第10話 伝えたい想い
「ヤバい……」
隼人さんからお借りした朗読劇を、会社に戻って早速再生し始めた。まだ会社に人が居たのでイヤフォンで聞き始めたのだが……ヤバい。耳元で響く隼人さんの素晴らしい声に身体がビリビリ痺れて快感でフニャフニャになってしまうのだ。
そもそも普通に横で話されても指先痺れるくらい好きなのに、その声を耳元で聞くのは無理だった。
でも隼人さんは「喜んでもらえると嬉しい気持ちを、思い出した」と言っていた。
18才まで舞台に立っていたんだから、表現の楽しさと賞賛の喜びは知っているのだろう。
私みたいなアホなファンが喜ぶ姿で良いなら、言葉で良いなら、伝えたいと思う。
だからさっきから聞いてるんだけど……破壊力がすごくてイヤフォンでは無理!
落ち着こう、本当に、落ち着こう。
私は大きく息を吸って、吐いた。
時計をチラリと見たら、もう当然終電はなくて、こんなことを2時間もしていると気が付いた。
今日中に終わらせなきゃいけない仕事があるのだ、まずそっちをしよう。
私はフォルダを開いた。
来月うちのグループ会社が全部関わるファッションコレクションがある。
その中で私が抱えている読モ何人かがメインで出演するドラマを流すのだ。
普通の雑誌撮影とネット対応、それにドラマ撮影、あげくミサキは琥珀さんのドラマにも出る。
ミサキは「誘われちゃった」とかLINEしてくるし、今彼の陵はマジキレして仕事投げ出してるらしく、もう地獄絵図だ。
少し目を離すとすぐにケンカして、公式のインスタに指輪だけおいて「さよなら」とか書くのだ。
公式の! 仕事のインスタだから!!
本人に言って欲しい、公道に吐かないでほしい。
分かってる、こういうのは本人以外に心配してほしいから書くのだ。
公道に吐く時は最後の叫びなので、反応しないともっと悪化する。
私はミサキとさっきからLINEで話しつつ、陵とも話しつつ、あまりに疲れたので隼人さんの声を聞いては痺れて机で寝ている。
ダメだ、隼人さんの声をちゃんとエンジンにしたい。
プロに頼もう。
私はスマホを取り出して電話をかけた。
「恩田さん……助けてください……」
『晴日ちゃん、やっほ! 暇なら仕事手伝ってよ』
「暇な人が夜の1時に電話するはずないじゃないですか!」
恩田さんは「あはは~そりゃそうだ~」と軽く笑った。
この人は私がPC部署に居た時の先輩だ。
PC音響関係に強い人で、それ関連に悩んだら恩田さんに相談するのが一番だ。
『最高の音を聞きたいけど、イヤフォンだと死にそうになる……つまりあんまり近くで聞きたくないのね』
「その通りです」
『オススメヘッドフォンは明日持って行くとして……今すぐなら自分が座ってる場所から2m離して右と左側にスピーカー置いてみたら? その人が居て欲しい距離に置くしかないよ』
「ふむ……」
私は取材持ちあるき用のPCに音源を入れて、USBのスピーカーをそこら辺の机から引っこ抜いて良い感じの距離に置いて再生してみた。
ん……ちょっと遠い……もうちょっと近くに来てほしい。
うん、いっそ上の方に置いたほうがいいかも。
私がひとりで大騒ぎしている間にみんな帰宅して、会社には誰も居ないので、後ろの桜ちゃんのデスクの一番上に勝手にスピーカーを設置してみた。
すると部屋中に隼人さんの声が響き始めて……あ、いいかも。
「なんとかなりそうです!」
『そういえば今度VRモニターで音声の距離設定できるのが出るらしいよ。視界の外にいる人の声を正確に出せるんだって』
「めっちゃ楽しそうですね」
『週末コンベンションあるから、一緒に行こ。記事よろしく』
「したたかな営業……OKです、行きます」
『よろしく~~。オススメヘッドフォンは明日持って行ってあげる~~』
「待ってます!」
通話は切れた。
私は部屋に降り注ぐ隼人さんの声を聞きながらミサキ&陵とLINEしつつ、来月のMOKOMOKOに使う写真を選んだ。
調子あがってきた!
朝になりみんな出社してきたので部屋ごと隼人さんライブハウスは出来なくなってしまったが、恩田さんが貸してくれたヘッドフォンはノイズキャンセリング能力が高くて、人の声を聞くには最適だった。最小音量にすれば良い感じに隼人さんが話しかけてる感じを味わえた。
その結果最近したこともない2日間横にならずに仕事するという驚異の作業速度を見せつけた。
しかし腰が限界を迎えた。一回隼人さんの所で寝て、それから帰ろう。もうパンツがない。
私は横のジムの風呂で眠り知らない人に心配されて起こされ、サウナで眠り知らない人に叩かれ、最後には従業員に心配されながらジムを出た。
声を聞いていたから動いていただけで、一気に電池が切れてしまった。
まさにスーパードーピング。
フラフラとおにぎり屋さんの二階に向かうと、隼人さんが私に気が付いて、なんと店の奥から出てきてくれた。
えっ……私今、地獄の底から這い出てきたぬれせんべいみたいになってるけど、大丈夫?!
「……見かけないから……」
「すいません、えっと……CDお借りしたら仕事が進んで……ちょっとやりすぎました。あ、これ、ありがとうございました。そしてこれ、気持ち悪かったらすいません……なんかもう自分でも怖いですけど、伝えたくて……」
私は隼人さんから借りていたCDを返して、一緒にA4用紙の束が入った茶封筒を渡した。
隼人さんは「?」と言った表情でそれを受け取った。
そして中身をパラ……と見て、ゆっくり、ゆっくり文字を読み、ページをめくって、ゆっくり読んでいた。
なんというかもういたたまれないというか、ちなみに私は今ノーメイクで眉毛がない。
前髪はない髪型をしているので、横から髪の毛を引っ張って誤魔化しながら待つ。
というか……目の前で熟読されると思ってなかった。
それは私が必死に書いたCDの感想文だった。
なんとかCDを聞いて感想を書き始めたら「すきぃぃぃ」みたいな頭のネジが消し飛んでる文章しか書けなくて頭を抱えた。
冷静にと思ったら「類まれにみる素晴らしき声」とか書きだして評論家状態。
ライターとしてレビューなら書けるけど、そんなの別に他で読んでると思った。
隼人さんは私の反応が聞きたくて貸してくれたんじゃないかなって思ったから、ものすごく考えた結果、A4、5枚、ほぼ箇条書き。
この部分の言い方に痺れたとか、息をのんだ芝居で泣いたとか。
書きながら「これじゃない」と思いながら、これしか書けなかった。
ライター8年間もやってるのに……情けない。
また怖がられそうで、ポストとかに入れて逃げようと思ってたのに、目の前で見られるなんて……。
隼人さんは最後まで読み終えて、目を閉じて、口元に握りこぶしをあてて(どうやらこれは隼人さんが物事を考える時の癖のようだ)何度か目を薄く開いて、それでも言葉を探して、私を見てくれた。
「……声を出す『意図』は、考えてはいるけど……こんな風に受け取ったことはなくて……」
「すいません、あの呪いの羅列みたいになって……こんな文章しか書けなくてすいません……」
隼人さんは私の言葉を止めて、ゆっくりと、何度も頭をふった。
そして静かに、とても優しく、慈しむような声で、
「……俺の言葉を大切に受け取ってくれて、ありがとう」
と言ってくれた。
その表情は、今までみた隼人さんの中でも一番丸くて、優しい瞳で、きっとこんな表情で舞台に立っていたんだなあ……と思った。
私は過去に戻って舞台は見られないけど、少しだけ過去に戻れた気がした。
お礼を言って二階にあがり、布団に倒れこんで寝た。
お布団からおひさまの匂いがして、きっと隼人さんが干してくれたんだと思ったけど、1秒以下で寝た。
やっぱり隼人さんが大好き……。
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