第42話 手負いの獣は晴日に愛され微笑む(晴日視点)

「晴日、おめでとう!!」

「……ありがとう、渉。重たいんだけど」


 目が覚めると、私の布団の上に渉が乗っていた。

 ものすごく重たい。

 渉は完全に覚醒していて、目がランランと輝いている。


「俺、朝の5時から起きてるから!! もう7時だぞ、寝すぎだろ!!」

「いや……11時に美容院行けばいいから、もうちょっと寝させて?」

「えっ?! それまで俺なにしてればいいの? 暇なんだけど」

「宿題とか?」

「終わったし! 昨日超言われて終わらせたし!!」


 ひーま、ひーま! と叫ぶ渉を楓さんが抱えて出て行った。

 今日は結婚式当日だ。式場の神社に近いから実家で寝てたんだけど、完全に間違えた。

 楽しみな事がある時、小学生の目覚める速度は尋常ではないのを忘れていた。

 健やかなる二度寝を……と思ったら、一階で渉と和真が新聞紙の剣で戦いごっこを始めた声が響き始めた。

 諦めて起きると、気が付いた渉が剣を投げ捨てて走ってきた。

 

「晴日! 今日うちに隼人泊まるんだろ」

「一泊してくれるみたい。掃除は終わってるの?」

「俺の布団も並べといた! 枕投げしようぜ!!」

「は??」


 見に行くと、今日隼人さんが泊る我が家で一番良い和室の真ん中に渉の布団が置いてあった。

 私は笑い崩れる。マジで面白いんだけど。

 それを発見した楓さんが叫んだ。

「渉、何これ片づけてよ!! 新婚さんの部屋に入り込もうとするの、やめなさい!!」

「えー、朝までUNOしようぜ。幹太と楓と俺と和真と晴日と隼人と怜二で7人で朝までやろうよ」

「それ絶対隼人さんが喜ぶやつ……」

 私が言うと渉は、

「だろ~~~? ナンジャモンジャも準備した。俺これ七小で一番強いから」

「渉ううううう??」

 楓さんは頭に山ほどカーラーをのせた状態で叫ぶ。

 でもまあ実家でラブラブするつもりは無いので、朝までUNOで正解だと思う。

 というか酒に恐ろしく強い父と隼人さんが延々飲む気がするし、酔ってUNOすると楽しいから良いのでは?

 渉はもう暇すぎて我慢できないと外に飛び出して行った。

 きっと近所の公園で靴を飛ばしているのだろう、朝の8時から元気すぎる……。




 朝ごはんを頂いてから、神社の近くにあるホテルに向かう。

 ヘアメイクとパーティーはここにお願いした。

 中に美容院もあり、そこでレンタルした着物のチェックをしてヘアメイクを開始する。

 一応雑誌社に勤務しているので、レンタルの着物もメイクも超たのしく選んだ。

 するならちゃんとしたいじゃない! 贔屓にしてくれてるヘアメイクさんたちが髪飾りを作ってくれた。

 白無垢も選び始めたら楽しくて、結局オーソドックスな赤ふきにした。やっぱり白に真っ赤なラインが入ってるのが美しい。

 正絹のちりめん生地に、金糸の刺繍が入ったもので、着てみたら小柄な私が着ても美人さんっぽく見えた。

 綿帽子をかぶって顔を上げたら、びっくりするほど花嫁さんだった。

 えへへ、いい感じ。

 隼人さんは「楽しみにしたい」と言うので、一緒に選ばず、桜ちゃんと行った。

 だからこの姿を、隼人さんに見せるのは今日が初めてだ。


 長い廊下をゆっくり歩いて控室に向かう。

 扉を開けてもらって中に入ると、もう袴をきた隼人さんが待っていた。

 私を一目みて、花がほころぶように優しくほほ笑んだ。

 

「……すごくきれいだ」

「隼人さんも……すてきです」


 隼人さんはもう遠慮なく私をじーーっと見つめる。

 そしてゆっくりと手を伸ばしてきて、指に触れてきた。

 大きくて、温かい隼人さんの手。

 私は優しく握り返す。

 隼人さんは私を優しく見つめて口を開く。


「似合ってる」

「……ありがとうございます……」


 ずっと一緒にいるのに、今日が結婚式で服装が違うだけで恐ろしくドキドキしてしまう。 

 隼人さんは体格が良いから袴姿がめちゃくちゃ似合ってかっこいい。

 私は緊張してしまって顔がしっかり見られない。

 それなのに隼人さんは遠慮なくグイグイくるから綿帽子の中に隠れたいほど恥ずかしい。 

 

「うおおおお隼人おおおおお!!!」

 バターンと扉をあけて渉と和真が飛び込んできた。

「はいストップ」

 隼人さんに飛びつこうとするのを楓さんが両手で止める。

 二人ともちゃんとスーツっぽいのを着ていて可愛い。

 隼人さんも和装をしているので、一緒に大騒ぎ……というわけにはいかないのだろう。少し控えめに相手をしている。

 私はツイと隼人さんの耳元によって「渉、今日の夜、朝までUNOしたいって準備してました」と言ったら顔をクシャクシャにして笑った。

 油断すると隼人さんの頬にキスしたくなるけど、今日はべったりと紅をさしているので厳禁だ。

 姿勢を正して家族のみの前撮りをした。

 父の幹太は朝からもう目が真っ赤で笑ってしまう。さすが私の父、泣き上戸なのだ。




 5月の今日、ブラック神主さんが「毎日祈りました」というだけあって、雲一つない快晴だった。

 鳥が気持ちよくさえずり、大きな太鼓の音が響く中、巫女さんについて歩く。

 抜けるような青空に背筋を伸ばす。

 大きく息をすいこんで、ゆっくり歩いて本殿に入る。

 地元で一番歴史が古く、私たちの地元では神社といえばここだ。丁寧に磨かれていて全てが美しい。

 天井には地元の神様が描かれていて、昔からこっそり入り込んで見ていた。

 ここで結婚式をするなんて想像もしたこと無かった。

 お祓いをして、祝詞奏上、誓詞奏上。

 これは隼人さんが読み上げるんだけど、もう恐ろしく素晴らしい声で……。

 そりゃプロなんだから、当たり前なんだけど、私は涙が出るのを抑えるのが大変だった。

 この声に惚れて、惹きつけられて、ここまで来たから。

 三々九度の盃を交わして、神前式はつつがなく終わった。

 作法があるから緊張してたけど、隼人さんの誓詞奏上が聞けただけで、もう幸せ。

 結婚式して良かった!





 ドレスに着替えて少しだけ食事会をすることにした。

 神前式は家族のみの参加だったので、皆に挨拶をする場所が欲しかったのだ。

 控室に渉が来た。

 そして後ろからあの時作っていたフェルトのブーケを出した。


「晴日、これ、友だちと皆で作ったんだ、ブーケ。めっちゃ頑張ったから、使って!」

「……めっちゃすごいね、これううううううあああ……ありがとおおお……」


 正直これがくると分かっていたので、メイク直しを後にしてもらったのだ。

 泣き崩れることが分かっていた。

『はやと はるひ けっこん おめでとう』

 と花に刺繍されている。これがもう、グズグズで糸がはみ出していて、私はまた泣いた。

 どうやら小学校の紅仲間たちも手伝ってくれたみたいで、30本以上のフェルトの花束になっていた。

 当然うまく出来てない所もあるんだけど……そんなことさえ最高に嬉しい。

 こんなの泣かずに受け取れるはずがない。

 私は抱きしめてグズグズに泣いた。

 というかブーケということは投げるのか?! 絶対あげたくないんだけど!! と思ったら、最近はブーケ投げないらしい。 

 良かった。なにより大切な記念品だ。

 横を見たら、さっそく渉は隼人さんに甘えていた。もうスーツだからある程度自由に動ける。

 渉は最近買ってもらったスマホでブーケを作った時の動画を撮っていて、それを隼人さんに見せていた。

 なんというかその同じ会場に居たんだけど。

 これは一生秘密にしようと思った。


 気が済むまで泣いてからメイクを直してもらい、シンプルなドレスに着替えて会場に入った。

 すると入り口一番近く……房江さんが座っていた。

 紫色の美しいドレスを着ていて、髪の毛もキレイに整えられている。

 隼人さんが横に跪く。

「来ていただき、ありがとうございます」

「まあまあ楠さん、本日はおめでとうございます。こんな素敵な式に呼んで頂き光栄です」

 そう言って房江さんは隼人さんにほほ笑んだ。

 隼人さんは嬉しそうに「ありがとうございます」と目を細めた。

「まあまあ、晴日ちゃん!! なんて可愛いの。写真と撮りましょう。新田さん、新田さん!!」

 隼人さんは楠さんとして認識されているのに、私は晴日として認識されていて少し笑ってしまう。

 動画を頻繁に差し入れているので、その部分が大きいのだろう。

 新田さんは黒のドレスを着ていた。カッコいい!

 そして私が房江さんにプレゼントしたiPhoneで、私たち三人の写真を沢山撮ってくれた。

 房江さんはそれを見て「すてきねえ、ほんとうにすてき」とほほ笑んだ。

 これであのiPhoneの中には隼人さんの舞台の写真と私たちの結婚式の写真が入ったのだ。

 なんて羨ましいアイテム。あとでデータを貰おうと私は思った。


「晴日さん……めっちゃキレイです……」

「桜ちゃん、ありがとううう……」

 さすが元読モの桜ちゃん。ショートカットに大きな花が揺れるピアスにマーメイドラインのドレスが綺麗。

 最近は泣き言言いながら寝袋で気絶してる姿しか見て無かったから新鮮だ。

 ミサキがトコトコ近づいてきた。

「やだ花嫁すっごいしたくなってきた……白無垢ヤバくない?」

 さっきした神前結婚式の写真がもうスライドショーで流れているのだ。

 それを見ながらミサキがうっとりという。

 ミサキなら何でも間違いなく似合う。だってモデルだもん。

「ミサキも陵と結婚するときに着たらいいじゃない」

「見たい。いいな、見たい。うん、見たいな」

 陵は真顔で何度も頷いた。

 というか日本有数の有名企業の息子と芸能人のミサキが結婚したら、とんでもないレベルの事になるのでは……? 

 その日を楽しみにしたいと思う。


 最後に指輪の交換だ。

 隼人さんと相談した結果、京都にあるメーカーのものにした。

 指輪ひとつひとつにメッセージがあり、物語があるのだ。

 私たちが選んだ物語は『響き』。

 波のような形をしている指輪で、波のように終わりなく続く幸せを表現していると聞いた。

 なにより私は隼人さんの声……響きに惹かれて好きになったから。

 私は左手を出した。

 ゆっくりと隼人さんが私の左手薬指に指輪をはめてくれた。

 私も隼人さんの指に指輪をはめた。

 長くて太い指に、美しく指輪が光る。

 私たちはお揃いの指輪をして、手を繋いだ。






 パーティーが終わり、渉たちは家に戻った。

 これから自宅で宴会だ。なんて幸せで長い日。

 着替えを終えて、控室でやっと二人っきりになった私たちは座ってお茶を飲んだ。


「しかし……疲れましたね」

「でも晴日は本当にきれいで、やっぱり結婚式をして良かった」


 隼人さんが私の頬に優しくキスをしてくれた。

 実は今日はじめてのキスだ。

 私は首を傾げて、唇にねだる。

 すると隼人さんは私を抱き寄せて、優しくついばむようにキスを落としてくれた。

 隼人さんは私の目をみて口を開く。

 

「晴日に会えなかったら、俺は今ここにいない。ありがとう」

「私だって、隼人さんに会えなかったら、今も漫画喫茶で寝てますよ。隼人さんが大切にしてくれたから、隼人さんの晴日になれたんです。ぽかぽかの晴日ですよ。どうぞ?」


 手を伸ばすと隼人さんは顔を歪めて顔を伏せた。

 そして私の手を両手で包み、おでこに持って行く。


「ずっとひとりだった。でも、もう、そうじゃないのが、うれしい」

「隼人さん、目を閉じてください、いいですか?」

「……ああ」

「私は今、子どもの頃ひとりだった隼人さんの所に行きます。晴日は隼人さんを大好きだから、時間をこえられます。そして怪我したおばあちゃんを見守っている隼人さんの隣に座ります」

「……うん」

「隼人さんはおばあちゃんに何も言えない。つらくて、自分を責めています。おばあちゃんを抱きしめたい」

「……ああ」

「今の隼人さんなら抱きしめられます。そして抱きしめて泣いている隼人さんを、私が抱きしめます」

「……うん」

「だからもう、隼人さんはひとりじゃないんです」

「……ありがとう」


 隼人さんは顔をクシャクシャにして笑った。

 ぜんぶぜんぶ一緒に、まあるい晴れた日の日差しのように、ずっと一緒にいようと私たちは誓った。

 ずっとずっと一緒に。



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これで完結です。

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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お仕事女子は、ずっと好きだった人のお部屋を間借りして、まあるい恋をはじめる コイル@委員長彼女③決定! @sousaku-coil

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