第40話 誰のために何をする(晴日視点)

「調子はどう?」

「余裕。だけど親がウザい」

「まあやる気なかった息子が突然医者になるっていったら、誰でも舞い上がると思う」

「親のためじゃない」

「そうだけどね。親はそんなの関係ないよ」


 夜、スタジオに陵がミサキを連れてきてくれた。

 どうやらデート終わりらしい。

 二人は順調に交際を続けているようだ。ミサキは売れ始めてきているけど、陵の金で個室や高い店をメインにデートしてるので安心感がある。

 陵はモデルをやめて勉強にシフトした結果「予想以上に簡単」らしく、最近ゲームにはまっているらしい。

 その名も『キル・ザ・ワールド』……ほんとこのゲーム流行ってるな。

 近くの介護施設でめっちゃ本気でやってるよと言ったら「そこはG&Bというチームだな。強くて有名だ」と言っていた。

 そして見学したいというので連れて行くことにした。


「医者って言ってもさー、幅広いじゃん。何するの?」

「一ミリも決めてない。なんならなぜ医者になるのかと問われたら、ミサキと結婚したいからだ」

「清々しいね。入ってから色々やって、決めるんでしょ? とりあえず大学合格しないとねえ」

「それは余裕だ」


 やだ頭がよくてムカつく……。

 もうとりあえずミサキが不幸にならなければ個人的には何でも良い。

 私は陵を連れて老人保健施設に向かった。

 今日は『キル・ザ・ワールド』の公式大会があると美和子さんに聞いていたからだ。


 美和子さんは私と隼人さんが結婚してから、実質おにぎり屋さんの店長としてお仕事されている。

 月曜日の定休日もいつの間にか無くなり、いつ行っても開いていて、若い人たちが元気に営業しているので前より繁盛しているくらいだ。

 最近飲兵衛とコラボも初めて、美味しい塩唐揚げが置かれるようになった。

 もうこれがおにぎりと最高のコラボで常に買ってしまう。

 具沢山の味噌汁とおにぎり2つと唐揚げ1つで500円。神……。

 ここら辺はオフィス街なので、簡単に安く栄養バランス良く食べられる店は超貴重なのだ。

 美和子さん商売上手! すてき!

 




「晴日ちゃ~ん、丁度良かった~~」

「美和子さん、こんばんは」


 二階にいくと、美和子さんが駆け寄ってきた。

 陵は初めて見るゲームルームに驚いている。そりゃそうだ、食堂……静かな個室……を経て出てくる場所としては派手すぎる。

 最近ではVRゲームも導入していて、ゲーセンより未来感がある。

 しかもしているゲームはエロゲーで、理由を聞いたら「これを導入したら職員へのセクハラが減った」らしい。ゲームすごいな。

 それになんだろう……みんな同じヘッドフォンをしているように見えるが……。


「お揃いのヘッドフォンにしたんですか?」

 私が聞くと美和子さんは苦笑した。

「スポンサーがついたのよ、G&Bにね。最近勝つとすぐにプロのお誘いがあるのよね~」

「プロ?!」

 私は叫んだ。

「そうなの、分かる? 私たちのチーム名、G&Bって【じじい & ばばあ】 なのよ? 酔ってギャグで付けた名前なの。スポンサーにもそう言ったし、最悪ぽっくりもあるからスポンサーしても仕方ないって言ったんだけど」

「美和子さん、ブラックすぎます……」

「それはご老人でもみんなあり得ることだけど、ここは確率が高いでしょう。施設なんだから。でもね、このヘッドフォン、ご年配の方向けの商品なんだけど、営業さんが売り方に困ってて、引き受けちゃったわ」

「そんな商品があるんですね」


 メカオタクとしては気になるから、あとで見てみよう。

 美和子さんは両手をパンと叩いて、一歩前に出た。


「で! お願いがあるんだけどね、これから公式大会なんだけど、メンバーの内藤さんが熱で寝込んでるの。倒れるならゲームの中でお願いしたいわよねえ?」

「だから美和子さん……ブラックすぎますって……」

「もう頭合わせでいいから、晴日ちゃん出てくれない?」

「いやいやいやいや無理ですよ。プロチームに混ざるなんて。即死の晴日ですよ。あ、陵!! 最近やりこんでるんでしょ?」


 私は後ろで美和子さんのパワーに押されて黙っていた陵を前に出した。

 美和子さんが目を輝かせる。


「初めまして陵くん、ランクいくつ?」

「……ランクは78です」


 戸惑いながら陵は少し誇らしげに答えた。

 このゲーム勝たないとランクが上がらないので78はかなり高い。

 ちなみに私は13だ。14にあがって13に落ちる日々。残念すぎる。


「それなら普通には動けるわね。良かった~~、こっちきて?」


 そう言って美和子さんはゲーミングPCに陵を連れて行った。

 ランク78で普通?! じゃあ私の13は美和子さんの中で雑魚中雑魚だろう。うん知ってた!

 陵は偶然とはいえ強いチームの一員として参加できる状況を楽しんでいるように見えた。


「みんなを紹介するわね。私はキルバッキー。狙撃手よ」

「神じゃないですか!!!」


 ???

 いつも大声を出さない陵が叫んだ。

 3年くらい見てるけど初めて見た。

 美和子さんは「ちょっと頭狙うのが上手いだけよ~」とほほ笑んだ。

 いや違う、美和子さんのヘッドショットは精度が違う、怖いほど正確だ。

 美和子さんは移動して、世の席に座っている車いすのおじいちゃんを紹介した。


「そしてこちらがモンタナさん」

「建築の神じゃないですか!! あの不夜城、俺感動しました」

「ゲームの中なら自由に動けるからね、まだまだ現役だよ」

「素晴らしかったです、あの城は。伝説ですよ!!」


 ???

 陵が別人のようにキラキラしてるけど、大丈夫?

 キャラ設定狂ってない?

 美和子さんは最後の一人を紹介する。


「こちらミイさん」

「死なぬ川のミイさんですか?!?!」

「イモってるだけよ~~」


 このゲームは4人が全滅したら終わりなのだ。

 だからとにかく最後まで生き残ってる人が強い。

 だからといっていつまでも隠れていたら、囲まれて即死だけど、この前した時もミイさんは川を作り出す技術で最後まで生き残っていた。

 陵は目をキラキラさせながら椅子に座った。

 モデルしてる時も琥珀ハメた時も、こんなに輝いてなかった気がするのだが……?

 まあ楽しいなら良いか。



 大会が始まり、四人は声を出しながらゲームを始めた。

 今すごく盛り上がっていて世界大会では高額賞金が出てることは知っている。

 今している大会はネット上の地方予選みたいなもので、ランダムで戦うのだが勝率が良いと次に進める。


 美和子さんが的確な指示を出す。

「陵くん、そこ見られてるから、出るなら地下から」

「はい」

 モンタナさんが城を築いていく。

「通路が欲しいなら4手先まで読んで言ってくれ。言葉が少ないぞ」

「わかりました」

 ミイさんは影のように飛んで移動していく。

「そこにいると死んじゃうわよ~~」

「はい!!」


 いつもクールキャラな陵が皆さんに指示されて必死に動いている姿が少し面白い。

 もちろん私がしたらもっと怒られてるだろう。

 ゴメン、陵……助かったわ……。

 チームは予選を突破して、決勝ラウンドに進むことになった。

 最初は緊張していたようだったが、陵はかなり役にたったようで「メインメンバーが入院したらヘルプで入る人」になったようだ。

 

「助かるわ、すぐに寝込むのよ、みんな」

「ですから美和子さん……?」

 おひとりで生活するのが大変だから入所されている方々なのでは……?

 建築の達人、モンタナさんが陵に向かって言う。

「なんや、陵くん医者になるんだって? だったら無敵の骨でも作ってくれよ。俺骨折して身体弱っちまってさ~~」

「……骨折はキッカケになりやすいですね」

 少し慣れてきた陵はモンタナさんと話し始めた。

「私には無敵の肺を頂戴? もう息が苦しくて」

「それは難しいですね」

 そう言って陵は苦笑した。

 

 そしてみんなお疲れ様~~と部屋に戻って行った。

 私は房江さんとお話したいから先に帰って? と言ったら陵はトスン……と力なく椅子に座った。

 そして口を開いた。 


「……医者になったら……患者がいるんだな」

「そりゃそーでしょ。いや研究職とかもあるだろうけど、基本的には病気があって患者がいるから医者がいるんじゃないの?」

「そうだな……患者がいるんだな。そうだったな」


 そうだった……そうだった……とブツブツ言いながら陵は帰って行った。

 あれだろうか。私がたまに本屋に行くとき、私が作った雑誌を買っている人を見ると「客がいるんだった!」と思うようなものだろうか。

 それを見たくて、感じたくて、たまに本屋にいくけれど。

 とりあえず……私の代わりに大会には出て欲しい。

 私は本当にゲームが得意ではない。

 美和子さんは普段優しいのにゲームだと鬼怖いからイヤだ。

 ほんの少し頭出しただけで撃ち抜かれるの怖すぎる。




 房江さんは元気かな? ……と部屋を見に行ったら、もう遅い時間なのにベッドに居なかった。

 新田さんが気が付いて声をかけてくれた。


「こっちこっち!」

「……頑張られてるみたいですね」


 最近房江さんは車いすで廊下を移動している。

 今までずっと新田さんに押してもらっていたけど、結婚式は一人で動きたいから……らしい。

 房江さんは、最近ほとんど隼人さんの事は思い出せてない。

 でも演劇を見に行って楠さんのファンになったらしく、毎日動画を見ている。

 そして楠さんの結婚式に招待されたと思い、運動を始めたようだ。

 隼人さんはとても嬉しいようで、積極的に舞台に房江さんを呼んでいるし……良かった。

 新田さんも心配だから付き添いで参加が決まっている。


「だって房江さん、ドレスも買ったのよ」

「ええ? めっちゃ楽しみです」

「私も買ったわ」

「ええ……? 無駄使いじゃないですか……?」

「こんな所で働いてるとね、結婚式より葬式のが多いの。だから嬉しいの!」

「……そうですか」


 私と新田さんは房江さんが頑張っている姿をいつまでも廊下で見ていた。

 結婚式はもうすぐだ。

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