第11話 掴まれた腕が熱い

「うおーい、昼やんけ……誰が電源落としたのよ……」


 布団しかない六畳間。

 私しかいないのに我慢できずにツッコミを入れた。

 19時すぎにおにぎり屋さんの二階に眠りにきて、21時には目覚ましをセットしておいたのに、太陽がめっちゃ昇っている、つまり寝すぎたのだ。

 スマホを見たら電源が落ちていた。本当に疲れてるときにやってしまう病気だ。鳴った瞬間に掴んで電源長押し、シャットダウン。やっちゃった。

 ため息をつきながら電源を入れたら、凄まじい量の通知がなだれ込んできた。留守電設定40、電話150、LINEの未読230。過去最高記録だ、やったね!

 はあ……電車で確認しよう。

 今日は15時から琥珀さんとミサキと陵が一緒の撮影をする大変な日だ。

 ばっちりメイクと服で武装する必要がある。今11時だから今すぐ実家に帰れば間に合う。

 私はスマホを掴んでおにぎり屋の裏側から出て荷物を掴んで電車に乗った。

 そして積み重なったLINEを確認していて、気が付いた。


「隼人さんからLINEが入ってる!」


 しかもメッセージは『起きたら教えて』だった。


「起きました!」


 と電車で叫んでも時すでに遅し。私は唇を噛んだ。

 ううう……起きて見たら震えるほど嬉しかったはずのに、もう電車に乗ってしまった。私は慌てて返信する。

『すいません、今LINEに気が付きました。もう電車に乗ってます』

 画面をじっと見て既読を待つが、今は昼時、忙しくてスマホなんて見ないだろう。

 隼人さんからLINEが来たのは演劇のお誘いをしてもらった時が最後で、これが二個目のメッセージ。めっちゃ気になるけど、撮影直行でおにぎり屋には行けない!


 

 強烈に後ろ髪引かれながらスタジオに直行する。

 建物に入ろうと思ったら、もうすでにミサキが駐車場でモデル立ちしていた。

 完璧に仕上がった立ち姿、凛とした表情……最高に美しいけどここじゃなくてスタジオでお願いします。

 ミサキは私を睨んで口を開いた。


「晴日さん、私、陵と撮りたくない」

「結局別れたの?」

 小声で聞きながら、中に入るように促す。

「別れたけど、昨日もエッチした」

「?? セフレになったってこと? それは陵も了解してんの?」

「陵、エッチ上手なんだもんー。もうわかんないよ、陵と撮りたくないーー、私のこと好きなのかな、なんなのー? じゃあなんで怒るのー? 嫌いなんじゃないのー?」

「嫌いな女と優しくエッチしないんじゃないかな」

「ううーん……でもさあ、なんか行動と言葉が真逆なんだよーー」

「言葉は難しいよね。気持ちと反対の言葉が出てくることもあるでしょ? 琥珀さんとの事は横に置いておいて、ミサキは優しくエッチしてくれる陵に対してどう思う?」

「……好きだと思う」

「まずその感情で撮ろ!」


 ミサキは「ううーん……」と納得がいかない表情で控室に戻って行った。 

 そして顔を上げると今度は目の前に憮然とした表情の陵が立っていた。


「琥珀を消したい」


 陵は真顔で眉毛ひとつ動かさずに言う。

 本当にやりそうで怖い……。

 私は慌てて自販機横のベンチに座らせる。


「ねえねえ、陵。合法的な死って分かる? それは社会的に死ぬってことよ。琥珀は、めっちゃ他の女の子食べてるの。手を出してるのはミサキだけじゃない。でも全然写真とか撮られないの。それは単純に琥珀さんの事務所がめっちゃ強いからなんだけど」

「消すわ」

「待て待て、陵は頭がいいじゃない。暴力使うのは最低レベルよ。陵の家は不動産会社持ってるでしょ。琥珀さんが持ってるマンションの情報はすべて送るから、同じ高さのマンションとか持ってないかな。同じ高さからなら写真撮れると思うんだ。女子高生と32歳がヤってる写真。そしたら琥珀は死ぬよ、社会的に」

「じゃあ写真撮らせる。住所を寄越せ」

「ほい、ほい、ほい、と今送った住所のが全部琥珀のマンション。あと、ミサキに優しくしてくれてありがとう」

「……ん」

「ミサキを本気でずっと愛せるのは陵だけだと思うの。すっごく応援してるからね」


 陵の家は不動産を多数持っている巨大企業だ。

 長男が家を継ぐので好き勝手に生きている次男なんだけど、性格は陰キャなクソ真面目タイプで何か調べ事をしている俺が大好きな厨二感あふれる男だ。

 社会的に殺してミサキを守るとか大好きな設定のはず。これで当分頑張ってほしいし、本当に尻尾を掴んでくれたら最高なんだけど。

 もういっそ陵の家の資金力で琥珀と同じマンションを買ってほしい。

 でも琥珀のマンションは芸能人ご用達のマンションだ。

 入り口が複数、地下の入り口しかない、登録車しか入れない……と難易度マックス。だから今まで全く写真が撮れてない、事務所も口が硬い、そして女からも割れない。その理由はわりと簡単で琥珀とエッチした女はみんな「美味しい仕事」を貰っている。

 大きな事務所は強いですね~~。

 みんな知ってるのに落とせない最低男が琥珀なのだ。


 結局ミサキと陵は良い感じに撮影を終わらせた。

 はああ……良かった。

 一息つく間もなく、入り口付近ががやがやとうるさくなってきた。

 撮影に何人もの人を連れてくる男なんてひとりしかいない。

 マネージャー二人が頭を下げながら入ってきた。


「晴日さん、今日はよろしくお願いします」


 琥珀さんが来た。私は一瞬で気合いを入れなおした。

 別に私の敵というわけじゃない、ただ近寄らせたくないだけなのだ、ミサキと陵に。仕事用のにこやかに笑顔を作って話しかける。


「おはようございます、今日はよろしくお願いします」

「晴日さんも週末のパーティー来るの?」

「もちろんです」


 私は静かに頷いた。

 週末に琥珀さんが所属しているグループ企業の巨大パーティーがある。

 新しくメディア部署を立ち上げるらしく、そこのお披露目らしい。

 当然ミサキと陵も呼ばれているし、一波乱あるのは間違いない。

 ……想像するだけで、心底疲れるけど、仕事だから仕方ない。

 私は笑顔の裏、心のなかでため息をついた。

 

 琥珀さんは休み時間のたびにミサキに近づいて触れようとして、それを見た陵が椅子を蹴とばそうとしているのを止めたり、ミサキと陵が仲良くお菓子を食べている所に琥珀さんが来てミサキだけさらっていったりするのを、つきまとって交通整理した。

 もう無理、三人一緒の撮影とかしたくない!!

 


 なんとか撮影を終えてLINEを確認したが、隼人さんは既読してるけどメッセージなし。

 うう……頑張ったからご褒美ほしい……。

 会社戻って真っ先におにぎり屋を覗いたけど閉まっていたし、電気もついてない。

 22時だから当然だ……辛い。

 明日の朝に期待しよう……とりあえず適当にご飯買おう……コンビニに向かう途中、偶然隼人さんに偶然会った。


「!! こんばんは」

「こんばんは」


 今朝のLINEのことが聞きたくて、私は棒立ちしてしまう。

 隼人さんが気をつかって私の背中に手を置き、通路の淵に移動させてくれる。

 何度か思ったけど、隼人さんの掌は大きくて触れられるとドキドキしてしまう。

 それに隼人さんはすごく優しく私に触れる。


「あの今朝LINE気が付かなくてすいませんでした。何か用事でしたか?」

「……いや、もう、いい」

 隼人さんは黙ってしまう。

 そうなると私も何も聞けない。仕事相手なら上手に立ち回れるのに、隼人さんを前にするとすべてが小学生になる。

「……じゃあ、行きます……」

 会えただけで、リアルに声が聞けただけでラッキーということにする。

 歩きだした私の腕がクッ……と掴まれた。


 振り向くと隼人さんが私の腕をつかんでいた。

 え……?


 振り向くと隼人さんと目が合った。

 まっすぐに私を見ている目、それに真正面から見られると胸が痛くて息が苦しくなる。

 隼人さんが私の腕を掴んだまま、口を開く。


「……手紙が嬉しかったから、お礼がしたくて。起きたらおにぎり持って行くから、と言いたかった」


 隼人さんは目をそらしながら必死に伝えてくれた。

 そんなの、


「……食べたいです」


 私は素直に答えた。隼人さんが朝から持ってきてくれるおにぎりなんて、超食べたい。

 あの朝みたいに、また向き合える。


「今日は……?」

「二階で寝ます。えっと、朝……おにぎり食べたいです」

「……じゃあ、LINEしてくれれば。それに、ちゃんと話したいことも、ある」

「はい!」


 ちゃんと話したいこと……? なんだろう。

 隼人さんは、はた、と気が付いて私の腕から手を離した。

 掴まれたところが、熱い。

 頬も頭も顔も、全部熱い。

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