第30話 戦いの果てに(晴日視点)
「俺についてこい!!」
最終決戦が始まった。
秋元くんは紅10人以上を連れて山肌を駆け下りていく。
向かっている場所はさっき私が言った方向……どうやら秋元くんも移動中に気がついたようだ。
この山はどこか遠くの山と水脈が繋がっているようで、遠くで雨が降ると地下水が染み出す場所が多数存在する。
さっき確認したら、数時間前まで普通だった場所がぬかるんでいた。
秋元くんはそこに紅たちを誘導しているのだ。
山の斜面は急なので、下のほうまで良く見える。
秋元くんに吸い寄せられていく紅の数は20人を超えた。
そして下の方から真っ黒なカラスのような人が駆け上がってきているのが見える……ブラック神主だ。
秋元くんは一瞬で判断して藪の中に走りこんで、数秒後に反対側から出てきた。
膨れ上がった紅たちの山が秋元くんを追う。
全ての紅を押しのけて、舞うように追うのはブラック神主……やっぱり怖すぎる!!
その距離5m……4m……もう捕まる……! という所で、秋元くんは藪に飛び込んだ。
「うわ!!」
山肌に悲鳴が響き渡る。
10人以上のハンターたちが足を取られて転んだ!
隼人さんも一緒に追っていたが、危険を察知したのか、足を止めたようだ。
それに先頭を走っていたはずのブラック神主も転んでいない。
どうして危険を察知できるの?!
そして隼人さんとブラック神主はゴール地点に向かう小学生の集団に目をとめて、今度は坂を駆け上がりはじめた。
ヤバい。あの二人が本気を出したら小学生なんて一瞬で捕まる。
これは私も囮になるしかない。
ショートカットできる茂みを走りながら、渉たちに電話する。
「後ろから来てるから、一回茂みに飛び込んで!! 私が出て引き寄せるから!」
「了解!!」
子供たちが茂みに飛び込んだのを確認。
バクバク動く心臓を押さえつけて、私は意思を持ってハンターの前に飛び出す。
その距離150m程度。
集団の中にはブラック神主と隼人さんが見える。
背筋がぞくりとした。
ヤバい、すごく楽しいんだけど。
めっちゃ怖がってたのに実際こうなると楽しくなってしまう。
紅たちは小学生から私にターゲットを変更して追ってくる。
小学生がいるのと反対方向の藪に飛び込んで飛び出す。
再び追ってくる紅たちの視界から外れ続けることでしか延命は出来ない。
150mなんて距離、ブラック神主の前では無いも同然。
藪の中に飛び込んで少し距離を取っても、次に飛び出す時には、どんどんと差を詰められている。
怖い、楽しい、でももう体力の限界だ。
今までの疲労で膝がカクンとするが、気合で走る。
でも子供の頃からこの山で遊んでるから、楽に走れる場所も、逃げ方も熟知している。
あそこに水が出てるなら、あの作戦が使えるのでは……?!
最後の気力を振り絞って最終地点を決めた。
私にある最後のアドバンテージは、ずっとこの山で遊んでいるという知識の積み重ねのみ。
ここの足元には大きな木の根っこ、ここには大きな石! 飛び越えながら走る。
今日作ったばかりの雑草を縛った仕掛けも多数存在する。ここには滑る木の板!
何人かの紅が転ぶ。いける!
そして……視界が開けたところで、思いっきり左側にジャンプ!! 木に飛びついた。
「うっわ!!」
山の裏側で時間も夕方。
視界がかなり暗くなっていて、前の大きな穴があることに気が付かず後ろから追ってきた数人の紅が穴に落ちて行く。
やっぱりここも雨水が染み出していて、ズルズルになっていた。
「えっ?!」
私の横を走り抜けていく隼人さんも……穴にずるずると落ちた。
やったーーー! 隼人さんに勝ったーー! 私はもう声を出して笑った。
手も足も疲労でプルプル揺れている。
もう本当に疲れたけど、終わったあああ……!
「……晴日ちゃん、捕まえた」
静かな声に心臓がぞわりとする。
振り向くと真後ろに紅の仮面……その隙間から真っ黒な瞳……ブラック神主だった。
その目元は鋭く光り、口許はニンマリとほほ笑んでいる。
穴に落ちて無かった!
「ひいっ!!!」
恐怖で叫び、私もボチャンと穴に落ちた。
落ちた私を確認してブラック神主は真っ黒な身体を翻してゴール地点へ向かう。
こ……こわいいいい……!!
充分離したと思う。それでもブラック神主は本当に速いから……渉たち……がんばって!!
私は「はああ……」と脱力した。心底疲れた。
どろっどろの穴の中……すぐ横に隼人さんが居る。
服も顔も泥だらけだ。でもきっと私も酷い。
お互いに顔を見る。
「……」
「……」
私たちは目を合わせて、お腹の底から笑った。
大人ふたりして酷い泥だらけだ。
私はもう何も気にせず泥の穴で爆笑していた。
その時、スマホに渉がゴールしたと情報が入った。
渉はブラック神主から逃げきれたのだ。
横で泥だらけになっている隼人さんが苦笑する。
「……これは、本当にすごいね」
「だから死にますよって言ったじゃないですか」
「立てない……」
「わかります」
私たちはあまりに脱力していて、それが楽しくて二人でケラケラと笑った。
結局大学生紅さんたちに助けてもらい、穴から何とか出た。
やっぱりもうこんなの出たくない!!
泥だらけになった服や靴は全て滝つぼに入れて泥を落とす。
小学生たちが水着姿で服を踏み洗いしている。
洗濯まで保育園でしてくれるので、それまで神社にあるお風呂に入って夕ご飯になる。
地元のお母さんたちが持ち寄ってくれた夕ご飯を食べてると地獄の沼のように眠くなる。
8割意識が消えそうな私の所に、優勝者になった渉がどや顔で現れた。
「晴日最後さんきゅうううう!!」
「いやうん、ほんとなんとかなって良かった……晴日は体力の限界です」
渉は「お前神だよ、神神!! ほふく前進の神!!」と私の肩をバシバシ殴る。
もうダメ、座ってられない。
私は畳の部屋にズルルルと横になった。
渉は隼人さんに駆け寄る。
「隼人、俺すごかったでしょーー?!」
「逃げられた。足が速いね」
「ふふ~~ん、俺逃げ道めっちゃ知ってるから。塾以外の日は毎日ここで鬼ごっこしてるから!!」
どうやら渉は途中で隼人さん紅に会ったらしいが、二度も撒いたようだ。
隼人さんは悔しかったようで、
「次は捕まえる」
と断言した。
私は横になった状態で目をカッ?!?!と開いて首をグリンと回して隼人さんを見る。
次?! また来るつもりですか?!
「私はもう来ませんよ!!」
「晴日~~そう言うなよ~~、はい、賄賂」
渉は私のお腹の上に鶏あげくん激辛をのせて去って行った。
こんな物で私は釣れない!! 大好きだから食べるけど!!
ゴロン……と横になったら、入り口に……お父さんが見えた。
ふすまの隙間からじ~~~っと見ている。怖いんだけど!!
私は身体を起こして、ツンツンと隼人さんの袖を引っ張った。
「あの、隙間から見てるのが父です、すいません、怪しくて……」
「ご挨拶を」
隼人さんはスッ……と立ち上がってお父さんのほうに向かった。
お父さんも覚悟を決めたのか、ふすまを開けてこっちに歩いてきた。
「……晴日の父です。今日はご苦労さまでした。すばらしい紅でした」
「一ノ瀬隼人と申します。晴日さんとお付き合いをさせて頂いています。ご挨拶が遅くなりました」
「ほおおお~~、本当に良い声だねえ~~。いやあ、前よりもっと家に帰らないから楓に聞いたら彼氏が出来たとか聞いてね、それにつれてくるとか言うからさ~、いや~~、今すぐ結婚しろとか言わないからさ、飯だけでも食べさせてやってよ。もう俺に似て仕事ばっかりするから、コイツ」
「分かりました」
「いや~、良い紅だったよ~。今度家にも来てくれよ。うちはデカいからよ、何人でも泊まれるから」
「ありがとうございます。お邪魔させて頂きます」
「いやいや、家が商売してると休み取るのは至難の業だ。来てくれてありがとうね。俺も少し抜けてきただけだ。いや~~晴日をよろしく頼むよ」
お父さんは隼人さんと挨拶して、私を一瞥だけして、仕事に戻って行った。
地元で大工をしているお父さんはずっと忙しい。
こうして紅に来たのははじめて見た。
隼人さんに会いに来たんだろうな……と思ったら、嬉しいけど恥ずかしくて、とりあえず激辛鶏あげくんを食べた。
私の頭を隼人さんが優しく撫でる。
「良いお父さんだな」
「なんとも言葉を返しにくいですが……私の地元に来てくれて、嬉しいです」
「俺は家族が少なかったから……こういうのは楽しい。劇団に疑似家族を求めたけど、今のが楽しい。ありがとう晴日」
「でももう、紅には来ません!!」
「悔しいな、俺は勝負事に負けるのは嫌いなんだ」
「いやいやいや、負けて勝つという言葉を贈りますよ」
「晴日に穴に落とされたし、渉くんを捕まえてない」
「いやいやいや……地理を知るアドバンテージってやつですよ……」
そこに渉が飛び込んでくる。
「おい、晴日。幹太が車で泣いてるぞ。晴日が結婚しちゃうって泣いてるぞ」
「黙れくそ渉!!!」
私はもう疲れから容赦がない。
渉の腹に向かって思いっきり肘を入れる。
隼人さんが爆笑しているが、もうとりあえずおにぎり屋さんに帰りたいです……。
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