お仕事女子は、ずっと好きだった人のお部屋を間借りして、まあるい恋をはじめる
コイル@委員長彼女③6/7に発売されます
第1話 俺は影としていきていく(隼人視点)
「終電って、生きてるよね」
「
深夜一時のコンビニに客は少ない。
陽気な音楽だけが鳴り響く空間に妙な会話が聞こえてきて、俺……一ノ
そこには女性が二人見えた。
身長が小さく、おでこをいつも出してて髪の毛がふわふわしてる人だ。
俺が働いてる店……おにぎり屋にたまに来てシャケ握りを買う。
もう片方の人も見たことがある。身長が高くてかなり短めのショートカット。
朝や昼、深夜も関係なく見かけるから、たぶん近所の雑誌社で働いている人なのだろう。
あのビルは24時間出入りがある。
晴日さんはコンビニでもシャケ握りを買うようで、手に二つ持ちながら店内を歩いている。
「今日は必ず帰る、この文章書いたら帰ると思いながら仕事するじゃない? 気が付いたら終電時間すぎてるの……怖い」
「いやいや、時間分かってるんだから、早めに動きましょうよ」
「
「日中取材多いし、文字書けるのが夜だけなのが辛いですよね。あ、私、炭水化物食べたら眠くなるからコンポタにします」
「私は食べて一回寝るわ。3時になったら起こして。明日5時から河口湖でしょ」
「出た! 晴日さんのチート、2時間睡眠6時間起動。マジで良い機能ですよね」
「私運転するから桜ちゃん寝なよ」
「ええー? 晴日さんの運転怖いんですよね、ぐへへって笑いながらアクセル踏み込むのやめてくださいよ」
「そんなこと言って無いし!!」
俺はこっそり盗み聞きしながら思う。
世の人はこの人たちを社畜というんだろうけど、なんというか楽しそうで盗み聞きしてしまう。
晴日さんは楽しそうに続ける。
「WEBの小ネタ、会社で24時間仕事するためにコンビニで買うサバイバルご飯って特集はどうよ?」
「私は好きですけど、24時間仕事したくない人のほうが多いと思います」
「私のおススメはさきイカ! 噛んでると眠くないよ? キシリトールみたいにお腹痛くならないし」
「原因判明! 晴日さん、最近デスクのゴミ箱からめっちゃイカの匂いがするって編集長がいってましたよ、もうやめたほうがいいですって!」
「冷凍ご飯、生卵、出汁、そしてさきイカ入れてレンチンすると旨いんだよ~」
「あーっ! レンジをイカ臭くしてるのも晴日さんだ!! もうやめてくださいよ~~」
楽しそうだな。
俺はレジでお会計して貰いながら、心の中で少し笑う。
「あっ……」
桜さんが会計していた俺に気が付いて小さく叫ぶ。
「あっ……!」
晴日さんはぽかんと大きく口を開けた。
右手にシャケおにぎり、左手にさきイカと持っている。
さっき止められていたのに、それでも買うのかな。
顔を見られないように髪の毛を垂らしてうつむく。
こっそりと盗み聞きしていたことに気が付かれただろうか。
もし怖がらせてしまったら申し訳ない。
俺は商品を受け取って急ぎ足でコンビニから飛び出して、暗闇の街の中を走り始めた。
俺は今の自分の容姿が好きではない。
高校生の時に事故にあい掌と腕、左頬に傷が出来た。
今はそれを伸ばした前髪で隠している。
傷が丸見えになっていたとき、街の人たちが俺の顔を見て怯えていたからだ。
かなり大きな傷なので目立つ。何も知らずに見たら何かで切りつけられたように見えるかもしれない。
声もとても低く、それを活かした夢もあったが、人前に出ることが多い仕事なので諦めた。
今は影のように生きているが、おにぎり屋という家業があるので生きていける。
それだけで満足だ。
俺は罪を背負い、影としていきていく。
「あの! ちょっと、待って……!」
大きな声で呼び止められた。振り向くと後ろに晴日さんが居た。
かなりの速度で走ってしまったので、追ってきた晴日さんの息も上がっている。
考えながら走っていたので、後ろを晴日さんがついてきていたことに気がついてなかった。申し訳ない。
晴日さんは「ふー……」となんとか息を整えて整えて、掌を開いて小銭を見せた。
「おつり、忘れてますよ」
どうやら慌てて店を出たので受け取るのを忘れていたようだ。
おつりを受け取ろうと手を出したが、掌には大きな傷が残っていて……これを見ると女性はみんな怖がる。
だからおにぎり屋でも表に出ず裏でおにぎりを握っている。
掌を見せることに一瞬躊躇して手を丸めたら、晴日さんは俺の掌を上から下から包むよう優しく広げて、おつりを渡してくれた。
触れた指先が広がって、ふわりと体温が伝わった。
小さな手だな……と思った。
晴日さんは顔を上げて目を細めた。
「足がとっても速いんですね……あっ、すいません!」
俺に渡してくれたお釣りはレシートに包んであったのだが、握ってしわしわになっていた。
それをツイツイと掴んで取り出し、両手で畳んでまっすぐにしようとした。
しかしレシートはしわしわなまま……むしろ手に汗をかいているのだろうか、更にしわしわになった。
「すいません、戻りませんでした」
そういって晴日さんは恥ずかしそうに苦笑して再び俺にレシートを渡してくれた。
そして何度も立ち止って振り返り、俺に頭をさげて夜道を走って去って行った。
俺はそのしわしわになったレシートとおつりをポケットにねじこんだ。
走って追わせるなんて、申し訳ないことをしてしまった。
次に出会ったのは二日後の深夜。
古い友人である
裏口から入るとカウンター席で寝ている人がいた……晴日さんだ。
「あ……」
「隼人ありがとう~。今日焼きおにぎりメッチャ出てストックが……あ、その人? そこの雑誌社の編集さんなんだけど、飲んでしょっちゅう寝ちゃうんだよね。いつも起きて上の漫画喫茶に自分で歩いて行くけど、今日は完全に寝ちゃってるみたい。もう閉店なんだけど、どーしよ」
美和子さんは俺からおにぎりを受け取りながら言う。
上の漫画喫茶で寝ている……?
俺は寝ている晴日さんをマジマジと見てしまう。
二日前に会った時も深夜一時だった。これが日常なのか? 社畜って次元じゃない、どういう状態なんだ?
二日前に見た時と服装は違うから、着替えてはいるのだろう。
おにぎりを渡しながらカウンターで寝ている晴日さんを見ていたら寒そうに眉間に皺を入れて、小さな身体を丸めていく。
なんだか可哀相になり俺は上着を脱いで肩から掛けた。
すると俺の上着を細い指でキュッ……と握って
「……お布団あったかい」
とほほ笑んで丸まった。
布団じゃないし、わりと長く着てる上着なんだけど、臭くないだろうか。
晴日さんはとても小さいので、俺の巨大な上着をきるとお尻まですっぽり隠れてしまう。
椅子の下からぷらりと垂れている小さな足はヒールが脱げてストッキングの先が見えている。
そこから透けてみえる、無防備に投げ出された細い足の指に目をそらす。
俺は完全に晴日さんが気になってしまった。
というか……このままじゃ放置したら生物として危ないんじゃない? と思ったのも本音だ。
それを見ていた美和子さんが口を開いた。
「……ねえ隼人、店の二階にこの前まで加藤さん使ってて布団もあるよね。あそこに寝かせてあげたら? この人昨日も漫画喫茶で寝てるから」
「え、昨日も? 体調大丈夫なのか?」
「漫画喫茶に投げ込みに行くのもなんだし、店にも置けないのよ」
美和子さんは「ほらほら」と、強引に俺の背中に晴日さんを背負わせた。
晴日さんは完全に眠っていて、何をしても起きないくらい深く眠っているようだ。
背中にある恐ろしく小さくて軽くて骨だけの身体。
俺の半分以下の体重しかない気がする。
外は寒そうだったので、おんぶして上から俺の上着をかけて、家まで運ぶことにした。
全く知らない人だったら断ったと思う。
でも両手で俺の傷だらけの掌を包んでおつりを渡してほほ笑んでくれた晴日さんを、あの時点で、俺は気になっていたんだ。
晴日さんは後ろから俺の太い肩を細い指でキュッと握った。
俺の家はおにぎり屋を経営している。
晴日さんが働いている会社の目の前だ。
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