第2話 甘い声に痺れて(晴日視点)

「この服高っ!!」

「モデルさん足長すぎ。私の二倍あるわ」

「てかこのチョコが食べたい、行こう?」


 私が高校生の時……10年前にもスマホはあったけど超高級品で誰も持ってなかった。

 持っていたのはガラケー。メール全盛期で一日何通も友達とやり取りした。

 サイトを見るという文化はなくて、昼休みグダグダ話す時、真ん中にあるのはファッション雑誌だった。

 読みながら私は思ってたんだ、こういう雑誌ってどうやって作ってるんだろ。

 どうしたら作れる人になれるんだろ。自分で作れたら楽しそうだな。

 私はずっとそう思ってたけど読モは今日も約束無視するし、友達勝手に連れてくるし、一か月で3キロ太るのはやめて!!


「サイズ変更間に合わないのよ!」


 叫んだ自分の声に驚いて目を覚ます。

 楽しい高校時代の夢を見ていたのに、途中から完全に悪夢にすり替わってた。

 高校生の特集ページを作ってたからだろうか。出演者は全部今面倒みている読モたちだったのが笑ってしまう。


「……んで、ここはどこ?」


 気が付くと全く知らない和室に寝ていた。

 太陽の日差しが入らないようにかけてあるカーテン、お布団はふかふかでシーツは清潔。

 部屋の広さは六畳くらいだろうか。特に何も置かれてなくて布団しかない空間……なんだここ知らないわ。

 ああ、まだ夢の中なのね、お布団お布団……。

 私はもふもふのお布団を鼻先まで持ち上がて目を閉じた。

 よく考えたら一週間コーデも夢オチで繋いだら全然関係ないコーデ挟めないかな。

 毎回差し込まれて困るアウトドア服、夢の中で山登りとかで使えるのでは?

 OL用の雑誌でゴアテックス挟むの難しいって。

 台風の日に出かけるしかないじゃん。ていうか普通のOLがゴアテックス欲しがらなくない?

 はああ~~お布団って最高に気持ちがいい……。

 私は社畜対応型チート睡眠を持っていて、普段は2時間寝れば6時間動ける。

 でもたまにこうしてお布団で眠る時は最長15時間くらい眠り溜めする。

 気持ちいいむにゃむにゃ……。


「失礼します……声がしたので……起きられましたか?」


 小さな声が聞こえて私は跳ね起きた。

 夢じゃない! ていうか誰かいる?! 私は慌てて布団から飛び出して声が聞こえた方向にあるふすまを少しだけ開いた。

 すると部屋の外の廊下に……隼人さんが正座していた。

 隼人さん。隼人さんだ!! 嘘、隼人さんだ!!

 いやいやいやいや……何がどうなってるの?

 昨日は三つ重なった締め切りを一斉に片づけていて、なんとか終わって嬉しくて大好きな居酒屋でご飯たべて帰ろうと思ったらやっぱり終電消えててエイヒレ食べて日本酒お代わりして……そっから先の記憶が全く無い。

 あわわわわ……と青ざめていく私の前で隼人さんは冷静に口を開く。


「体調は大丈夫ですか」

「っ……!!」


 私は無言で何度もコクコク頷く。

 隼人さんの声は水の上ギリギリを音が走っていくような低くて美しい声で、私はこの声を聴くだけで身体の中の血が震える。

 目の前で声を聞いたのは初めてだけど、やっぱりめちゃくちゃ好きな声だ……!!

 落ち着いて、落ち着こう。


 それでこれは……これはどういう状況なの?


 小さく口を開けて息を吸い込み、状況を確認する。

 まず窓から外をみると目の前に会社。出勤1分楽チン最高……じゃなくて。

 ここは会社の目の前にある隼人さんがおにぎりを売っている店の二階……っぽい。

 私は隼人さんにこれ以上目の前で話されるとドキドキして死んでしまうので、自らペラペラ話し出す道を選択する。


「ここって、会社の目の前だから、隼人さんがおにぎりを売っているお店の二階……ですよね。そして状況から考えると、飲兵衛で酔いつぶれた私を隼人さんがここに連れてきてくれて、眠らせてくれた……ということで、しょうか?」


 隼人さんはコクンと小さく頷いた。

 うへえ……まじかあ……。

 全身の血が引いて気持ちがズンと落ち込んでいくのが分かる。


 まず、終電逃がして、1アウト。

 店で眠って、2アウト。 

 布団の中に見た事ある上着……たぶん隼人さんの上着抱えていて、3アウト。

 今メイクも落とさずぼさぼさ髪で布団の上、4アウト。

 なんなら昨日の服のまま、5アウト。

 ぐっすり寝てて朝ごはんの準備してもらう、6アウト。


 ひそかに好きだった隼人さんに醜態見られて……7アウト。


 泣きたい……。

 脳内の私がなんとか励まそうと「この前も深夜だからと油断してコンビニでさきイカトーク聞かれてるから平気だよ!」と叫ぶけど、……平気じゃない。


 私はひそかに隼人さんが好きだったのだ。


 最初はおにぎり屋さんの奥の方にいるヒョロリとした人だな~程度の認識だった。

 でもある日の夜。駅で見かけたとき、酔った人を介抱していたのだ。

 大きな背中に、酔った人を迷わず背負って歩く姿。

 すごくかっこいいなと思った。

 それからおにぎり屋さんで働いてる時の隼人さんをこっそり見るようになった。

 そして気が付いたんだけど、隼人さんは前髪で顔の傷を隠してる。

 おにぎり屋で働いてる時は髪の毛をすべて帽子に入れてマスクをしているが、少しだけ見える。

 傷を気にしているのか、いつも一番奥でおにぎり握ってるだけで店頭には出てこない。

 でもそんなの関係ない、私は隼人さんが優しいって知ってる。

 それに声!! おにぎり屋さんで一度だけ「いらっしゃいませ」って言われたんだけど、身体中が痺れて身動きが取れなかった。

 めっちゃくちゃ低くて響いて、最高に好きな声。


 昔オカルト雑誌で読んだことがあった。

 運命の赤い糸ならぬ、運命の赤い声があるって。聞いた瞬間に運命の相手だって分かる声。

 何を言っているんだと思ったけど、今なら信じられる。

 だって隼人さんの声を聴いた瞬間、私の指先は甘く痺れて、声も出なくなった。

 でもどうしようもないほど気持ちよくて、もっともっと声が聞きたくなった。


 正直ずっと会社にいるから1日3回おにぎり買いに行ってもいいけど、そんなのストーカーみたいだから自重して窓からこっそり見てたのに。

 シャケおにぎり大好きで、それもこれも隼人さんが握ってるって思ったから100倍美味しくて。

 飲兵衛のおじさんから「ああ、隼人くんね」ってさりげなく名前聞き出すまでに、私がどれだけ苦労したと思ってるの。

 ちなみに苗字は知らないよ。

 だって今初めてこんな近くにいるんだもん。

 ぐるぐる考えて涙目の私の前にお盆がツイと出された。


「あの、簡単ですけど朝ごはんです」


 そう、とても静かな、小さな声で言った。

 ああ、すごい、この声をもっと聞いていたい。

 どうでも良い言葉も全部聞いていたい。

 今まで「いらっしゃいませ」しか聞いたことなかったのに、私の中に隼人さんの言葉コレクションが溢れてきて泣き出しそう。

 でも食べよう、食べて、ここから出て、会社で泣こう。


「……いただきます」


 私は震える声を静めながらお礼を言って梅茶漬けを頂くことにした。

 隼人さんが私のために準備してくれたのに残して逃げ出すなんてもったいない。

 スプーンを入れたおにぎりは表面がサクサクに焼かれていて、梅はとても酸っぱくて、出汁はコンブと煮干し……?

 めっちゃ美味しい。ああ……このおこげが最高に美味しい、すごい。

 私は1粒残さず食べた。


「最高に美味しかったです、すいませんお邪魔しました」


 私は頭をさげた。すると一気に涙が溢れ出てきて、それを掌で拭う。

 隼人さんに絶対アホだと思われた。

 恥ずかしくて恥ずかしくて情けない!! 

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