第29話 ブラック神主が舞う(晴日視点)

「はじめまして。君が隼人くんか、素晴らしい体格だね。演劇だって?」

「はじめまして、よろしくお願いします」

「おお、声がイケメンだね。期待してるよ。晴日ちゃんも久しぶりだね、今日は捕まえたいなあ」


 あはは~~。

 私は軽く笑って返した。

 神主さんは色んな人たちに挨拶しながら回っていく。

 子どもが大好きで保育園の園長をしつつ、遊ぶ場所が減っている小学生たちを心配して裏山を解放してくれた教育にも理解がある人だ。

 中高大と陸上部で体育教師の免許も持っていて、市民ランナーとして走っている。

 でも紅が始まると真っ黒な作務衣に忍者のような装備をして、顔に深紅の葉を貼り付けて闇を駆ける。

 信じられないほど俊敏で、恐ろしいほどの速度で追ってくる。

 小学生たちは影で「ブラック神主」と呼んでいて、あまりに怖いので自主的に山のゴミ拾いをしている。

 私は一度だけブラック神主に追われたことがあるんだけど、本気でトラウマなのだ。足音もなく真後ろに舞う黒い影、思い出すだけで怖い!

 普段ニコニコしてるからこそ、ギャップが更に怖い!!

 唯一楽しみなのは、終了後に出てくる地元にお母さんたちが作ってくれる夕ご飯だ。

 それが美味しくて! 

 今日は何かな~と調理場を覗いたら楓さんがいた。

 私達に気がついてススス……と寄ってきた。


「晴日、紹介して! 紹介して!!」

「楓さん……まつ毛激盛りしすぎで、妖怪みたいになってますよ……」

「そりゃ盛るでしょ~~? 義妹の彼氏だよ?」

 

 盛ったまつ毛を整えて楓さんは背筋を伸ばして笑顔を作った。


「はじめまして、渉と和真の母の楓です。先日はお世話になったそうで……ありがとうございます」


 渉が出るので、楓さんも本部の手伝いに来ているのだ。

 基本的に地元小学校の母親たちがサポートしているのだが、野球やサッカーのように人数や長い練習の必要がないので、推奨してる母親たちが多い。

 それに本当に疲れるので家で即寝てしまうのも母たち的には楽らしい。


「はじめまして。一ノ瀬隼人です。晴日さんとお付き合いさせて頂いてます」

「ひえっ……」


 私のほうが絶句する。

 めっちゃ身近な人間に「晴日さんとお付き合い」とか言われてめっちゃ嬉しくて恥ずかしくて唇を噛む。

 楓さんは嬉しそうに両手を擦り合わせて

「あらあらあら……すっごく声が素敵なんですね。こりゃ帰ってこないわ……幹太(おとう)さんがさすがに嫁に行っちゃうんじゃないかって……痛っ!!」


 私はひっそりと肘でえぐった。余計なことを言わなくていい!!

 今日は小学校高学年からしか参加できないので、和真は表の公園で遊んでいるらしい。

 あとで見に行こう~っと。

 紅側は着替えと説明があるというので、私は渉と挑戦者側に向かった。

 隼人さんをチラリと見たら、ほほ笑んで手を振ってくれた。

 ……好き……。

 うっとりとしていた私を渉がグイグイ引っ張った。


「晴日、ラブラブ禁止だって言ってるだろ。こっちこっち!」

「ふいー、頑張るか~~!」

「晴日が出た三か月前とはかなりルート変えてるから、LINE見て」

「了解~」


 やるとなったら常に本気、そのほうが楽しいからね!

 集合場所に行くと、一番下が渉で、あとは中学生まで50人位いた。

 小学校時代紅で鍛えた男子たちは中学校に行っても陸上や体操を続けて、全国ランクまで行ってるのに、紅には必ず出る。

 なんなら後ろには陸上部の顧問の先生も数人が談笑しているのが見える。

 もう部活の一部に浸透しているようだ。まあ普通の練習より運動量が多いと思う。

 一人捕まるたびに一人のハンターが追加されるので、やる気がないやつが適当なことをすると結構怒られる。

 ちなみに私は一応優勝経験がある唯一の女子なので、常に参加が求められているが、忙しくて参加は三か月ぶりだ(とにかく出たくない)。


「晴日ルートは、これな」


 渉がLINEで送ってきた。

 情報はすべて緯度と経度で送られてくる。その数値を特殊なマップに入れると即場所が分かる仕組みだ。

 入力すると、移動時間予定と、場所が一気に出てきた。

 基本的に山の道はつづら折りになっていて、その間はすべて竹と木、そこに雑草が生い茂っている。

 紅は道を歩き、挑戦者である私たちは隙間にある藪を移動する。

 藪には日々子供たちが作った罠があり、追われた時はそこに逃げ込む。

 マップを見ると9割藪移動……。


「大変そう……」

「経過時間も細かく決めたから、頼むぞ」

「とりあえず頑張ってみるけど、途中で寝ちゃうかも」

「こっちだって予定通りのポジションに進めると決まってないんだよ。晴日だけ別ルートだから紅の情報、頼むよ!」

「やってみる……」


 私はみんなに挨拶した。

 伝説のほふく前進晴日さんと言われていて笑う。いや笑えない……。





 時間になりスタートした。

 役割分担は中学生たちを中心に陸上部の顧問の先生も一緒に考えたらしい。

 中学生たちは体力があるので、見つかってしまった時にハンターの目を引くのが基本的な仕事だ。

 渉を含めた小学生は身体が小さく俊敏なので、中学生たちが攪乱させた隙をついてゴールへ向かう。

 私はモゾモゾ単独移動。


 最初は身体を低くして藪の中を進む。

 身長より高い雑草にまみれて、全く見えないと思う。

 ほふく前進は、なるべくしたくない。何より腕が疲れて次の日プルプルと震えるのだ。辛すぎる。

 

 藪の中……耳を澄ませながら少しずつ進む。

 音が何より重要で、カサリ……と草を踏む音、移動する音、聞き分けて止まる。

 よく考えたら私は耳がよいから、一度だけでも優勝できたのかも知れない。

 どんな音も、どこからきているのか聞き分けられる。

 左上に音を感じて身体を向けて動きを止める。

 黒い服に真っ赤な葉……紅だ。

 私は自分の緯度と経度、そして遭遇状況、移動方向をLINEに入力する。

 位置情報は全ての挑戦者がリアルタイムで送ってくるので、9割の紅の位置を把握することが出来る。

 速度重視で全て文字入力されてくるので、位置の把握能力も必要となる。

 数値をマップに入れて表示させている間に捕まえれれることもあるのだ。

 私は仕事で都内の移動が多いけど道に迷ったことがないのは、紅で鍛えられたかもしれない。

 紅が行った方角には中学生たちがいるはずなので、こっちに逃げてくるはずだ。

 私は動かないほうがいい。

 丸まっていると中学生たちが来た。私に会釈して藪を反対側に駆け上がっていく。その身体能力、ヤバすぎる。


 最初のチェックポイントが見えて、精神を集中させて音を拾う。

 2時の方向から枝を折る音が聞こえた。

 身を隠して待つ……紅だ。地面に転がったまま位置情報を送る。

 丁度チェックポイントから小学生たちが出ようとしていた。

 危機一髪。

 私は外からハンターが遠ざかるのを見て「大丈夫。でも4時方向に出て行ったから、10時方向に出て」と指示を入れる。

 チェックポイントを中心に語る時は、時計で位置を話す。

 そのほうが理解が早いからだ。

 小学生たちがチェックポイントからサササ……と出て行く。それを見届けて……と思ったら、一番最後の子が転んでしまい、スマホを落とした。

 それは山肌を転がり落ちて……紅がそれを見つけた。


「!!」


 その子は一瞬で判断して、みんなが逃げたのとは逆方向に全力疾走。

 それを紅が追う。これが偉い所で見つかった人は責任をもってハンターを連れて逆方向に逃げるのだ。

 自分の責任で捕まる。そして総合LINEに確保者の名前と紅が追加された連絡が入る。




 私はチェックポイントに入り、アプリでチェックした。 

 チェックポイントに紅は入れない。

 ここでしか安心できないので水を飲み、チョコを一口食べる。

 もう腕がガクガク震えてきている。常に斜面を中腰で移動する足の負担と、追われる怖さはすさまじいものがある。

 でも……始めちゃうと楽しいんだよなあ~~。

 チョコを噛みくだいて、紅の位置情報を確認する。

 書き込まれた時間と向かっていく方向……それと経過時間を計算して、どこら辺にいるか想像する。

 今なら出られそうだ。

 耳を澄ませて音を拾うことに集中する。

 ……大丈夫。

 チェックポイントを出て草むらに隠れると、ザッ……と大きな身体が視界を走り抜けた。


 中学生だ、追われてる……!


 視界を黒い物体がふわりと舞う。

 数秒間、間違いなく空中に浮かんでいた。

 そして紅の葉がサラリと揺れて、顔を見える。

 その口元はにっこりとほほ笑んでいる。

 私は藪の中で身体を小さくする。

 ブラック神主だ……!!

 羽が生えたように急坂を走り下りて、そのまま木を掴んで更に加速して消えて行く。

 こわいいいいいい……!!

 捕まりたくない!!


 普通の陸上トラックを走るのと、山を走るのは雲泥の差がある。

 次に踏み出す場所が平ではない時の身体のバランスのとり方は、ものすごく難しいし、基本的な筋肉がないと腰にガクンとくる。

 私は出来ても数分、それに知ってる場所じゃないと無理だ。


 そうして他のチェックポイントを移動して、ラストのポイントもなんとか通過。

 スタートはハンター20、挑戦者50。

 捕まるごとに紅が増えて、現時点でハンター43人、挑戦者27人まで減っている。

 私の経験からいうと紅が50を超えたら、もう無理だ。

 全ての道に紅が居て、身動きが取れず、3時間のタイムアップになってしまう。

 でも今回は中学陸上部期待の星、秋元くんが参加していて、まだ生き残っている。

 彼は前回紅を10人連れて山肌を大爆走、隙をついた他の子がゴールしたと聞いた。

 位置情報を見ると、もうすべてチェックポイントを通過、ゴール付近でタイミングを計っているようだ。

 私はマイペースで行こう……と最後のポイントを出て草むらに隠れたら、紅……しかも隼人さんだ!

 深紅の葉を顔につけて、真っ黒な服……確かに似合っている。

 実のところ、あまりに似合ってるので爆笑したいが、戦いに甘えは厳禁。

 そんなことしたら面白くない。

 私は集中して動きを止めて、紅情報をLINEに入れる。


 第5チェックポイント周辺、6時の方向に向かう紅あり。


 隼人さん紅が山道を歩いていく。隼人さんは持っている服の9割が黒いから、言われてみたらリアル紅だ。

 隼人さん紅が進む先に……黒い頭が動く姿が見えた。

 私の情報を見た小学生が逃げ出すために動き出したのだ。

 隼人さんは走り出した。足が速い!!

 体力に自信があると言っていたけど、かなりの速度だ。

 見ていたら、私の奥から体が大きな子……秋元くんが走り出てきた。


「こっちだ!!」


 そして隼人さんの前に出て、誘導するように山肌を駆け下り始めた。

 それを追うように何人も紅たちが出てくる。

 最終決戦が始まった。

 あの方角……、私は秋元くんに電話した。


「その先の道を左で、右!! ワンチャン撒けるかも知れない!!」

 

 イヤホン型の通話を耳に入れてる秋元くんが叫ぶ。


「了解しました、あそこですね!」

「そう!!」


 紅たちが引き寄せられているのを見て、小学生たちがゴールを目指し始める。

 私も藪を出て道を走り始めた。

 ここからは時間勝負だ。

 

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