第15話 新しい仕事と、少し変な隼人さん

「雨宮ケンさん、はじめまして。美空社の小清水です」

「あ! 社長のことを腐れ狸って呼んだお姉さんだ、どうも~~」


 私は店のテーブルに倒れこんだ。

 雨宮くんのマネージャーさんは口元を押えて目を逸らす。あかん、この人ドラゴンの社員さんなのに。

 その物覚えのよさ、お姉さんは好きだけど、この世界忘れたほうが良いことのが多いぞ?


 今日はパーティーで会った雨宮くんに取材にきていた。

 何社かに『リズム・ドラゴン』に対する営業記事を頼んだようだったけど、私の書いた記事のアクセスが一番多かったようで、犬飼さん直々に頼まれて特集雑誌を作ることになった。正直クソゲーを楽しんでしまった感はある。

 だってリズムが取れるとドラゴンがマトリョーシカのように脱衣? していくのだ。

 なんなのそれ、何の意味があるの……好き。

 私は今まであまりゲームに興味が無かったけど、クソゲーを味わってなかったからかも知れない。正直楽しい。

 

 雨宮くんも『リズム・ドラゴン』に出ている一人だ。

 気を取り直して取材を開始する。


「えっと16才の高校生。ユーチューブの登録者数160万人……すごいですね」

「モシャモシャズさんと大間に行ってマグロ釣ったら、250キロ超えを引いて、その動画が900万以上再生されたんですよね」

「見てきました~、私大間の一本釣りシリーズ録画してみるくらい好きだから、すごく楽しかったです」

「なんか俺釣りの才能めっちゃみたいで、この前トビウオが口に刺さったんですよ」

「めっちゃ持ってる!」


 年下の取材対象は敬語と常態語の使い分けに気を遣う。

 フランクに話されて喜ぶタイプと、大切にされたいタイプに別れるからだ。

 雨宮くんはお姉さんに甘えたいタイプと見た。

 会話は義弟が現役の高校生ということもあり、楽に話せる。

 結局アンテナを張ってないと取材など成り立たないのだ。

 高校生らしくヤンチャにショートケーキを口に入れようとしている写真を載せてくれと言われたので撮って、取材は終わった。

 カメラマンとマネージャーが話している間、雨宮くんが戸惑いながらケーキを口に運ぼうとしていたので私は止めた。


「甘い物、好きじゃないでしょ。食べなくて良いよ。むしろ私に頂戴。お腹すいたの」

「え……」

 

 雨宮くんは手をとめた。

 

「コーヒーに砂糖も入れてないし、全部動画見てきたけど、一度もケーキなんて食べてないじゃない。むしろ苦手でしょ、フリスクめっちゃ食べてるし」

「……よく見てますね」

「ファンはバカじゃないから、どんな宣伝写真撮られても、自分の動画とかサイトではフリスク持ってなよ。いつか無理に食べさせられなくなるかも」


 タレントという商品を売りたいのだからイメージ戦略は当然必要で、こんな甘い顔男の子がフリスクばかり食べてるのは違うのだろう。

 どう売りたいかなど私はどうでもよいので指示された写真を撮るけれど。

 どうせ捨てるので少しだけフォークで欠けたケーキの残りを私は食べた。

 ドラゴンが撮影用に準備したものだけど、有名店の予約品で気になっていた。ううん、超美味しい~~、もう常にごはんを食べ損ねているので、余り物は逃がさない。

 雨宮くんは渡した名刺を見た。


「小清水……晴日さんって言うんですね、お名前」

「そうそう。あ、明日の撮影は濡れるから体力削ると思うので、今日はゆっくり休んでくださいね」

「晴日さん、LINE教えてくださいよ~」

「いいよ! はい、これね」


 私と雨宮くんはLINEの交換をした。

 正直仕事相手にはめっちゃLINEを聞かれる。話しやすいし(取材のテクニックだ)身長が小さいので扱い易そうに見えるのだろう。 

 それは全然かまわない。取材が円滑に進むならそれでよい。

 会社に戻ったらこれを書き出して~~まとめて~~記事にして~~撮影のスケジュール調整して~~連絡をして~~はああ~~隼人さん摂取したいよ~~。

 ため息をついて店横の廊下を見たら、なんと隼人さんが居た。

 ええ?! 隼人さん、隼人さんだ!!

 実はここはドラゴン社内にあるカフェだ。

 隼人さーん! そわそわそわ。

 隼人さんは私と雨宮くんを見て小さくお辞儀をして出て行った。

 雨宮くんはフリスクを口の中に投げ込んで口を開く。


「楠さんだ。あの人の声ってすごいですね」

「!! (おちつけ……)そうですね、素晴らしい声ですよね」

「めっちゃ売れそう、あの人。なんでリズムゲー攻略対象じゃないんだろ」

「声優さんだから、でしょうかね(わかる……攻略したい……)」


 私はただただ深く頷き、明日の撮影の段取りを伝えて取材を終えた。

 一回寝よう、2時間寝れば6時間仕事ができる。私は荷物を持ったまままっすぐに二階に向かった。 

 ドラゴンの仕事はお金もいいし、待遇もいいし、良い事が多いけど、スケジュールも求められる内容もシビアで大変だ。

 フラフラと二階に入ったら隼人さんからLINEが入った。


『お茶づけ食べますか?』

「食べます!!」


 私は玄関で叫んだ。そしてそのまま階段を下りて一階へ向かう。

 一度入ってしまうと気楽になってしまうというか、なによりお腹が空いていた。ケーキを少しとか食べるとむしろ食欲が爆発してしまう。

 リビングに入ったらもうお茶づけが置いてあった。あああ~~~お腹すいたああ……。フラフラと吸い寄せられていく。


「いただきます……」

「手を洗う」

「……はい……」


 ぴしゃりと言われて、私は手を洗う。

 背後に気配を感じて目だけ動かして後ろを見ると、隼人さんが後ろに立って見ていた。隼人さんってお母さんっぽいんだよね……でもそんなところも好きです!! 私はせっせと手を洗った。そしてお茶づけを食べ始めた。うう……美味しい。

 そして「今日はお仕事だったんですか?」と聞いてみた。でも目を伏せて静かに頷くだけだ。

 あれれ……? なんだかちょっと冷たい気がする。何か怒ってる? 私の横にも座ってくれなくて台所に立っている。

 その瞬間にカバンの中でスマホが鳴りだした。しまった、全部持ってきてる。

 カバンをひっくり返すと、中から二つのスマホが転がり落ちてくる。

 同時になってる。うるさっ!

 私は仕事用のスマホを取り出した。


「雨宮くんだ」

 

 さっそくLINEを送ってきていたが、こっちは仕事用なので夜はオフにして鞄に投げ込む。

 私用の方には桜ちゃんが「テープ起こし手伝ってくれ」と泣きつきのLINE。こっちもギッチギチやぞ……何もできへんわ。

 

「が・ん・ば・れ!!……と」


 私はそっちには返信した。

 その様子を隼人さんがじっ……と見ていた。そして、


「スマホ、二つあるのか」


 と言った。私は「そうですよ」と答えて二つのスマホを机の上に並べた。

 仕事で聞かれた時に適当に答える用と、私用ですよと言ったら、隼人さんは私の横にスッ……と座った。

 普通に生活してたらスマホは二つ持たないか……そりゃそうだ。私も一つにしたいし、よくどちらか忘れる。仕事用持ってきたつもりが私用を持ってきたりミスばかりだ。でもあまりに聞かれるから面倒になったのだ。どうでも良いLINEに仕事の通知が埋まると困る。

 もぐもぐとお茶づけを食べていたら、私用のスマホが鳴った。桜ちゃんだな~~? 見ると隼人さんだった。


『今日ドラゴン行ったら、狸がいた』

「ぶは!!」


 私は思わず噴いた。

 横をチラリと見たら隼人さんが優しい目で私のことを見ていた。

 ……ていうか、今日の隼人さんはざっくりセーターを着ていてすごくカッコイイ。

 隼人さんは首が太いから、そこから鎖骨に向けたラインがカッコイイ。

 体格が良い人がざっくりセーター着てるの大好き部、部長の晴日です……。

 私は隼人さんにLINEを送る。


『頑張ったので、おつかれさまって言ってください』


 隼人さんはLINEを見て、私の横に少しだけ寄ってきた。

 距離が近づいて心臓が大きく脈を打つ。

 なんというか私の悪い癖というか、どうしてもしてしまうこの病気。

 隼人さんの声で欲しい言葉を求めてしまう……。

 とても近いので隼人さんが息を吸い込んだ音さえ感知してしまう。

 うわ……言葉がくる。


「おつかれさま」


 頭の上に優しく大きな手が乗り、優しく撫でてくれた。そしてあたたかな体温が耳の方におりてきて優しく触れた。

 掌のぬくもりが疲れた気持ちをゆっくりと溶かしてくれる。

 すごく気持ちよくて幸せ。

 恥ずかしくて、嬉しくて、顔が熱くなっていくのが分かる。

 目を閉じた私を見て隼人さんは言った。


「明日定休日だから……夜……外にご飯に行こうか」

「?! 行きます!!」

「22時くらいに……大丈夫?」

「はい!!」

「じゃあ、それくらいにLINEする」

「待ってます」


 私がしがみ付くと隼人さんは嬉しそうに目を細めた。

 その甘い瞳に心臓が高鳴った。

 隼人さんとお外ご飯、楽しみすぎる!!

 


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