第14話 お部屋にお邪魔します
パーティー会場で隼人さんを探すと、華やかな女性たちに囲まれていくのが見えた。
みなさん私が知っているレベルの女優さん、アイドル、その卵たち……すっごく露出が高い服装で美人さんばかりだ。
そりゃそうだ、あんな素晴らしい声なんだもん、みんな話しかけたいよね。
隼人さんは見向きもせず会場から出ていき、その素早さは私を安堵させた。
……でも所属事務所はドラゴンか~~。
こっそりとため息をつく私の横にスススとミサキが寄ってきた。今日は、今度出演するドラマに合うように紫色のドレスを着ていて、美しい女優さんがいる中でも光って見える。
ミサキは私の服を引っ張って耳元で声を出す。
「ねえ、琥珀さんがリムジンに乗ってドライブしないかって」
はあ……懲りないな、あの男。
私はミサキにグイと寄って真顔で口を開く。
「そのままどこに連れていかれると思ってる? 天国? 地獄? ベッドの上?」
「すっごい長いんだって。日本にあるリムジンの中でも一番長いリムジンなんだって。ミサキ乗ってみたいなあー」
「陵、陵はどこなの?! 陵の金で乗りなさい!! 陵の金が一番よ!!」
結局犬飼さんに挨拶だけして、琥珀を警戒しながらミサキを守り、陵の機嫌を取って終わった。
美味しそうなご飯も何一つ食べられなかった。
そして再び駅まで三十分かけて歩いた。もう疲れた~~。
実家で着替えた私はすぐにおにぎり屋さんに戻ってきた。
隼人さんはあの後すぐに会場を出ておにぎり屋さんを営業したのか、閉店後のお金の計算をしていた。
私は疲れ果てて腹ペコだったのでおにぎりを購入して、店の前のベンチで座って食べていた。
そして小さな声で言う。
「ドラゴンに所属したんですね」
ドラゴンなら仕事の種類も多いし、琥珀を見てれば分かるが立場は守られるし、口は堅い。
隼人さんのような人には良いのだろう。でもドラゴンは「うん」と言わない仕事を引き受けさせるために女の子をあてがって恋仲にして仕事をさせるとか……そんな話ばかり聞く。基本的に人の扱いが雑なのだ。
それがすごくイヤだ。
ぐぬぬ……と呻いていたら、作業を終えたのか、隼人さんが店の中から私に声をかけた。
「中においで」
と声をかけてくれた。ひええ……店がある一階、ですか? 私にとってはそこから先は聖域だ。
でも今さら純情ぶっても仕方ない。私はコクンと頷いて、隼人さんが開けてくれたドアから入った。
私はゆっくりとベンチから立ち上がり、6年間店の外からみていた場所に入っていく。めっちゃドキドキする。隼人さんのお家だ。
奥にある障子を開くと、廊下があって、小さな台所とテレビ、それにちゃぶ台が見えた。
「こっちが家用の台所と、リビング」
「……はい」
隼人さんがリビングに通して座布団を出してくれた。
隼人さんは台所から電気ポットとマグカップを持ってきてくれた。
そしてワサァァァァァァァァァァァと山盛りの色んな飲み物のティーバック……日本茶、番茶、紅茶はアールグレイに、レモンティー……最後にはカルピス原液まで持ってきてくれた。
……これはなんぞ……?
私がその山をまじまじと見ていたら隼人さんは握りこぶしを口の前に持ってきて黙ってしまった。
これはきっと……照れてる。
そして分かった。
私が何を飲むのか分からなくて、たくさん準備してくれたんだ。
一気に嬉しくなって、私は山の中から番茶を出した。
「番茶が一番好きです。前にお部屋に隼人さんが持ってきてくれたお茶美味しかったです。カフェインはそれほど好きではありません。隼人さんは?」
「俺も番茶があればいい」
隼人さんは番茶を二つ、マグカップに入れてくれた。
はじめて聖域の入るので緊張していたけど、隼人さんも同じ気持ちだと知って落ちついてリビングを見渡す。
10畳くらいの部屋で古い箪笥があり、上に房江さんとおじいさん……それにご両親の写真が見えた。
ずっとこの家に一人だったんだな……。
私は常に誰かがいる家で育ったので、一人で生活するのが想像できない。
でもそれを「淋しそうだ」とかは思わない。それは私だけの物差しで隼人さんの物差しじゃない。
ただ分かるのは、ずっと一人だった人が、突然他人の私と暮らすのはストレスが大きそうだという事。
舞い上がりすぎないで、ちゃんと隼人さんを見ようと心に決めた。
隼人さんはトン……とマグカップを置いて話し始めた。
「アニメの声優をした時のディレクターが犬飼さんで。ずっと誘われていた」
「! 犬飼さんとお知り合いだったんですね、私もお仕事したことあります。お仕事出来る方ですよね」
隼人さんは目を伏せて頷いた。
「もっと……ちゃんとすべきだと、声はギフトだから、と」
「わかりますわかります、超わかりあえます」
私は何度もうんうんと頷く。
犬飼さんとはWEB媒体のドラマでお世話になったのだ。
こんな身近なところに分かり合える仲間が! ああ隼人さんの話をしたい!
そこまで考えてうつむいた。
……しないほうがいいな、専務だもんね、女と同居なんてされたくないね。黙っておこう。
「専務になる予定があるから……仕事は無理させない……でもどうしても頼みたい仕事がある……と」
「すごいです、新人の扱いじゃないです! 今日もすっごくカッコ良かったです。もうめっちゃうるさかったのに隼人さんが話した瞬間にシーンってなって。マイクを使うと隼人さんの声っていっそう素晴らしくなります。もうたったあれだけの挨拶なのに私、すぐわかったんですよ。やっぱり隼人さんの声は大きなホールで聞くと最高に良いです」
熱弁ふるう私を隼人さんが優しい目で見ていた。
……また興奮してしまった。
「ありがとう。久しぶりに人の前に立ったから、変じゃないか、心配してたから、安心した」
隼人さんはそう優しく言ってくれた。
私は無言で何度も首をぶんぶん振った。
本当に素敵だった。
隼人さんは、口元に握りこぶしを持ってきて少し考えて言った。
「……腐れ狸ってドラゴンの社長のこと……?」
「っ……聞こえてましたか! 比喩のような例えのような、楽しく聞こえる何かです!! そして素晴らしい声で私のクソみたいなセリフを言うのはやめてください!」
私は手をひらひらさせて全力で否定した。
イヤ本当は私、ドラゴンの社長を狸と呼んでいる。だってあの街角に置いてある狸の置物にそっくりだ。
隼人さんはお茶を一口飲んで、
「晴日さん、仕事中は全然違う人みたいで……かっこよかった」
「かっ……かっこいい?! 腐れ狸って叫ぶ姿が?!」
「腐れ狸……たしかに狸っぽい……ドラゴンの社長が狸……」
隼人さんはもう一度口にして、小さく笑った。
それ絶対ドラゴンで言わないでくださいよ?!
私責任取れませんから!!
次の日出社すると、さっそく犬飼さんが隼人さんにさせたい仕事が見えてきた。
私たちライターは、それがCMだと読者に知られないように記事を書くことも多い。ステルスマーケティングと言われる種類のもので、宣伝用に色々先に見るのだが……。
「……これ、ドラゴンはマジで売れると思ってるのかな」
「いや~~~もう逃げられないんじゃないですかね、たぶん狸から直にきてる仕事ですよ。しかし酷い、ぷはっ!!」
私と桜ちゃんは宣伝で渡されたゲームをしながら、さっきから爆笑していた。
それはドラゴンが新しく仕掛ける『リズム・ドラゴン』というスマホゲーだった。
キャラクターは総勢30名。ドラゴン所属の有名タレントがアニメ化されて出てくる。
有名デザイナーの気合の入った絵でアニメ化も決まっていて制作会社も超大手だ。
最初から24本の2シーズン、CD発売に一年後のドームまで押さえて、鬼のような本気を感じるプロジェクト。
でもこのゲーム、アニメやゲームのトーク部分は所属タレントのアニメ絵なのに、ゲームになると突然ドラゴンでリズムゲームさせられるのだ。
それはドラゴンが普通に? 踊るモードとか、太鼓の隙間を抜けるドラゴン、昇るドラゴン、増えるドラゴン、脱衣ドラゴン??
本当に意味が分からない。
桜ちゃんはドラゴンを脱衣させるのにハマっていて、さっきからマトリョーシカのようにドラゴンを剥いている。ちなみに剥いても剥いてもドラゴンのサイズは変わらない。
「ある意味楽しくなってきました。てか、なんでアニメキャラじゃなくてドラゴンなんですかね」
「桜ちゃん、それたぶん現場のスタッフ全員思ってると思うよ」
「ですよね」
アニメパートは素晴らしいアニメ絵でぬるぬる動く。
これは間違いなく売れるアニメ……そしてラスボスで琥珀も出てくるようだ。
迷いなく言える。ゲームいらなくね? アニメだけでよくね??
でも最近はゲームで課金してもらうのが大切らしいから、これはこれで正解なのか。
絵が素晴らしいからめっちゃ登録数上がってるけど……クソゲーすぎる。
私的に大問題なのは、クリアすると流れるアニメパート! ナレーションが多く入っていて、その声が隼人さん……いや楠さんなのだ。
犬飼さんが頼みたかった仕事は、これだ!!!
桜ちゃんがその部分のムービーを聞いて口を開く。
「これあれだ、パーティーのすごい声の人だ。この人のムービーは見たいかも。あ、攻略できないのか」
そうなのよ! 私は心のなかで膝を叩く。
隼人さんはナレーションオンリー。
ゲームキャラにも出てこないし、コンサートにも出てこないし、攻略もできない(ちょっとしたかった)。
でも一番ムービーでも目立っている。
えええ……私、隼人さんの声集めるために、このクソゲー攻略しなきゃいけないの?
ていうか、なんて記事かけばいいのよ。楠さん攻略できなくて残念以外書けないけど??
でもなんだかんだ言って私と桜ちゃんは『リズム・ドラゴン』をやりながら爆笑していた。
しかもこのゲーム、想像以上に難しい。クソな上に鬼ゲー!! もう課金一択。発売前から楠さんの声目当てで万出すわ。
最初からエンディング見せてくれ。
家に帰って隼人さんに聞いたら、
「……劇部分? 読んであげるのに」
と言われて首をブンブン振って断った。
何度も言いますけど、そういうチートはよくないですから!!!
隼人さんは優しくほほ笑み、私に番茶をだしてくれた。
……覚えてくれて、嬉しい。
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