第3話 勇気出してもいいですか?
私は朝食のお礼を言って帰ることにした。
うつむいたまま出口を探すと隼人さんが和室の奥を手で示してくれた。
どうやら二階へは会社からは見えない奥側に専用の階段があるようだ。
階段の入り口に簡易玄関があり、私の靴はそこに並べてあった。
背後に隼人さんの気配を感じる。
グチャグチャに泣いている顔を見られたくなくて、私は慌てて靴を履いて立ち上がった。
一秒でも早くここから立ち去りたかった。
うつむいたまま隼人さんの顔を見ずに最後のお礼を言う。
「……ありがとうございました、失礼します」
「あの」
後ろから甘い声……隼人さんが私に話しかける。
「……はい」
と答えたが、顔がドロドロになっているのが分かっているので振り向くことが出来ない。
背中を向けたままの私に隼人さんの美しい声が再び追ってくる。
「……終電逃がした日は、うちで寝ればいい」
「っ……?!」
私は信じられない言葉に思わず振り向く。
これ以上の醜態をさらしたくなくて、両手で目元まで隠す。
でも伝えたくて、聞きたくて、確かめたくて、その状態でなんとか言葉を出す。
「……そんなの、なぜ。いいん、ですか?」
隼人さんは私の顔をみて目をそらして、
「部屋は、余ってる」
と言った。
私の脳内は完全にパニックをおこしていた。
隼人さんに告白された?!?!
俺の所に来い?!?!
いやいやそんなこと全然言って無い。
でもちょっとまって、もう一度言葉を思い出そう。
終電逃がした日は、うちで寝ればいい……簡易宿泊所に使えってこと?
いや私がグチャグチャに泣いてるから、落ち込まなくて良いって元気付けてる?
いや飲兵衛でだらしなく寝てたのがみっともなくて、大人ならちゃんとしろって話?
隼人さんが言った言葉の真意が分からない。
私が黙り込むと、隼人さんも黙り込んでしまった。でもここで聞き直せる精神状態でもない。どうしてですか? と聞いて「なんとなく」と言われても悲しいし、一瞬で前言撤回されても悲しい。
一回、一回落ち着きたい。
私は「あの、もうお邪魔だと思うので、とにかく一回会社に行きます、ありがとうございます!!」と叫んで階段を下り会社に向かった。
朝日がまぶしくて目が痛いし、もうワケが分からない。
私はフラフラと会社に入って行った。
「晴日さん……脱字ってレベルを超えてますよ『ごてんべアウトソーシング』って、御殿場アウトレットに一つも被ってないんですけど。ていうか、使ってる写真は居酒屋だし、しかもリンク切れてます。何を書いてるんですか?」
「うう……桜ちゃん……ワケが分からないよ……」
「うわ、めっちゃ目が腫れてブサイクMAXですよ。しかもノーメイクですよね。え? 面白い話ですか、そうですね、ランチ行きましょう」
「まだ朝10時だよ、私この文章だけ書いたら一回家に帰る……もう無理……」
「じゃあ、私も取材で群馬いくんで、もう出ましょうよ。今の晴日さん何書いてもクズっぽいですから」
「色々酷い……」
私は桜ちゃんに促されてキャリーケースに洗濯物をつめて会社を……裏口から出た。
今日は正面口から出たくない。だって目の前に隼人さんのお店があるんだもん。
何がおこったのか、理解できない状態では無理すぎる。
桜ちゃんは電車の中で私の話を聞いて叫んだ。
「告白されてるじゃないですか!!」
「一瞬私もそう思ったの、告白された!!ってね。でもね、冷静に言葉を思い出してみたの。『部屋は余ってる』だよ? 居酒屋で酔いつぶれて運ばれたあとだよ? 部屋をちゃんと借りてちゃんと生活しろって怒られたのでは? 正直それくらいの醜態だよ、我ながらひどい」
私は頭を抱えた。思い出せば思い出すほど情けなくて、もう今日は脳内がグズグズだ。
桜ちゃんはつまらなそうに口を尖らせた。
「うーん……大家さん的な? 理由が分からなくてもチャンスじゃないですか、会社の窓から毎日じ~~っと覗いてるくらい好きだったんだから、ここは『寝させてくださーい』って堂々借りればいいじゃないですか」
「ええ……?! そんな……いいのかな」
「めっちゃ羨ましいですよ、会社の目の前に昼寝できる場所確保ってことですよね。私にも貸してくださいよ、寝たい」
「ダメダメ私だけの場所!!」
私が誘われたんだもん!! まだ借りてないけど……。
でも隼人さんがおにぎり屋の奥で生活していることも知っている。
徹夜した時に窓からこっそり見ていたら、パジャマ姿で出てきたことがある。
ストライプのパジャマ! あれはレアだったなあ。もっと見たくて同じようなタイミングで見張ってるけど見られてない。
ストーカー? 偶然見えただけです! そんないつも見張って何時くらいに何してるとか逐一チェックしたりしてないです!!
あの隼人さんと同居……?! いやいやいや夜眠りにいくだけ……いやいや同居?!
……いやいや間借りでしょ、酔いつぶれて居酒屋で眠る愚かな女に同情してくれたんだよ!!
それでも、どうしよう、ものすごく嬉しい。
夢中で話していると電車は私の住んでいる駅に到着した。
それに気がついた桜ちゃんが手を振った。
「じゃあ私このまま乗って取材いくんで、おつです~」
「おつー。夕方には入る」
「私も夕方には戻ります。ご飯食べませんか?」
「おっけー」
私は大きな荷物を抱えて降りた。
生まれてからずっと変わらぬ駅に少し落ち着いて息を吐いた。
会社は都内にあるけど、私はずっと実家から電車で通っている。
電車に乗ってしまえば40分程度で会社に着くので、ずっと都内にマンションを借りられない。
ただ都内から帰るにしては終電が23時40分とわりと早い。
いやこれほど仕事が楽しくなる前は余裕だったのだ。
取材が増えてきて日中出ていて夜しか文章を書けないので、厄介なことになっている。
それに実家は特殊で集中して仕事が出来ないので、持ち帰ることも出来ない。
我が家は今どき珍しい大家族なのだ。
私の実家は小さい工務店をしている。
お父さんは私の母を含めて2回離婚。数年前に3度目の再婚をした。
出戻り含めて家族がどんどん増え、今では9人が住む超大家族になってしまった。
家は建て増しして巨大化、タカチェスター(高野……ここの住所だ)ミステリー・ハウスと呼ばれている。
誰も死んで無いけど、家がグチャグチャしすぎてるのだ。
「
「晴日、おかえり。荷物取りに来たの?」
「そう! お風呂入ったらまたすぐ行くー」
「洗濯しとく?」
「大丈夫、自分でやるよ」
楓さんは二番目の元奥さんの連れ子で、私より年上の女の人だ。
大工であるお父さんに弟子入りして、建築士として仕事をしている。
うちの工務店は大工のお父さんと建築士の資格をもつ楓さんが回している。
小学校の時……お母さんが出て行ってすごく淋しくて毎日泣いていた。
その時に楓さんが来てくれて嬉しかった。ずっと一緒なので姉妹のようなものだ。
楓さんは子どもを二人産んで建築士の勉強をして資格も取り、頑張っている。
いつか個人事務所を作って、そこを楓さんに建築して貰うのが私の夢なのだ。
だから都内に家賃なんて払わずお金を貯めたいと思っている。
でも……ずっと好きだった隼人さんの近くに住めるなんてチャンス、逃がしたくない。
「ねえ、楓さん、お家に入れてるお金って、少し減らしても平気かな」
「大丈夫だと思うけど、何? 何かあった?」
楓さんは仕事の手を止めて私の横に来てくれた。
私は月に10万ほど家にお金を入れていた。
それは大家族を支える生活資金にもなっているはずだ。
楓さんは私の話を聞いて「めっちゃチャンスじゃん、幹太さんには私も何となく話すから、とりあえずOKしてきなよ!!」と背中を押してくれた。
小清水晴日、28才。
好きな人の上の階に間借りしても良いですか?
勇気出してもいいですか?
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