第5話 甘んじて天狗になる


 鍵をゲットした私のテンションは爆上がりして仕事はサクサク進んだ。

 終電を気にせず仕事できるってすごい、効率上がる!

 気が付いたら2時を過ぎていたが、ジムでお風呂は済ませていたので給湯室で湯たんぽを作り目の前のおにぎり屋に向かった。

 会社の仮眠室は暖房をつけて寝ると空気がカラカラになって風邪をひくので、いつも湯たんぽを作って布団を頭までかぶって眠っていた。暖房がなくても湯たんぽがあれば大丈夫!

 道を渡って、ゆっくり静かに階段を上る。

 金属製だから歩くたびにカン……と小さな音が響く。

 ダメだ、音がしないスリッパみたいのを買って会社に置いておいて、ここに通う専用の靴にしよう。

 階段をのぼり切って入り口のドアに到着。

 静かに……静かに……私は鍵を差し込んで開けた。

 するとカチャリと軽い音をさせて鍵は開いた。

 開いた! すごい、騙されて無かった! 嬉しい! 喜びの次元が我ながら低い!


「おかえり」

「うおおお!!……うぐぅぅ……」


 突然に甘い声に私は持っていた湯たんぽを思いっきり下に落とした。

 それは私の足の指に当たって激痛で悶絶。めっちゃ痛い!

 ドアを開けたら目の前に隼人さんがいたのだ。想定外すぎる!

 隼人さんは湯たんぽを拾って、私に渡してくれた。

 そして軽く私に会釈して、二階からおりて夜の街に去って行った。

 やっぱり深夜に出かけてる……気になるけど、


「寝よっと」


 私は部屋に入った。

 隼人さんが一階にいるなんてドキドキして眠れない~と思ったけど、居ないなら逆にもう開き直って眠れる。

 でも明日もロケだから5時には起きたい。ああ、ここなら会社まで1分、メイクと着替えは会社でするから20分前に起きればいいのか。

 最高すぎる……。

 私は湯たんぽを抱えてお布団に入り眠った。

 気にしない……気にしない……隼人さんが夜中に出かける理由なんて気にしない……。




「やっぱ彼女かなああ……? 桜ちゃんどう思う?!」


 次の日、私は桜ちゃんを捕まえて夕ご飯を食べながら叫んだ。

 気にしないなど無理に決まっている。

 桜ちゃんはお茶を飲みながら言った。


「なんでそんなにあの人が好きなんですか? ぶっちゃけ晴日さんモテますよね」

「……この前さ……隼人さんがお花買ってるの見たの、青と白と黄色のすっごくキレイな花束」

「へえ、隼人さんって荒野にいる一匹狼感あるのに駅前で花……うん、彼女に、ですかね」

「桜ちゃん、人生で花束貰ったことある? 着回しデイズで20回くらい花束プレゼントするネタ使ったけど、私は貰ったことない」

「読モ辞める時に晴日さんくれたじゃないですか」

「あれは会社が準備してるからね……そうあの花屋で買ってたの。あそこ高いんだよ。ひとつひとつ花選んでリボンも付けてもらって、包み紙も6種類の中から選んでさ。ちなみに隼人さんはいつも黄色の包み紙。すごくセンスが良いと思う~」

「どれだけ長い間こっそり見てたんですか」

「あの日は緑の服着てたし、前にあった草に同化して見てたからバレてないと思う。あの時私は間違いなく草だった」

「これ以上続けると、いつかストーカー規制法にひっかかりますよ」

「分かってます、分かってます、だから草になってたんです、ストーカーじゃありません、草です……」


 桜ちゃんにつっこまれて静かに何度も首をふる。

 私はただ部屋を借りた人、彼女がいるなら、諦めたほうがいい。

 諦めたほうが……諦められるかな。はあ。

 近くなって声を聞けば聞くほど、近くにいって新しいことを知れば知るほど、好きになっている気がする。

 じゃあ近くにいて声を聞いているただのストーカーでいい……絶対いつか捕まる。

 うわあああん!!


 私たちは食事を終えてレジにたった。

 レジの前にチラシが置いてあった……商店街合同第47回天狗まつり天狗道中……そこの協賛店に隼人さんのおにぎり屋さんが書いてある。

 明日の土曜日だ。お店とか出すのかな。どうせ仕事で居るし遠くから覗こうかな。法被とか着るのかな、見たいな。声が聞きたいな。やっぱりただのストーカーだ。

 私がチラシを持ってるのを見て会計をしてくれたおじさんが言う。


「おねえちゃん天狗しない? ほうき持って歩くだけ! 入る予定だった息子がインフルエンザになっちゃてさあ~困ってるんだよ」

「分かりました、入ります、任せてください」

「晴日さん、即決すぎますから!!」


 桜ちゃんは爆笑したけど、チャンスは常に前のめりでゲットしていきたい。

 着ぐるみに入ったら隼人さんの近くに行けるし、商店街の集まりなら情報を集められるかも。

 着ぐるみは仕事でよく着ているので(キャンペーンに借りだされるし、全然嫌いじゃない)余裕だ。

 おじさんは感動して「じゃあもっと飲んで行きなよ!」と奢ってくれることになったので、私は久しぶりに山ほど酒を飲み、二階で眠った。はー、快適!




 次の日、私は朝から着ぐるみをきた。

 天狗は色とりどりに何色もあり、私は黄色を渡された。

 着てみると……うん、視界問題なし。

 たまに極端に視界が狭いのがあって怖いのだ。足元が全く見えなくてカンで歩くハメになる。

 それにこのイベント自体は前も見た事があった。

 天狗の着ぐるみが手にほうきのような物をもち、それで叩かれると一年無病息災……という春に行われる行事だ。

 そして最後に神社に行って、ほうきを奉納する。

 神社にはお店が複数出ているので隼人さんがいるならそこだ。


 着ぐるみ着た状態で歩き始めたら、小学生男子たちに一瞬で取り囲まれた。

 でもほうきで殴られるのはイヤらしく、振り回すと逃げていく。

 なるほど、楽しいイベントだな。私はフェイントかけながら小学生を追い回した。

 現役で楓ちゃんの子どもと遊んでるから、体力には自信があるんです!

 うははは~~とホウキを振り回していたら、トコトコと小さな子どもたちが近づいてきているのが見えた。

 

「てんぐさん、たたく?」

「てんぐさん、いたいことする?」

 

 ああん、可愛い、ほうきでナデナデ。無病息災、元気に大きくなるんだぞ?

 油断していたら、後ろから蹴られた。その勢いで地面に転がりそうになる。

 ああん? 振り向いたら少年がドヤ顔で立っていた。

 なるほどぉ? おばちゃん怒らせるとマジ怖いよ? 大丈夫?

 私は着ぐるみとは思えぬ速度で走ってその少年のケツをほうきで殴った。

「いてぇ!!!!」

「フォフォフォフォフォフォ」

 私は着ぐるみの中で笑う。

 天狗の声って何だろ? たぶんキャラ違うけど、酷いヤツにはお仕置きが必要だからね!!



 ゴール地点の神社にいくと出店があって……やっぱり隼人さんが居た。

 法被は着てないけど仕事してる時みたいにマスクしてないし、作業着着てないし私服だし、エプロンだ!

 一瞬でテンションが恋モードになってしまう。

 なんてカッコイイの、好き……。あの大きな身体にエプロンってのがすごい、めちゃくちゃ良い……。ガタイが良い男性が着ているエプロンって最高だと思うの。

 今日は食べ物扱ってるから髪の毛をすべて縛っていて、顔がよく見える。

 ああ、あの、はじめて朝ごはんを出してもらった時のことを思い出す。

 あの時はじっくり顔見られなかったけど、左頬の下から首にかけて傷があるんだ。

 全然気にならないっていうか、やっぱ切れ長の目を含めて顔も好みすぎる。

 それに小さい子に座り込んでおにぎり渡してる、ああ、おばあちゃんの階段下りる手伝いまで!!

 好き!! もっと近くで顔を見たい。

 私は天狗のまま、ととと……と再び隼人さんに近づく。

 隼人さんは私に気が付いて、


「……天狗さん、おつかれさまでした。おにぎりなにが良いですか?」


 スタッフはタダでもらえると聞いていたので、迷いなく、


「シャケおにぎりをください」


 と着ぐるみの中から言った。昨日突然入ることが決まったのだ。まさか私がここにいるとは思うまい。ふふふ。こっそりと隼人さん見放題だー!

 すると隼人さんは台の上からシャケおにぎりを2つ、そして私の大好物のナメコの味噌汁も出してくれた。

 そして袋に入れて渡してくれた。

 隼人さんは顔を上げて、


「……二階、寝ていて寒くないですか?」


 と言った。

 !!!! ひょっとして中に入ってるの私ってバレてる?!?!

 私は慌てて天狗の頭を取った。

 すると目の前に隼人さんの顔があって、恥ずかしくなりまた被った。

 何をしてるんだ、私は。

 そして天狗の顔をかぶったまま、


「……寝心地、最高です……」


 と答えた。

 私はどんな天狗? 眠り天狗?

 隼人さんは、


「それは良かったです」


 と静かに答えてくれた。

 後で知ったんだけど、何の天狗に誰が入っているのか全て書いてあって、黄色天狗=美空社・小清水晴日さんが急遽入ってくれることになりました! ってめっちゃ書いてあった。赤文字でクソデカい文字で!

 うああ……バレバレだった……恥ずかしい!

 ストーカーぶりを一つ発揮しただけじゃない!!

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