第28話 クレナイが家族に挨拶?!(晴日視点)
お店が定休日の月曜日、昼過ぎ。
私は隼人さんが運転する車の助手席で気合を入れてエナジードリンクを飲んだ。
「隼人さん、昨日の夜、アミノ酸飲みましたか?」
「一応飲んだが……それほどの事なのか」
「私7時間ローラーコースターで遊んでも次の日余裕ですけど、クレナイやると次の日辛いですよ。筋肉痛っていうか、疲労がすごいんですよ」
「アスリートのようだ」
「全身の着替えも持ってきてますよね? 靴もあったほうがいいです」
「そこまで必要なのか……?」
隼人さんが戸惑うのも当たり前だ。
ただの鬼ごっこに誘われたと思っているが、そんなものではない、死すら見える地獄の戦い……それが
私は何度も体力の限界に達してギブアップしたので、渉が隼人さんを紅にスカウトした聞いて青ざめた。
面白いけど、めちゃくちゃ疲れるのだ。
隼人さんは「演劇をしている人間は基本的に毎日鍛えている」って言うし、いつも抱っこしてくれる隼人さんの身体は筋肉質で分厚くてドキドキしてるんだけど……! でも疲労の種類が違う気がするんだよなあ……紅は。
私は最後まで「死にますよ?」と言ったけど、渉を気に入ったようで行くというので付き合うことにした。
それに「晴日のご家族にご挨拶もしたい」と言われて石みたいになってしまった。
そう、紅が行われるのは私の自宅近くだし、渉が出るので家族が来る。
東京で出来た彼氏を親に合わせるのは初めてでソワソワしてしまう。
しかし紅をきっかけに連れて行くことになるなんて……私はため息をついた。
うちの近くには結構大きめの山があって、そこには神社がある。
日の当たる場所には小さな公園、保育園があり、小さい子たちはみんなそっち側で遊ぶ。
しかし裏側は日が全く当たらないので常にジメジメとしていて、8割竹藪、そして急坂。
迷路のように竹や雑草、そして木が生えていて、小学校高学年男子たちの最高の遊び場になっていた。
そして「ハンターが人を追う番組」が始まったのだ。
そのままでは面白くない……といつの間にか山にあった大きな葉っぱにゴムを通して顔にくっ付けて、その人が鬼となり追い回す遊びに進化した。
ある日、その葉を真っ赤にペンキで塗って顔に貼り付けた人がいて、それがあまりに恐ろしかったので『
あれ以来、この鬼ごっこは『
そして最近のテクノロジーの進化でとんでもないことになってきたのだ。
最近は親の古くなったスマホを子供がゲーム機代わりに使っていることが多い。
それに「チェックポイントアプリ」を入れて、チェックポイントをすべてクリアしてからゴールするゲームに進化したのだ。
そこに紅要素が追加される。
紅に見つかったら追われる。
竹藪などに隠れて視界から逃げたら追われない。
だれか一人でも挑戦者(子ども)がゴール出来たら、挑戦者(子ども)の勝ち。
だれもゴール出来なかったら紅の勝ち。
紅は基本的に神主さんを含んだランナーや現役大学生が多く、非常に足が速く俊敏だ。
子供たちは情報を共有して誰か一人でもゴールさせたい一心で紅たちから逃げ回る……。
大会時、山にはWi-Fiが飛んでいて、子供たちはLINEや通話しながら紅の位置情報を送り、ゴールを目指す。
かなり長く続いていて現在紅68勝:子供たち41勝で差がついている。
ゲーム性の高さと坂道を走るという運動量の高さから学校からも推進されて学校の授業で大会を開くこともあるレベル。
そしてこの前この紅最多優勝記録保持者が有名駅伝で区間賞を取った。
インタビューで「紅で鍛えられました」とドヤ顔で語り、無駄に盛り上がり続けている。
なんたってここらの小学校では勉強が出来る子より、紅で優勝したほうがヒエラルキーが上なのだ。
ポイントは運動神経の良さだけでなく、結局団体戦で、運動が得意な子が紅を連れて走り、苦手な子がこっそりゴールしたこともある。
運動神経だけではない頭脳戦。それが紅の魅力だ。
保育園の駐車場に車を止めて渉にLINEしたら、すぐに走ってきた。
私に「ウス!」と挨拶してすぐに隼人さんに近づく。
そしてジロジロと服を見る。
「ちゃんと黒じゃん。オケオケ! 紅の葉は神主さんが準備してっからさ」
「おはよう、渉くん。今日はよろしくね」
「ウス! じゃあこっちきて! あ、Wi-Fi繋げて。晴日やって、晴日」
ぐっ……。
どうやら餌付けされたらしく、完全に隼人さんに懐いている。
設定しようとしたら隼人さんが渉と同じ視線になるように屈んで言った。
「どこに書いてあるのか教えて? 説明も聞きたいな」
「仕方ないなあ~、よっしゃ、こっちこっち!」
と隼人さんを立たせて引っ張って行った。
隼人さんは私のほうを見て優しくほほ笑み、手を握ってくれた。
優しい……好き……。
手を繋いで歩き出した私たちを見て渉は仁王立ちして、
「あーー、晴日。今日はラブラブ禁止だからな。隼人は紅が似合うから紅するんだ。晴日は俺と仲間、子どもチーム。だからラブラブ禁止!!」
「まだゲームは始まってないよ。じゃあ渉くんとも手を繋いだら良いんじゃないかな?」
「キッモ!! 五年生は手とかつながないから!!!」
渉は叫んだ。
隼人さんは「そうか」と軽く笑って、私をじっ……と見て、
「……俺は紅だから、晴日さんを捕まえて良いのか」
と言った。予想外の言葉だ。
「隼人さん、ノリノリじゃないですか」
そこに渉がグイグイと顔を突っ込んでくる。
「晴日はな、雑草の奥義がすごいから。基本見えないから! 隼人は捕まえられないかもな~~、久しぶりに期待してるぜ、晴日!」
「やりたくないんだけど……」
「あ~~ダメダメ、晴日は雑草の奥義してくれないとダメ。それ以外は使えない、それで作戦もルートも組んでるからダメダメ」
今小学生の中では『闇の奥義』というアニメが大流行していて、何をしても〇〇の奥義になってしまう。
ちなみに私の雑草の奥義というのは、昔紅が怖くて仕方なくて、時間制限の3時間MAX使ってゆっくりとほふく前進で進み一人でゴールしたことがあるのだ。
ほふく前進はやってみると分かるけど、恐ろしく腕が疲れる。
途中で何度か気絶して山肌で寝た。
本当に意味が分からないけれど、紅姿の神主さんに追われるくらいなら山肌で寝たほうが良かったのだ。
ちなみに今日もそうしてしまう自信がある。
それくらい怖い大会なのだ。
……よく考えたら、なんでそんなのに出るのだろう……?
「俺は頭脳の奥義だから! 俺の作戦どおり動けよ、晴日」
「渉だけカッコ良くない? その奥義名。頑張るけどさあ……」
横で隼人さんが「ほふく前進……山肌で寝る……」と笑っているけど、隼人さんが全力で追ってきたらめっちゃ怖いと思う。
体格良いし、足も速そうだ。普通に抱っこがいいよ!!
……なんでそんなのに出るのだろう……?
挨拶するなら、普通に父親に挨拶で良いのでは……?
なぜ……?
私は楽しそうな隼人さんと渉に手を引かれて集合場所の寺に入った。
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