第20話 晴日は惚気たい
「ミサキちゃん、いいね。次行こうか!」
「はい、よろしくお願いします!」
今日は朝から撮影スタジオに来ている。
ミサキは調子よく撮影を進めている。
予定数を超える速度できてるから、番宣のコメントも撮れそうだ。衣装持ってきてよかった。
やっぱりドラゴンの仕事はお金が使えるからいいなあ~~。
私は机に資料を広げながら思った。
うちの会社、美空社ではこんな大きなスタジオ使えないもん。
ミサキはついにドラゴンのネットメディア部の高校生部門に所属することが決まった。
ずっとうちの会社……美空社所属の読モだったけど、次々と仕事が舞い込むようになり、宝の持ち腐れになってきていた。
犬飼さんに誘われていたけど、父親のこともあったのかミサキはずっと断っていた。自分が働けば働くほど大嫌いな父親の所にお金が入るのだ、当然だろう。
でも今回それも落ち着いて、本当にやりたいことが何なのか考えられるようになったようだ。
「私、頑張ってみる。やってみたいの」
そう言われた時に応援しない読モ担当がどこにいる。
正直「(ドラゴンか……)」と思ったけど、ミサキが仕事に集中できる環境になったことが嬉しかった。
現場ではワガママで使いにくいと言われていたけど、それは父親のストレスも大きかったようで、今は意欲的に仕事をしていて好評だ。
「あのね、晴日さんに沢山相談に乗ってほしいの。そんで現場にも来てほしいの。それが一番安心するから」
そんなこと可愛いミサキに言われたら「行くよ行く行く~~」である。
メディア部なら専務は犬飼さんだし、ドラゴンの中でも安心できる。
大きな映画の親友役も決まったようで、これからが楽しみだ。
そして私は映画の収録スケジュールを見て白目剥いてる……付き合うのも限度があるのでは。あげく主演琥珀。燃えろよマジで。
で・も!!
ナレーション担当に光り輝く『楠みぞれ』……隼人さああん!!!
ナレーション収録は関係なくても行こう。ミサキのサブマネージャーだからね、仕方ない……仕方ないね……。
撮影の状況を確認しながら、記事を書く私の横に陵が来た。
「俺もドラゴン入る」
陵はミサキがドラゴンに入ったことを喜んでいるが納得していない。
琥珀の近くにいくのだから、当然だろう。
私は記事を書きながら話す。
「陵さあー……家が大きいからドラゴンに入るのは余裕だけど、それでいいの?」
「家柄も俺の一部だ」
「正直芸能界ではミサキと陵とでは格が違うよ。たぶんミサキはドラゴンの力があればトップまで行ける。でも陵は難しいと思うよ、私は。だから」
タン……とキーボードを叩く。
「陵は真面目に勉強して『権威ある何か』になったほうがミサキをゲットできると思うけど」
「それはなんだ」
「医者とか社長とか弁護士とかよ」
「家は兄が継ぐ」
「ミサキは家の会社とか継ぐような普通の男には見向きもしない女優になると思うよ。このままドラゴンに入るのは簡単だけど、その場合『琥珀の後輩』よ? いいの?」
「殺す」
「だから、社会的に殺しなさい。私なら皆知ってるような有名大学に入って、サークルで金使って女食い散らかしてストレス解消して、でも仕事で疲れたミサキを誰より愛して、自分は勉強して医者あたり目指して24才くらいでちょっと疲れたミサキを捕まえて結婚するけど?」
「お前、マジ怖いな」
「は? ミサキが欲しく無いの? ちゃんと考えなさい。琥珀の後輩なんて勝てるプランがないならやめろって話。陵には金も家も頭もあるの。今持ってないのは立場だけよ」
「……考える」
「応援してる」
陵は帰って行った。
陵の実家は不動産会社を経営している超大金持ちだ。挨拶をしにご自宅に伺った時も度肝を抜かれた。
正直竜宮院グループの狸宅とほぼ同格の家サイズ。この前のパーティーもモデルとしてではなく、本山家のご子息が来ている……といった扱いだった。
芸能関係の社長たちがゾロゾロと挨拶にきていたが、陵は「はあ」的なレベル。
なにしろ陵には超優秀な兄貴がいて、そっちがバリバリ仕事を引き継ぎそうなので、陵は実に適当に生きている。
でも私は知っている、陵が本気でミサキを愛してる事。
そして誰よりミサキに優しいこと。
今は適当にしかやってないけど頭も良いこと。
あふれ出す厨二力も将来有望だと思う。やっぱり人間グツグツしてないと!
私はカーテンのほうをチラリと見て咳払いした。
「ミ~サキ。出ておいで?」
「……いつから気が付いてた?」
「陵と話し始めてから。カーテンの下からヒールが見えてましたよ、お嬢さま。陵からは見えてないと思う」
「うん……ありがとう……」
陵と話し始めたとき、反対側の入口近くのカーテンが揺れたのを見ていた。ミサキはカーテンの後ろからトコトコ出てきて、私の横にチョコンと座った。
私は温かいお茶を出す。そしてチョコクラッシュクッキーも。
ミサキはカリッ……と齧った。
「陵が、好きだけどなあ……」
「そうね、キープしておくには良い男だと思うわ、放置したら他でエッチするかもしれないけど、上手くコントロールしたら一生ミサキを愛すわ」
「浮気する男は、絶対やだ」
「陵は、ミサキがちゃんと愛したら浮気しない男よ。それに褒めたら医者でも弁護士でも社長でも何でも目指しそう」
「お医者さんがいいなあ。ミサキの頭、空っぽだもん」
「ミサキは空っぽの所がいいのよ。だから服も、物語も、世界も、ミサキを彩れる。ミサキは空っぽで居なさい。そしてドラゴンでのぼりなさい」
「頑張る」
ミサキは自分だけドラゴンに行ったことを悪いと思っている。陵を見捨てたと思っている。でも違うのだ、それも伝えたかった。
二人の分岐点は今。道が分かれたほうが上手くいく恋愛は多いと思う。
距離にすがるから壊れるのだ。
ミサキはポリポリとチョコクラッシュクッキーを食べながら口を開いた。
「……ねえ、晴日ちゃんさあ、私見たんだけど。おにぎり屋さんの隼人さんと、めっちゃイチャイチャしながら商店街歩いてたよね?」
「ぐへへへへへ……見ちゃいました?」
「晴日ちゃんって、隼人さんの話になると知性が吹き飛ぶの何で?」
「聞いてくれる?!?! 実はず~~~~~~~~っと惚気たかったの、もうずっと惚気たかったの、すっごい惚気たかったの~~~~」
「ミサキちゃんはお仕事する。ミサキちゃんは売れることにする」
「聞いて聞いて私の惚気聞いて、すごく長いの!! 3時間くらい話せると思う、我慢してたのっっ!!」
「おはようございまーす。うわー、人間の屑がいる~~~」
「桜ちゃんだ~~~!」
結局私は会議室に放置された。
なんなのよ、もう。
頑張ったんだから、誰か私の惚気を聞いてよ!!
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