第7話 もう迷わない


 月曜日、私は国立国会図書館へ向かった。

 ここは日本中の新聞を見ることができる。それは過去もすべて網羅してあり、調べ事がある時はいつも来ている。

 うちの出版社は癒着を防ぐためなのか、2年で部署を移動になる。

 去年までいたのがゴシップ関係の雑誌だったので新聞の調べ方には慣れている。


「たぶんこれだ」

 

 それらしい記事を見つけて私はファイルを拡大した。


------------


 認知症による徘徊中の事故 高齢女性と高校生がトラックにひき逃げされる。


 28日午前4時30分ごろ、県道で高齢女性と高校生がトラックにひき逃げされる事件が起きた。

 警察では目撃情報などからトラック運転手の男を逮捕した。


 高齢女性と高校生は顔や手などに重症を負ったが命に別条はない。


------------


 記事には高校生が高齢女性を間一髪の所で守ったことなどが書かれていた。

 新田さんと美和子さんから聞いた情報と一致している。


 隼人さんはご両親が日本にいなくて、ずっとおばあちゃんに育てられていた。

 そして学校に通いながら、房江さんの認知症の介護を手伝っていた。

 でも徘徊の症状がひどくなり、入所が決まった。

 来週の誕生日、大きな公園に出かける約束をしてて、そこにいった後、入所させます、それまでは自分も一緒に見ます、と言っていた。

 ある日、隼人さんが学校にいっている時、ヘルパーさんが一瞬目を離した隙に房江さんは家を出て、行方不明になった。

 隼人さんが道路に座り込んでいた房江さんをトラックから守った……と聞いた。


「隼人くんはずっと自分を責めてる。もっとちゃんと見てるべきだった。誕生日にこだわるべきじゃなかった、早く入れるべきだった。ずっとずっと後悔してる。あれからずっと自分を罰するように、ただここに花を運んで静かに生きているの」

 美和子さんは静かに言った。


 心が痛くて何も言えなくなって、私は仕事を放り出して国立図書館で一日ぼんやりした。

 誰も悪くないし、何も言えない。

 ただ一つ憶測だけど……。

 私は図書館を出て隼人さんがいつも花を買っている花屋に向かった。


 房江さんの誕生日は5月1日。

 そして隼人さんが房江さんにいつも渡している花束は水色と白と黄色。

 大きな公園……隼人さんが房江さんを連れて行きたかったのは、ひたち海浜公園じゃないだろうか。

 あそこは5月にネモフィラと菜の花が咲く。

 隼人さんは連れていけなかった公園の花の色を、ずっとプレゼントしてるんじゃないだろうか。

 認知症の症状が進み、房江さんは隼人さんのことを覚えていない。それでも静かに、ただ愛を伝え続けているんだ。

 10年以上もずっと、後悔と共に。

 ……なんてつらくて、優しい人。

 唇を噛んで顔をあげて、お店の人に声をかけた。


「……すいません、水色と白と黄色で花束を作って貰えますか」

「はい了解です」


 私は隼人さんがいつも買っているのと同じ花束を買うことにした。

 花の色は沢山あるのに、房江さんが持っていた写真の花束はすべてこの色だった。

 ただ好きな色なのかもしれない。でも……わからないな、全部。

 これは私のただのカンだ。

 

「おまたせ。こんな感じでどうかな」

「いいですね」


 私はお金を払い、花束を受け取って歩き始めた。

 抱えて歩くとふわりと甘い香りがした。

 隼人さんも買うことで少しは自分も癒されているのだと信じたい。

 そうじゃないと、こんなのつらすぎるから。




 暗くなった19時すぎ。私は迷いなくおにぎり屋さんに向かった。

 丁度隼人さんが閉店準備をしている。

 私は花束を持って隼人さんに近づいた。


「こんばんは」

「……こんばんは」

 

 隼人さんは私と花束を見て、少し不思議そうに頭をさげてくれた。

 私は持っていた花束を隼人さんの方にむけてグイと押し付けた。

 隼人さんは「?」といった表情でそれを受け取った。

 私は迷わず口を開く。


「私、隼人さんのこと好きなんです」

「?!」

 

 隼人さんが今まで見た事がないような驚いた表情で私の方をみた。

 私は続ける。


「実はずっと隠れてみてました。でももう影から見てるんじゃなくて、隼人さんを好きな人が居ますと、ちゃんと伝えたくなりました。私、隼人さんのことが好きです」


 隼人さんは私をまっすぐみて口を開いた。


「君の気持ちは嬉しい。でも俺は君のことをよく知らないし、色々あって、今は彼女という存在がほしいとは思わない、ごめん」


 気持ちは嬉しい……嫌われてはない。

 色々あって……夜出かけていることだろうか。

 あまり立ち入られたくない……ということだろう。

 違う、私は隼人さんのなかを荒らしたいわけではない。

 そのままの、今のままの隼人さんを好きだと伝えたい、知ってほしい。だから伝えたのだ。

 頭をひねって言葉を探しだす。


「あの、私を好きになってほしいとか、見てほしいとかでは無いんです。私は、好きって気持ちを伝えて……それを嫌がられない……好きでいても良い人になりたいんです。ああん、なんかわかりにくい……とにかく好きって伝えたい。もっと隼人さんのことを知りたいです。私のことを知らないなら、まずお友達になってください! もっとお話がしたいし、できる人になりたい。だからとりあえず……美和子さんの舞台、連れて行ってくれませんか? 演劇とか見た事ないんです。……ダメですか」

 

 私は浮かんだ言葉を恐ろしい速度で吐き続けて、やっと息を吐いた。

 すると一気に冷静になってきた。

 ……これ、大丈夫?

 ストーカーをこえた脅迫になってない?

 自分が何を言ったのかよく分からず、突然冷静になったら心臓がバクバクしていた。

 国立図書館で記事見て、誰にも知られず、ただ花を送り続けている隼人さんを知った。認知症が進み、伝わるか伝わらないか分からない。それでも隼人さんはずっと約束の花を持って通っている。


 私は、ちゃんと伝えられるじゃないか……と思った。

 伝えられる人がいるのに、伝えられる状態なのに、何をしてるんだろうって。

 伝えないで後悔したくない、と思った。


 そこからテンションおかしくて、花屋で花を買ったら一気にスイッチ入っちゃったけど、突然告白って……。

 私は考えすぎて頭が痛くなってきて、うつむいて唇を噛んだ。

 正直ドン引きされてもおかしくないレベルのことを言っている気がする。

 俯いた視界に隼人さんの靴のさきっぽが見えた。一歩前に進んできている。

 っ……。

 心臓が痛い。

 私は胸元の服を掴んだ。

 何を言われるのか、怖い。覚悟した私の頭に甘い声が降ってきた。


「まずは君のことを教えて。連絡先を交換しよう」

「……はい!!!!」


 それは否定の言葉じゃなかった。

 私は安堵から店の前のベンチに座り込む。

 

「はあああ気が抜けた……すいません、ちょっとあの、完全に怖かった、ですよね」


 私の横に隼人さんが座る。

 うわ……近い……!!

 そしてLINEの画面を出してくれた。


「驚いたけど怖くはない、気持ちは嬉しい。それに……花束、貰ったのは初めてだ。貰うとこんな気持ちなんだな、ありがとう」

「っ……」


 突然来て言いたい放題言ったのに、真摯な対応に心が痺れる。

 隼人さんから一番最初のメッセージが入った。


『木曜日、19時、行ける?』

「いけます!!」


 私は横にいる隼人さんに答えた。

 隼人さんは目元だけで微笑んで、店に奥に戻って行った。

 好きです、もう隠れないで、伝える。伝えたい。

 私は隼人さんが好きです。

 まずはお友達から、よろしくお願いします!


 はあああ……緊張したああああ……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る