第39話 8cm近い世界と足りないお湯(晴日視点)
「おおお……これが顔出しってヤツですよ……!!」
「晴日、すげぇ邪魔」
「南さん、データください。何ならサーバーのパスワード教えてください」
「パスワードはアカンやろ」
「ちぇ。じゃあUSBで貰いますね。人生の参考資料なんで」
「なんじゃそら。今度雨宮くんのロケ入れてよー?」
「了解でございます」
私は舞台雑誌を作っている部署に勝手にお邪魔していた。
隼人さんが大きな舞台に出るようになり、雑誌に写真が載るようになってきたのだ。
晴日さん我慢できない。
本当は仕事でもぐり込みたい。
でも専門知識を持っていないので、この部署では仕事ができないのだ。
演劇、オペラ、歌劇団関係の雑誌は「これを世の中に広めたい」と入社してくる人が多く、濃厚なファンが多い。
私のような素人は全く入り込めない。
勉強するといっても、今からでは付け焼き刃すぎる。取材の名目で入り込むのは無理そうだ。
だから勝手にこうして入り込んで写真を頂いている。
舞台はとにかく何もかもが残らない。
超有名劇団は有料チャンネルで放送されるけど、そんなの日本トップ劇団の作品だけ。
DVDの発売があるとして一年後、出たらラッキーレベルだ。だから生で見に行くか、こうして雑誌の写真を見るしかない。
私は写真を見ながら惚れ惚れする。
「ああー、この隼人さんめっちゃカッコイイ……」
「楠さん、良いね。やっぱりキャリアがある人は舞台用の演技するから映えるよ。ホールのサイズに合わせて声のサイズを切り替えられるからね」
「何言ってるのか全然分からないですけど、この人私の旦那さまなんです」
「それ朝から70回くらい聞いた」
何度でも言いたい言葉だ。
そしてさっきから思っているんだけど……隼人さんの横に立っている女優さん、ものすごく身長が高くて美しい。
舞台関係は芸能とは別ルートだから、知らない人だ。
南さんが説明してくれる。
「野沢蘭子さんね。歌劇団出身の人だけど、楠さんが相手なら出ますって出演決めたみたいよ。やっぱり恋人役がしっかりしてないと女役も映えないからね」
「迫力がすごいですね」
「いや、圧巻だったよ、二人の歌は」
「くっ……」
チケットがどう頑張っても取れず、チートを使おうとしたが関係者が見られる日は仕事だった。
だから私はこの舞台を見られなかったのだ。たった二週間で終わるとか、舞台ってなんでなの~~。一年くらいやっててよ~~。
はあ、二人とも身長が高くてカッコイイ……。
「隼人さんが美人さんと!」という嫉妬は不思議とない。
隼人さんがすごく私を大切にしてくれているのは分かるからだ。
毎日どうしようもなく可愛がってくれるから、そんな心配はしてないけど……悲しいのは恐ろしく似合わない二人だということだ。
実はこの前外で一緒に歩いてたら「お子さんに塾はどうですか?」って言われたのだ。
お子さん?!?!
私はきょろきょろしてしまった。
誰に言ってる……隼人さんに、私を見て?!
私が?!?!
隼人さんの??!
お子さん?!?!
私は身長がとにかく低いし細いし海外に行くと中学生に間違われる。当然お酒なんて買えないし夜歩いてると警察に捕まる。
身分証明書を出しても疑われる。もう諦めているが、この日本でそれを言われるとは……。
「……私だってできるもん」
データのコピーが終ったのを見計らって演劇部署を出た。
そして仕事を爆速で終わらせて、買い物に向かう。
この前思ったんだけど、隼人さんはわりと変身した私を受け入れてくれる。
突然大人っぽくはなれないけど(ていうか28才なんですけど?!)せめてもうちょっと身長くらい。
そう考えて前から狙っていた8cmヒールを買うことにした。
このショップの靴は5cmまでは持っていて、仕事で見栄を張りたい時に履いていた。
足のカタチには合うので8cmでも問題なく履けた。
よし、身長は伸びた!!
「じゃじゃーん、隼人さん、どうですか。ついに買ってみました8cmヒール」
「これは高すぎるが……歩けるのか」
「近所を散歩してみたんですけど、足は痛くないですね。やっぱり靴だけは『0(まる)』が一つ多い物を買うべきですよ。これは雑誌の特集でも延々書いてるんですけどね、靴だけはお金を出し惜しみしちゃダメです。そして今日はこれを履くので、ちょっと大人っぽい晴日さんにしました」
「うん、今日の服装は、いつもと違うなと思ってた」
「でしょうでしょう!」
ハイネックに胸下からあるタイトスカートにロングカーディガンという、身長が小さい女がするのはNGの塊みたいな服装にしてみた。
もう「お子さん」なんて言わせない!!
鞄を持って、玄関で待つ隼人さんの所に行く。
そして8cmヒールを履いて隼人さんの横に立った。
視界がグンと高くなる。
横に立つ隼人さんを自信満々で見た。
隼人さんも私を見ている。
私たちはお互いを見て数秒間黙り込んだ。
「…………顔の位置近すぎませんか?」
「そうだな。8cmは、かなり近くなるな」
「……やめときます」
私は玄関で靴をポーイと投げ捨てた。
横に立った時に隼人さんの顔が近すぎる。
こんなのずっと一緒に歩いてたら落ち着かない。
やっぱり私と隼人さんには15cm以上の身長差があるべきなのだ。
その場合服も着替えないと。
「ちょっとまっててくださいね……わっ!!」
「そのままでいい」
隼人さんは私の腕をつかんで玄関に戻した。そして靴を「ん」と指さす。
ぐぬぬ……押しの隼人さんが現れた……。こうなると意地でも引かないと知っている。
私は諦めて8cmを履いて横に立った。
隼人さんは満足げにほほ笑んで、私の頬にキスをした。
「いつもおでこが丁度いいけど、すぐ横に頬があっていいな」
「……じゃあこうします」
私が腰をかがめたら隼人さんは「何のために買ったんだ」と爆笑した。
もうよく分からないけど、大人っぽい大作戦は私のメンタルが大人になってないとダメという結論が出た。
今日は結婚式と仕事のパーティーで隼人さんが着るスーツを見に行くのだ。
仕事でパーティーに出ることも増えてきたので、少しパリッとしたものを……と考えた結果、私の知りあいのテーラーさんに頼むことにした。
布からの完全にオーダーなんだけど、仕上がりが全く違うのだ。
実はそれほど値段も高くない。かかるのは時間だけだ。
隼人さんのように体格が良く、人前に立つ人は布地から選んだオーダースーツが一番良い。
店に到着すると、もうスーツは出来上がっていて、あとは最終フィッティングのみだった。
そして着て出てきた隼人さんは、シンプルな黒なんだけど照明をあてると、地味に青味が見える特殊な布に立派な身体を包んで出てきた。
肩幅があるので、もうとにかくスーツが似合う!!
私はスーツを着て立つ隼人さんの周りをぐるぐる回った。
すっごくカッコイイ……。
着ている相手が隼人さんだという事も忘れて、もう仕事モード。
襟元の馴染みもいい。
首元に指を入れて、うん、一本分。
肩から腕のラインに無駄はなく……胸元を横から触れても布地が張ってない。
後ろに回って背中に触れる。
動く余裕もあるのに、無駄がなくてキレイ。
腰回り……やっぱりここにズボンががっつり止まってる感じが! 身体がしっかりしてる人の良い所!!
前に戻ってネクタイをクッ……と引っ張る。
シャツもオーダーでしっかり作ってるから、崩れない。
目の前の隼人さんが口を開く。
「晴日」
「え?」
「身体を、こう、色々触れながら見るのは……やめてくれ。それに目の前に立つのも」
「ええ???」
クスリと店員さんが笑う。
あっ……私ちょっと夢中になりすぎてたかも。
私的には問題ないです! とそそくさと横のソファーに座った。
チラリと見ると隼人さんが私の方を見て目を細めてほほ笑んだ。
フィッティングを終えて私たちは手を繋いで帰ってきた。
いつもは身長差がありすぎて、手を繋ぎにくいけど、8cm高いと繋ぎやすい。
私は腕にしがみついて言った。
「隼人さん、小さい私と、大きな私、どっちがいいですか?」
「小さいの8で、大きいの2くらいでいい」
「?? それは割合の話ですか。10日出かける時に8日小さいままで2日大きな晴日さんってことですね」
「100年一緒にいるから、80年は小さな晴日で20年は大きな晴日で頼む」
「???? なんだか話が壮大に???」
隼人さんは玄関の鍵を開けて、私にキスをした。
そしてそのまま部屋に入る。
「……うん、キスは大きいほうがしやすい」
私はスポンと靴を脱いで玄関に入った。
「抱っこは小さいほうがしやすいですよ?」
「そうだな」
そう笑って隼人さんは私を抱っこしてお風呂に向かった。
隼人さんと一緒なら、どっちでもいいや。
そして隼人さんとお風呂に入ると毎回思うんだけど、一緒に湯舟に入るとお湯が超沢山出て行って、隼人さんが出て行くとお湯が半分くらいしかない。
水量すくない湯船で膝を抱える私を隼人さんはいつもクスクス笑いながら見てるんだけど、わざとなの?!
私は湯舟で横になって誤魔化したら、隼人さんが爆笑した。
やっぱりわざとだ!!
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