第26話 桜ちゃん、アカリを取材する

「よし、これであと三人になったかな」


 私……太田桜(おおたさくら)は取材対象者のリストをチェックした。

 私は雑誌『MOKOMOKO』で編集をしている。


 中学生の時に渋谷を歩いていたら女の人に声をかけられて、友達三人と写真を撮ってもらった。

 それが雑誌に載って、そのまま読モになった。

 読モをしてる時は「仕事!」だなんて考えたことも無くて!

 ちょっとお金がもらえるけど、そんなのほんと「ちょこっと!」。

 親から持ってるお小遣いのほうが多いくらいだった。

 それより友達と一緒に可愛い服を着れたり、最新のメイクを試せたり、なにより学校でちやほやされるのが最高!

 でも高校入って数年したら、飽きちゃった。

 三年も読モしていると見えてきたのだ。

 同じような企画のくり返し。これも前にやったし、あれも前にやった。

 え? 雑誌っていっつも同じことしてるの? 

 そう思った私は一番信頼していた社員の晴日さんに聞いてみた。

 すると晴日さんは笑顔で「そう思うなら何か企画出してみてよ!」。

 へええ~~。私も企画を出して良いんだ? 雑誌って作るの楽しいかも!

 これはもう、目指すしかないっしょ! と大学も文学系選んで、私にしては珍しく勉強して、会社に応募してみたら、晴日さんが拾ってくれた!

 「贔屓じゃないよ? この企画すっごく面白いと思ったから!」と読モ対抗オシャレ運動会をちゃんと企画として動かすことになった。

 入社して一年で自分の企画を動かすのは、すっごく大変だったけど、たくさん勉強になった~。

 そしてモデルとして仕事するのと、編集として仕事するのは全然違って、まだまだ全然ダメ。

 でも毎日がものすごく充実してる!

 


 今日は『リズム・ドラゴン』に出ている女性声優さんを取材する日!

 対象者は元アイドルのアカリさんだ。

 二年前まで車椅子で、今も杖をついて歩いているという事だったので、ご自宅近くまで伺いますと言ったんだけど、渋谷のスタジオまで出てきてくれた。ありがたい!

 取材は都内ならまだしも「自宅までこい!」と言われて確認したら山梨県……とかフツ~~にあるので、こうやって出てきてくれる対象者は本当にありがたい。

 取材メモを書き起こしていると、ドアがノックされてアカリさんが入ってきた。

 淡い緑色のワンピースに丁寧に巻かれた髪の毛。

 メイクもちゃんとされている。

 さすがもとアイドルということもあり、ものすごく華がある!

 私も読モ出身だからね、それなりにね? 華はあると思うけどね(まだ続けたい自画自賛)、やっぱりアイドルをしていた子の華には全くかなわない。

 それに顔がすごく小さくて掌くらいしかない、カワイイ、すごい!

 アカリちゃんは杖をつきながらゆっくり入ってきて頭を下げた。


「おはようございます!」

「おはようございます。大丈夫でしたか。雨が降ってきましたよね」

「もう普通に杖があれば歩けるんです。でも傷がっ……痛みますっ……!」

「あはは、すいません、笑って良いのか分からないですけど、厨二病みたいでいいですね」

「雨の日の鉄板ギャグなので、ぜひ笑ってください」


 大けがをして一度引退したアイドルと調べてきていたので、生真面目な人だったら取材の入り方に気を使うな……と思っていたけど、大丈夫そうで安心した!

 たまに「明るい人っぽいし、大丈夫かな~」と思ってきたら、めちゃくちゃ神経質で、なにひとつ話さずマネージャーが間接的に答えてくる……とかもいるのだ。本人に会うまで何も分からないから、怖い!

 私はiPhoneで録音をしながら取材を開始した。


「では取材を始めさせていただきますね。アカリさんはこのゲームが声優としての三本目のお仕事ということですが、慣れてきましたか」

「そうですね、慣れという点では、全く慣れてないです。毎回必死で録音が終わった日は一日ひとりで反省会してます」

「どんな感じで反省会をされるんですか?」

「ひとりで部屋の真ん中に座って膝を抱えて丸くなって……ああ、こうじゃなかった、こうすれば良かった! じゃあやってみよう! とひとりで演じたりしています」


 そう言ってアカリちゃんは「もう全然、試行錯誤です」と目を閉じて首を振った。

 話を聞きながら、私も読モから編集になった時は、毎日悩んで苦しんだことを思い出した。

 それでも怪我をして読モを諦めたわけではない。

 全然違うけど、明るくて可愛い子なのに自宅でひとり反省会をしている姿を思い浮かべて親近感を持った。

 元アイドルだけど、そういう親しみやすい点に集中して記事にしていこうかなと頭の中で紙面を考える。


「昔は今を時めく『デザートローズ』のダンスを担当されていたということで、ライブ映像を見てきました」

「ありがとうございます」

「すごく可愛らしくて元気で感動しました。怪我をされて数年はリハビリに専念されていたと伺っていますが、どのように過ごされていたのですか」


 ドラゴンの前に所属していたのはアイドル専門の事務所だ。

 そこからドラゴンという大手に移動して来てることもあり、過去を聞くのはNGの人も多い。

 でもアカリちゃん自身も「なるべく聞いてほしいし、過去も語りたい」という話だったし、事務所もOKを出してくれた。

 アカリちゃんは長い髪の毛を指先でくるくる回しながら目を細める。


「最初の一年は、辛くて辛くて、ずっと泣いてました。泣いてない日なんて無い。事務所の社長がドアの外まできても『入って来ないで!』って叫んで。そしたら本当にずっと……一週間も二週間も、それこそ一か月、半年も中に入らず、外の廊下まで毎日きてくれて。それでも中には入ってこないです。ずっとずっと廊下にいてくれた。静かに、何も言わずに、ただずっと。他に仕事だってあるんですよ、忙しい人で。それなのに欠かさず毎日来てくれました。最後にはお母さんと仲良くなっちゃって。私が艦長……社長と話したくなって、やっと泣き止みました」

「それは……すごく嬉しいですね」

「あの優しさに触れられたからこそ、私はドアを開くことが出来たんです」


 アカリちゃんは目を伏せて静かに正しく言った。

 その姿を同行しているカメラマンが撮影する。

 私はメモを取りながら顔を上げる。


「リハビリを終えて、どうして声優さんをしてみようと思ったんですか?」

「休んでいる時、ハードなお話が苦手になったんです。それこそ、当然のようにある起承転結が苦手になってしまったんです。主人公の少しのピンチも怖くて何も見られない。自分に重ねて落ち込んでしまう。そんな時にのんに日常系のアニメを教えてもらったんです。そのアニメは本当にのんびりとした日常が続いていて、心が安らぎました。そこで声優さんのお仕事を知りました。そして音声をオフにして自宅でアフレコのようなことをし始めたのですが、演技がオーバーになりすぎたり、控えめすぎたりして難しかったんです。毎日映像を見ながら自分なりに練習をして、そこから本格的に復帰を考えました」

「杖で歩くためのリハビリが大変だったとお伺いしました」

「デザロズのライブを見に行きたいと思ったのがきっかけです。デザロズは地下でライブを行っていて、そこはとにかく細くて急な階段を降りなきゃいけないんです。でも今も私を覚えてる人たちがいる……そう知って行きたくなり、頑張りました」


 アカリちゃんはまっすぐ力強い目で未来を語った。

 辛い過去からの復活は、どれだけ話を聞いても「すごいなあ」と思えた。

 私のような取材者が心を動かされるのは珍しい。

 それはアカリちゃん自身が光と力に満ちているからだと思う。

 本当に辛かった過去があるから、今のアカリちゃんがあるのね。

 もっと深く話を聞いて取材してみたいと私は思い、名刺を渡して別れた。

 良い記事になりそう! 特集で企画出してみようかな。

 私はそう思った。

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