第31話 琥珀のしっぽ(晴日視点)

「琥珀さんが紹介してくれたエステ、すっごく良かったの」

「ミサキさん……? わたくし、その話、初耳ですけども?」


 映画の撮影が始まった。

 出資ドラゴン、脚本ドラゴン、主演琥珀のドラゴン祭りの映画だが、ミサキの役が美味しいのでそれでよい。

 最近は映画の前にネット配信サービスで短編を流して様子を見るのが基本らしく、まずはその短編の収録だ。

 ミサキは控室で、これまた琥珀から差し入れされた巨大マカロンを食べながらご満悦だ。


「えー、でもエステに琥珀さんが居たわけじゃないし~。少しお肌が疲れてるみたいだから、エステ紹介するよって。もうすっごく良かったの」

「簡単に釣られてるじゃない!」

「ほんにゃころにゃいよ~~」

「口の周りにマカロン付いてる! ていうか、そんなスーパーカロリーなもの食べて大丈夫なの?」

「こんな可愛くて大きなマカロンはじめて見たよー。食べるの勿体ない」

「めっちゃかじってるじゃん」


 もうツッコミが追い付かない。

 ミサキがドラゴンに所属してから、琥珀のロックオンはパワーアップしてるように感じる。

 問題なのはミサキに危機感がない所だ。

 舌をペロリとだして目を細めた。

 

「別に襲われるわけじゃないし~、エステ奢ってもらって、美味しい物食べて? どこに行くにも個室で、お姫さま扱いしてくれるんだよ。それにわりと出かけてるけど手を出してこないよ? 案外硬派なんじゃない?」

「ぜーーーーーったい騙されてる。みんなそうやって騙されてヤラれて捨てられてるの」

「でもさあ、別に普通の恋愛も同じじゃない。ちょっと気持ちよく扱ってもらって、終わったらバイバイ。違うの?」

「ミサキがそれでいいなら良いけどさあ~~陵はいいの?」

「陵は……最近連絡が返ってこないの」


 ミサキはぷ~と膨れた。

 なるほど。陵が構ってくれないから琥珀がつけ入る隙が出来ているようだ。

 私はミサキが撮影に入ったのを見て、陵にLINEした。

 するとすぐに『面白いもの撮れた。晴日とミサキに見せたい』と入った。

 これは琥珀のしっぽを掴んだ?

 私は『超楽しみにしてる!』と返信して、スケジュールを確認した。

 この後は3時間くらい空きそうだ。会社に戻って仕事しようと思ったけど、何か掴んだならそっちのほうが気になる。





 連絡をもらって陵のマンションに来た。

 陵のマンションは駅直結で、下には巨大な商業施設がある最高の立地だ。

 駅に直結してるのに陵には専属の運転手がいて、都内を車で移動している。

 セレブすぎるでしょ! 

 陵はソファに腰かけて口を開いた。


「うちが持ってるホテルあるだろ」

「人生で一度もでいいから言ってみたいセリフだわ、それ……いや、まあいいや、続けて」


 ミサキは久しぶりに会う陵に少し不満げらしく、いつものように甘えていかない。

 窓際のソファーに座って無言でスマホをいじっている。

 最近陵は事務所を辞めて、医大に入るための予備校に通い始めた。

 曰く「今までサボったぶんを取り戻す」らしい。

 親御さんにもえらく感謝されてしまい、想定外だった。

 まあけしかけたのは私だけど、本当に動き出すとは思っていなかった。

 ミサキと結婚したい一心だと思うけど……なんかそう言うとすごく一途な男だ。

 若干のストーカーを感じるけど、きっと私にだけは言われたくないだろう。

 私は出されたコーヒーを一口飲んで口を開いた。


「持ってるホテルって……ニュー・オリエント?」

「そうだ。あそこは1~15階がホテルで16~18階はマンションなんだ。19階はうちの持ち物。俺がこの前親父に会いにホテルに行ったら、エレベーターで琥珀と女に会った」

「マジで? 女子高生?」

「違う。そのエレベーターはマンション住人専用なんだ。住人しか動かせない。運転手に張らせて確認したら地下の駐車場で毎回キスしてるらしいから、ガチな相手だと思う」

「相手は?」

「帽子を深くかぶってマスクしてて分からない。エレベーターで会うだけだけど、会う時間帯がなんとなく分かったから、変装した状態で接触して、録音モードにして声だけ抑えた。晴日、お前なら分かるかも知れないだろ」

「……聞かせて」


 ここにきて聞き耳探偵・小清水晴日出動。

 でも琥珀周辺の関係者なら、分かるかもしれない。

 音声を再生する。

 陵なりに考えたようで、ちゃんと会話にして拾ってきていた。

 耳に精神を集中させて音を拾う。 


陵『何階ですか?』

女『地下二階でお願いします』

陵『(先におりる・その時に鍵をわざと落とす)』

女『あ、落としてますよ! ……間に合った。良かったです』

陵『ありがとうございます』


 私は頭を抱えた。

 ……この声を知っている。

 とても知っている。

 私は深く息を吐いて、確かめるように言った。


「この声、犬飼さんじゃん」


 陵もミサキも絶句した。

 でも私には確証がある。何度も一緒に仕事してる人の声なんて、絶対忘れない。

 はきはきしてて強い語尾、間違いなくドラゴンの専務、犬飼さんだ。

 二人がキスする関係……専務をつまみ食いはあり得ないし、たぶん彼女なんて甘いものでもないだろう。

 おそらくだけど、犬飼さんと琥珀は結婚しているのでは……?

 私は慌てて犬飼さんの写真を検索する。

 すると左手薬指に指輪をしていた。

 うーん……限りなく黒に近い。

 だからドラゴンは地味な技術職だった犬飼さんを専務にしたのでは……? 

 でも真実なんて、芸能関係の探偵を入れても……分かるかどうか怪しいレベルだ。

 このマンションも契約者しか入れないし、ホテルが一緒になってるからセキュリティーも高い。

 陵の家が部屋を持ってるとはいえ、写真なんて撮れないだろう。


「は? 結婚してる男とか、マジきもいんだけど」


 ミサキは右手の中指にしていた指輪を投げ捨てた。

 ていうか、それ高そうだな~~と思ったら琥珀からのプレゼントかい!

 呆れる私をしり目に陵がミサキに近づいた。


「ずっと琥珀のこと追ってて、淋しくさせた。ごめん」

「……いいよ。私もバカだった。一緒にお風呂はいろ?」

「おいで」


 二人はトコトコと巨大なお風呂に消えた。

 おーーーーーーーーーーい、私の存在~~~~???

 私は「2時間後にはスタジオ戻るからね!!」と叫んで陵の部屋から出た。

 データを貰った音声を再び聞いてため息をつく。

 犬飼さんはたぶん……全部知ってて甘やかしてるのだろう。

 そんな気がする。


「……はあ」


 仕事が出来るのにアホな男とキスするなんて……もったいなくないですか、犬飼さん!!




 陵の家から帰る車の中、ミサキはプリプリと怒っている。


「結婚してるのに浮気する男はクソ。世界で一番嫌い。ゴミクズうんこ」

「さっきまで目をキラキラさせてたのに……」

「普通の恋愛と不倫は全然違うでしょ」

「まあね」


 それにミサキは父親のこともあったし、不倫する男を世界で一番ランクに嫌っている。 

 もうこれで琥珀に近づかないのは安心だけど、これから一緒に仕事するのに……。


「ねえ、これから琥珀と撮影だけど、大丈夫?」

「それとこれは別。俳優の琥珀さんは別。私に声をかけてくる男の琥珀はこれから一切なし」

「だからミサキは売れると思うの。がんばろ!」

「さっき陵、すっごく優しかった……今日お泊り行くから、明日は陵の家から行くね」

「あいあいさ~~~」


 もうどれだけアホが来ても陵がいれば大丈夫なのでは……と思ってしまう。

 私が気を使うべきはミサキの恋愛じゃなくて、陵のコンディション作りなのでは。

 スタジオに戻ると、琥珀がすぐにミサキの所にきた。


「ミサキちゃん、待ってたよ」

「琥珀さん、お待たせしました~。そういえば先日のエステ最高でした、ありがとうございます!」

「良かったでしょ。……あれ? 指輪は?」

「ミサキもっと指輪あんまり好きじゃなくてー。バッグが欲しいですー」

「どんなのが好きなの?」


 ひえ……物を貰う人に切り替えた。

 ミサキは毎回1つのお気に入りバッグを買って、その後同じバックを色んな人から貰って、それを全部売っている。

 バッグロンダリング!!

 でもその対応が正解だと思う。

 男としては気持ちが悪いウンコだと思っても、仕事相手として付き合える女は強いと思う。

 だからこそ、ミサキを守ってあげたいなあ……と心底思う。


 撮影が始まったので隅に移動して、犬飼さんの履歴を確認する。

 見ると琥珀の一番最初の仕事は、犬飼さんが始めた朗読劇だった。

 すごく地味な仕事。

 そこから二人三脚で売れてきている。見つけたのも、育てたのも犬飼さんなんだ。それこそ6年以上前から。……知らなかった。

 功績を認められて専務なのかな。会社が何も知らないはずがないから、容認されてるのだろう。

 むしろ琥珀の面倒を見ろ……的な?

 分からないや。

 とても仕事出来る女性で、尊敬してる人だから……ものすごくモヤモヤする。

 そして固く決意した。

 かならず琥珀のしっぽを掴んで、悪事の全てを晒してやる、と。

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