進むごとに緊張が増していく。なにせここバスクルビアに限らず、冒険者学校の復学試験というものはとにかく厳しいのだ。


 そもそも冒険者全体の底上げが目的である冒険者学校では実力を理由にしての退学者なんてほとんどいなくて、対象者は〈無職〉の僕みたいに心底見込みのない者に限られる。


 なので復学するとなればその絶対的な“見込みなし”の評価を覆すだけの成果を見せねばならず、試験の内容も相応の難易度になってくるのだ。


 そしてここアルメリア王立冒険者学校における復学試験の内容は、レベル13以上の在校生下級戦闘職との一騎打ちで決定打を取ること。


 さらにこの試験にはハンデのようなものが存在せず、こちらが一本取られれば即不合格。

 再試験には半年以上の期間をおかねばならないという決まりで、とにかく受験者を諦めさせることを目的として設定されていた。


 しかも一騎打ちの相手を務める在校生にとってこの試験はギルドからの依頼扱いなので、合格者を出すとクエスト失敗扱いになるという仕様。もちろん相手は全力で向かってくる。本当に厳しい試験なのだ。

 

 唯一の救いは試験が非公開形式であるため(比較的)緊張する要素が少ないことなんだけど――、


「……?」


 なにか様子がおかしかった。


 試験会場に近づけば近づくほど人の気配が増えて騒がしくなっていく。

 それに時折、すれ違う人からの視線を強く感じた。


盗賊シーフ〉スキルは習得していないからよく聞こえないけど、なんだか僕について話しているような気配もするし……。いや、さすがに試験を前にして過敏になっているだけかな。緊張しすぎなのかもしれない。


「大丈夫、大丈夫。僕にはリオーネさんたちとの特訓で習得したスキルがあるんだから」


 僕は眼をつむりながら試験会場である室内闘技場の扉に手をかけ、緊張を殺すようにして自分に言い聞かせる。それからゆっくり扉をあけ、試験会場へと足を踏み入れた。


 ――その瞬間、


「おいアレ! 本当に来たぞ!?」

「あのバカどういうつもりだ!?」

「退学勧告で頭おかしくなったんじゃねーの!?」

「あの子あれでしょ!? 授与式のときに〈無職〉だったあの可愛そうな子!」


「え……」


 目に飛び込んできたのは、非公開試験の場にいるはずのないたくさんの人、人、人。


 埋め尽くす、とまではいかないものの、中規模の室内闘技場の観覧席には何百人という人が集まっていた。野次馬っぽい街の人や冒険者、それから僕の無能をずっと近くから見てきた孤児院の仲間たち……無数の瞳が驚愕や嘲り、様々な感情をもって僕を見下ろしてくる。


 そしてそんな予想だにしない状況に固まる僕の対戦相手として闘技場の真ん中に立っていたのは――数多の下級冒険者の中でも図抜けた才能を持つ、十数年に一人の有望株。


「てめぇ、どういうつもりだクロス……!?」

「ジ、ジゼル……!?」


 僕に冒険者を――学校を辞めろと暴力まで振るった孤児院のリーダー格、ジゼル・ストリングが、殺意もあらわに僕を睨みつけていた。


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