第27話 なるほど、厄介な人だ(隼人視点)

 朝六時。

 俺は朝ごはんを準備しはじめた。

 今日は大葉と梅、そして鰹節をたっぷり入れたおにぎりにすることにした。

 大葉は小さく刻むと、台所にふわりと独自に匂いが広がる。濡れたキッチンペーパーに包んで密封して置けば日持ちするので助かる。

 そして梅干しは昔から同じ人から購入している。

 昔はおばあちゃんが漬けていたが、同じ味が再現できなくて諦めた。

 今はおばあちゃんと一緒に梅干を作っていた人から購入している。

 孫である俺が再現できないのが少し悲しいので、いつか習いたい……そう思っている。

 鰹節は枯節を購入して自分で毎朝鰹節にしている。

 刀部分を研がないと薄く美しい鰹節にならないので、毎朝包丁と共に研いでいる。

 鰹節自体はお店のほうで使い、粉をおにぎりに使っている。

 お米は新潟の契約農家から購入しているコシヒカリだ。毎朝ガス火で炊いていて、艶々で甘い。

 握ってもコメの粒が潰れず、美しい。

 大葉の苦さと梅の酸っぱさ、それを真っ白なお米で握り、醤油をほんの少し。

 そして鰹節の粉で柔らかく包む。

 それと里芋とお肉、こんにゃくと人参が入った味噌汁。

 里芋はお腹が膨れるし、そこにお肉が入っていると尚食べ応えがある。小さく切った豚肉は昨日とんかつを作ったあまりだ。

 朝からあまり脂身があるより、食べ応えを優先した。

 晴日さんはそれをみて目を輝かせた。そしてちゃぶ台の前に正座して丁寧に手を合わせた。


「いただきますっ!」

「いただきます」


 俺も一緒に手を合わせた。

 よく考えたら、ひとりで食べていたころは「いただきます」など口にしたことがなかった。

 晴日さんと一緒だから、いうのだ。そんな小さなことが嬉しい。

 しかしまあ……晴日さんは食べる速度が恐ろしく早い。本当に早い。

 おにぎりが口の形になって消えて行くのが面白くて、まじまじと見てしまう。

 味噌汁を一口飲んで「ふああああ……もう出汁が、具材の味が染み出してて、最高ですっ!」と目を細めた。

 こんな風に味わってもらえるのなら、どれだけでもご飯を準備したいと思ってしまう。


「ごちそうさまでした!」


 と晴日さんは指まで舐めてご飯を食べ終えた。

 そして食器を台所に運んでちゃぶ台に戻り……深いため息をついていた。


「美味しい朝ごはんの余韻もぶち壊し……今日は琥珀の撮影なんです……」


 と仕事用のスマホの電源を入れた。

 すると画面をガガガガガガと大量の通知が上がって行く。

 晴日さんは「はああ……琥珀が来るだけで面倒が増えるんですよ……」とちゃぶ台に倒れこんだ。

 琥珀さんは俺もよく知っている。

 今一番勢いがある俳優さんで、ドラマに出ているのをみた。

 パーティーで見たときも光り輝いていたし、事務所で一番大切にされているのが分かる。

 なんどか録音スタジオで会ったが、人柄もよく悪そうな人には見えなかったが……。

 晴日さんは口を尖らせて、


「ちょ~~~騙されてますよ。あの人、外面良いですからね。隼人さんは絶対近づいちゃダメです。えーん、燃やしたいよ~~」

「声はわりといいんじゃないか」

「それ前に桜ちゃんが言ってましたけどね、隼人さんが300点で、琥珀は10点ですから!!」


 かなりの大差がついた。挨拶の時に聞いた琥珀さんの声はわりと良かった気がするが、評価点に繋がらないようだ。

 晴日さんは「えいや」とスマホを立ててキーボードを設置、一気にLINEの返信を始めた。


 晴日さんの睡眠サイクルは相変わらずで、2時間睡眠6時間仕事を繰り返している。

 しかしそれはわりとずらせるようで、俺の起床時間に合わせて4時前に眠りに来て6時半に一緒に朝ご飯を食べるようにしてくれている。

 合わせてくれるのは嬉しい。

 それにうちのおにぎりを気に入ってくれて、残り物をむしろ好んで食べるので助かっている。

 シャケの皮を「お宝じゃないですか!!」とモシャモシャ食べ始めた時は少し驚いたが。

 一番の好物は? と聞いたら「焼き鳥、手羽先、フライドポテト……コンビニの鶏揚げくんはかなり愛してますね。肉まんも好きだし、カップラーメンは100種類食べまくり企画をしたほど好きです。あとコンビニの冷やし中華が好きなんですよねー」というので基本的にジャンクな物が好きなのだろう。

 作る側としては気楽で助かるが健康面が少し不安だ。


「これは何だ、何を言ってるんだ?」


 晴日さんは文句を言いながら指は止めずにキーボードを打っている。

 俺は仕事をしている姿を見るのは好きだ。

 いつもの可愛い姿とのギャップがたまらない。

 吸い寄せられるように後ろから両ひざを立てて晴日さんを囲む。

 晴日さんは俺の方をチラリとみて口を尖らせた。


「そんなの緊張しちゃいます……」

 

 俺は器用に動く指先をもっとみていたくて、後ろから抱っこするような状態でキーボードの横をツンツンと叩いた。


「もー、早く書いちゃお」


 そう言ってカタカタと高速でキーボードを打ってどんどん返信していく。

 持ち歩き用のキーボードだと言っていたが、俺の手程のサイズなので文字がうてる気がしない。 

 細い指で器用にカタカタ打って返信を終了させて、キーボードをパタンと片づけた。

 そしてクルリと身体をこちらに向けてお団子のようになり甘えてきた。


「終わりました」

「……うん」


 俺は晴日さんを抱き寄せる。

 朝のこの時間が毎日本当に嬉しいし、幸せだ。

 そして前髪を耳にかけてキスしようとしたら、晴日さんがグイと背筋を伸ばして俺の服を掴み、頬にキスしてきた。

 

「えへへ」


 そして得意げに微笑み、また小さく丸まって顎の下でモゾモゾ動いている。

 なんだこの可愛い人は。

 俺は優しく何度も唇を落として抱きしめた。

 愛しい。本当に困ったものだ。






 数日後……俺はおにぎり屋の営業を終えて収録スタジオに向かうことにした。

 新しく始まったアニメの仕事が決まって帯で入ることになったのだ。

 他のメンバーは固定の収録日があるが、土曜日の午前中なので俺は出られない。

 この近くには大きな公園があって、そこで食べるおにぎりを買うお客さんがとても多く、一週間で一番忙しい。

 それを伝えたら、俺だけ別日に撮ることになった。

 ドラゴンのスタジオが自宅から車で20分ほどの所にあるのもありがたい。

 深夜をメインに仕事をするスタッフさんもいて、助かっている。

 スタジオに入って収録を終わらせた。

 そして犬飼さんのアシスタントさんに「テストです」と言われてスケジュールにない朗読劇も何本か収録した。

 なんでも読むのは好きなので構わない。

 

 新しいナレーションの仕事も入っていたので、ついでに内容を確認することにした。

 それは世界遺産付近にくらす猫や犬を撮影したもので、映像が美しくて見入ってしまった。

 頭をなでるとパアッと笑顔になってクルクル回る犬を見て晴日さんを思い出した。

 隙間からじーっとみている猫をみて、また晴日さんを思い出した。

 最近何をみても晴日さんに繋がってしまう。

 仕事に集中出来ていないと判断、俺は再生を止めた。

 何をみても晴日さんに見えるから……きっと会いたいのだ。こんな気持ちが新鮮だ。 

 発音が難しい場所も多く、世界遺産の勉強も必要になりそうだ。

 俺はスマホで何冊か本を選び始めた。

 

「……ん、もう、ダメですよお、まだ仕事してるんですからあ……」

「大丈夫」


 気が付いたら一時間ほど購入した本をスマホで読んでいたようだ。すると外であまり聞かない種類の声が響いてきて、顔をあげた。

 女の人の甘い声……そして服を動かすような音……これはまちがいなく人に見せるような行為じゃないことをしているなと思う。

 気配を消してスタジオに居過ぎたようだ。

 実はこういうことがよくある。

 静かにしすぎて気配を察知されず、誰かの秘密を知りたくもないのに見てしまうのだ。

 どうやら作業は隣の部屋で行われているようだ。

 そして声は……犬飼さんのアシスタントの女の子と相手は……。


「琥珀さん……琥珀さんダメですよぉ……」

「もう黙ろ?」


 噂の琥珀さんのようだ。

 アシスタントさんが彼女さんなのかも知れないが、こんな所で行為に及ぶのは女の子にとっても負担が大きいだろう。

 晴日さんが言ってたことを思い出す。

 なるほど『そういう』人なのか。

 そう長々と続くものでもない。俺は開き直ってヘッドフォンでホワイトノイズを聞きながら本を読むことにした。

 彼女がいた時期もあるが、あまり性的なことに積極的なタイプではなかった。

 でも今晴日さんと暮らして、とても触れたいと思う。

 しかし朝しか接触がない状態で、夜は忙しそうだし、最近は土日自宅に帰っている。

 家業が忙しくて子供の面倒を見る必要があるらしい。


 俺はわりと子供が好きだ。

 演劇をしていると子どもがいる役者も多く、昔から面倒を見る事には慣れている。

 長期公演で東京を離れる仲間もいて、家で預かったこともある。

 渉くんと和真くんはとても可愛かった。

 

 実は先日あった渉くんが、うちにおにぎりを買いに来てくれたのだ。

「シャケ3つください」とちゃんとお金を持って。

 聞いたら、都内の受験専門塾に週に二度通っていて、どうせ夜ご飯を買うから来てみた! と笑顔見せて、ベンチで食べようとしていた。

 食べるなら……と自宅に招き入れて味噌汁を出したら「!! 超うまくね、これ?」と晴日さんと同じ顔で言うので笑ってしまった。

 血は繋がっていないらしいが、やはり一緒に生活すると似るのだろう。

 そして食べ終わった皿をちゃんと流しに運んで、大きなリュックを背負って言った。


「晴日の彼氏、名前なんていうの?」

「隼人」

「俺、渉。隼人足速そうだからさ、今度クレナイにならない? その陰キャな感じ、めっちゃクレナイ」

「クレナイ……?」

「詳しくは晴日に聞いて!」


 時間だから~~と渉くんは「味噌汁ごちそうさまでした!」と言いながら出て行った。

 礼儀正しいけど、小学生らしい元気な走りっぷりに俺は頬を緩めた。

 そういえばあれはなんだったのだろう……。

 気が付いたら行為は終わっていたので、裏口から出て帰った。






「おかえりなさい」

「晴日さん」


 夜12時になり、やっと帰宅した。

 車をとめて家の前に来たら晴日さんが会社から出てきた。

 

「仕事しながら隼人さんまだかな~~ってチョコチョコみてました。コンビニ行くんです。えへへ、おかえりなさい」

「ただいま」


 笑顔に吸い寄せられるように抱き寄せた。

 晴日さんは俺の胸元下あたりで「えへへ」と嬉しそうにほほ笑む。

 背中を優しく撫でたら、自分の胸元に腕を収納して団子みたいになってしがみついてきた。

 顔が見たくて覗き込むと、恥ずかしそうに更に頭をさげて、頭の一番上で俺のみぞおちをグリグリする。

 可愛くて可愛くて、優しく抱きしめる。

 愛しい人には優しくしたい……当たり前だと思う。


「……そういえば琥珀さん、なるほど要注意だね」

「は? 何かされました? 燃やします?」


 俺以外のことになると晴日さんは過激派だ。

 正直晴日さんが何かされないなら、俺はそれでいい。


「あとさ、渉くんにクレナイというものに誘われたんだけど」

「……ええ……死にますよ……? というか、いつの間に渉が……?」


 晴日さんの表情が大きくゆがんだ。

 その表情がまた可愛くて、笑ってしまった。

 晴日さんに出会ってから、俺はよく笑うようになったと思う。

 しかし死にますよ? ……とはなんだろう。

 興味があり、行ってみる事にした。

 

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