第21話 過去と今と君と(隼人視点)
「すいません、なんだかすっごい仕事量になってしまったので、一週間、ご飯を一緒に食べるのは無理そうです……」
「分かった」
朝食後、晴日さんは「はあああ~~~」と深くため息をついた。
そして俺のほうをチラリと見て、四つん這いでトコトコ移動して膝の間にクルリと丸まって入った。
身体を小さく丸めて俺の腕をつかみ、自分の顎の下に持ってくる。
そしてトンと顎を置いて「ふー……」とため息をついて更に丸まった。
あまりに小さくて可愛くて、俺は顎まくらにされてない方の腕で晴日さんを優しく包む。
すると「んふ」と目を閉じて身を任せてくる。
前から思っていたけど、晴日さんは小動物っぽい。
俺に抱っこされた状態で晴日さんは、
「ちょっとやってみたいことがあって。週末にドラゴン殴り込みいきますからね、隼人さんもきてくださいね」
「分かった……」
そう答えたがよく分からない。殴り込み?
俺の腕をアゴ枕にしてムフムフと言いながら頭を上下させて、晴日さんは会社に行った。
充電ポイントか何かになった気分が味わえるが、可愛いので許してしまう。
それから数日、晴日さんは日中2時間程度眠りにきて、夜中も朝も関係なく家を出て行き、仕事をしていた。
たまにおにぎりを買いに来るときも仕事相手の人と一緒のようで、難しい顔をして話をしている。
でも俺の顔を見ると「ぱああああ」と笑顔になって胸元で小さく手を振るから頭を撫でたくなって困る。
最近ずっと朝と夜ごはんを晴日さんと食べていたので、副菜をつくる癖が出来ていたが、一人だと前よりも適当な飯になり自分でも驚いた。
ひとりで食べても恐ろしいほど味気ないし、お腹に入ればなんでもよい。
そもそも誰かが食べてるのを見るのが好きでおにぎりを手伝い始めた所もあり、晴日さんが食べているのを見るのは好きだ。
食後に晴日さんが甘えてくる時間も、予想よりも大切な時間になっていたようだ。
10年間ひとりで食事をとり、ひとりで居たのに。
せめて起きるときに少しでも寄ってくれれば……と寝ていた時に二階を覗いたが、大きなヘッドフォンをしたまま気絶するように布団の上に倒れていて驚いた。
ヘッドフォンを外して片づけて、布団をかけて部屋を出た。邪魔しないほうが良さそうだ。
俺は久しぶりにおばあちゃんの顔を見ようと思い、駅前で花を買うことにした。
おばあちゃんは元気だったころ、テレビで見たひたち海浜公園に行ってみたいと言っていた。施設に入所も決まり、最後に一緒にいくつもりだった。
でも俺が生返事をして出かけたあの日……おばあちゃんは事故にあった。
どんどん認知症が進んでいて、正直辛い。
あれほど可愛がってもらっていたのに、俺のことを見ても他人のように接されるのが辛い。
愛された消えない記憶は残酷で、消せない過去を見せつけるだけ。
ひたち海浜公園に咲く花……ネモフィラと菜の花の水色と黄色の花束を置いて帰る……それだけを何年も続けている。
自己満足だという事にはもう気が付いている。
でも今さら何もできないのだ。
仕事を終えて花束を買い、桃源・特別老人介護ホームへ向かう。
黄色と水色と白の花畑。
初めて買った時は恥ずかしかったが、もう慣れた。
華やかな色と香りは心を少しだけ丸くする気がする。
手を念入りに洗い、消毒を済ませてマスクをして中に入ると新田さんが「あら隼人くん、久しぶりね」と声をかけてくれた。
新田さんはこの施設で長く仕事をしてる方で、最初から俺のおばあちゃんの世話をしてくれている。
外が暗くなってきた施設の中を新田さんと歩く。
「房江さん、さっきまで起きてたけど、どうかなー」
「体調はどうですか」
「あー、最近はね、結構元気なのよ。ふふっ」
新田さんは口元を押えて笑う。
少しでも明るい話題を聞くと嬉しい。
部屋につくとおばあちゃんは眠っていた……しかし頭に大きなヘッドフォンをしている。
これは……?
「あらら、あららら……と」
新田さんはそのヘッドフォンを外して装置ごとサササと奥の引き出しの上に移動させた。
俺はそれをみて、ふと思い出した。あのヘッドフォン、見たことがある。
新田さんが片づけたヘッドフォンを手に取ってみると、それは晴日さんが使っていたものと同じだった。
新田さんは「あら……あらら……まあうん……しかたないわねえ、無理ってもんよねえ、隠しきれないわよ」と笑いながら説明してくれた。
晴日さんが表の公園で靴投げしてて、偶然ここに来た事。
そして美和子さんにおばあちゃんを紹介してもらったこと。
俺の怪我の事も、事故の事も、なんとなく気が付いていること。
でも何も聞かずに、たまにここに通ってくること。
「そんでね、最近これを持ってきて。房江さん、もう気に入っちゃって」
それは二世代ほど前のスマホに見えた。
パスワードはかかっていない状態で、中には、俺が昔出ていた舞台がデジタル化された状態で入っていた。
分かりやすいように画面はシンプル、単純に何本か動画が入っている状態だ。
スマホは持ちやすいようにラバーカバーがされていて、首から下げられるようにネックストラップ。持ちやすいように大きなリングがついていた。
そして待ち受け画面は、俺が贈った水色と黄色と白の花束だった。
あの人は本当に……何を。
胸がいっぱいで、痛い。
「晴日さんの何が面白いって『ここが最高じゃないですか?!』って房江さんの前で一人舞台始めるのよ。私もう我慢できなくて録画しちゃった」
その新田さんのスマホの中に晴日さんが楽しそうに俺が出た舞台を演じている動画が入っていた。
動画を見ながらセリフを言って「きゃあああここですよ、ここ!」と興奮して、また動画を見てセリフをみて……を繰り返している。
晴日さんの横で、それをほほ笑んでみているおばあちゃんの笑顔が見えて……俺は胸元の服を掴んで言葉を失った。
「ね、分かってるみたいなの。これが隼人くんの真似だって。房江さん分かってるみたい」
「……そうですね」
もうそれしか言えない。
動画は過去1年分……舞台数にして5本ほど入っていた。
舞台は2時間弱あるから、結構大変な作業だろう。
ふと思い出した、塩野さんの所で似たような作業をしていた。そのデータと同じものなのかもしれない。
新田さんに聞くと、
「もうね、ここまで嗅ぎつけて入り込んでるのがバレると恥ずかしいから、全部塩野さんがしたことにしてくださいって晴日ちゃん言ってたんだけど、塩野さんなんてデジタル強くないからバレるに決まってるわよねえ。このヘッドフォンもだいぶ変わった物らしいわよ。声が聞きやすいやつ? 晴日ちゃんデジタル強いのねえ」
「そうですね、今までも誰もデータにはしてなかったですからね」
「なんか画面も昔の画像を見やすく? 特殊加工してるみたいよ。色々と得意げに話してくれたけど、全然分からなかったわあ」
晴日ちゃんには秘密ね? と新田さんは笑いながら部屋を出て行った。
俺はおばあちゃんの寝息を聞きながら、暗い部屋で晴日さんがデータにした昔の舞台を静かに見ていた。
色々しっている相手だと、逆に気を使って何もしない、できない。
でも晴日さんの言動はシンプルで、しがらみがないからこそ、真っすぐに届く。
動画の中には『隼人さんスペシャル』と書かれた、俺が出演している部分だけを切り出したものもあった。
その動画が入ったスマホは、ばあちゃんの手にしっかりと握られていた。
その手は俺が過去に握れなかった手。
俺がもう戻れないと、もう二度と繋ぐことができないと、嘆き続けた過去のばあちゃんの手を、晴日さんが真ん中に立って繋いだんだ。
……どこまであの人は……。
俺はヘッドフォンとスマホを枕元において、おばあちゃんに布団をかけて施設を出た。
どうしよもなく晴日さんに会いたい。
おにぎり屋に帰ってきたが、やはり晴日さんは帰ってきていない。
週末金曜日が決戦だと言っていたので、今日木曜日は帰ってこないだろう。
俺はどうしようもなく痛む胸を抱えたまま、部屋に帰った。
明日の夜には会える。
今までで一番、晴日さんに会いたかった。
会いたくて会いたくて、仕方ない。
胸が痛い。
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