5 定期テスト-琴葉-
体育祭では私たちバスケの優勝という活躍もあり、我が2年A組は1年から3年までを含めた総合で2位という輝かしい成績を残して幕を下ろした。
それから二週間が経とうとしている。私と部活が同じでよく行動を共にしている(小林)一果や(早坂)朱莉があの日をきっかけに少しだけ森本くんに話しかけるようになったということを除けばほぼ以前とも変わらず、特筆すべきことのない淡々とした日々を送っていた。
一つ彼に関連する出来事があったといえば、ある日の放課後、彼の絵を部屋のコルクボードに飾ったものを写真に収め、美術室を訪れスマホ(本来は持ち込み禁止なのだが)でそれ見せた。
彼は相も変わらずどう反応すれば良いか分からないといった風で「ありがとう、うれしいです。」と率直な感想だけを伝えてくれた。彼の反応には期待していなかったので、それが聞けただけで満足だと思い美術室を出た。
そんな出来事ももう一週間は前のこと。
彼を除くクラスメイトの皆が長い間保っていた体育祭の余韻も抜け切り、ようやく落ち着いたばかりだというのに、今日の教室はソワソワとしている。
というのも今日から定期テスト直前週間に入ったのだ。受験がすぐそこに控えているという訳ではないが、2年生になり最初の定期テストということもあり、皆肩に力が入っている様子だ。今週は全員部活もなく時間が有り余っているので勉強のことだけを考えていられる。
「お前もう勉強してる?」「いやまだ全然だよ!」なんていう会話がクラス中を飛び交っている。
私は比較的勉強ができる方なので焦ることはないのだが、一果と朱莉が苦手なため、一緒に音楽室で居残り勉強をすることにしている。今日から一週間、みっちり勉強尽くしの日々になるはずだ。
帰りのショートホームルームも終わり、二人を引き連れ階段を降りて音楽室に向かう。
「それにしても何で合唱部でもない琴葉が音楽室が使えるなんて事になってるのよ?」
「内緒だよ〜誰にだって秘密の一つや二つはあるでしょ?」
「いやまあそうだけど、、」
一果に痛いところを突かれたが何とか誤魔化す。
「それって森本くんと関係あったりすんの?」
「うっ、」
朱莉にもっと痛いところを突かれた。
「普通に考えて何で琴葉と、全く喋らない森本くんに接点があった理由が分からないんだよね〜あと毎週火曜と木曜に誰とも帰らないのもなんか怪しい」
「それは、、」
「もしかして付き合ってるとか?」
「いや、それはないよ!」
「まあ付き合ってるにしてはよそよそしかったもんね〜」
「うんうん!そうでしょ?!」
「まあ知らないでおいてあげるよ、今日から勉強教えてもらうんだしね」
「ありがとう!」
そんなことを話しているうちに音楽室に着く。3人それぞれ好きな席に座り、集中して勉強を開始する。二人がわからなくなった問題があれば私に聞きにくる、といったシステムで勉強することになっており、今は皆淡々とシャーペンを動かしている。
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「ちょっとトイレ行ってくる」
意味のない小声で二人にそう伝え席を立つ。「ん。」という一果の声を聞きつつ音楽室を出ようとしたその時——
「うわっ!」
「キャッ!」
扉を出てすぐのところで誰かとぶつかった。
「、、森本くん?」
顔を上げると申し訳なさそうな顔をした彼がいた。こんなところで会うというのは、どうしたことだろう。
「何でここにいるの?」
「そ、その、き、き、き、き今日も歌ってたりするのかなって思って。僕は美術室で勉強してたんですけど、息抜きでもしようかなって、、」
「あー、まあ今日は私も試験勉強してたからやってないけど、、」
「ねー、なんか話し声するけどどうしたのー?」
音楽室で勉強をしていた二人がこちらに向かってきた。この状況はとても不味い。しかしただどうしようもなくその場に立ち尽くすことしかできない。
「森本くん!?何でここに、、?」
「えっとそれは、、」
「ちょっと私が説明するから静かにしてもらえるとありがたい」
「うん、」
小声で彼を制す。ここはちゃんと説明する以外に切り抜けようがない、そう思い全てを打ちようと思った。
、
、
「えーっと、じゃあ、いつもここで琴葉が勉強してたら、森本くんが偶然来て分からない問題を教えてもらっていた、と」
「うん、そうなんだよね。ほら、森本くん頭良いし」
嘘をついた。咄嗟に出てしまったものだった。確かに彼は頭が良かったはずだが、勉強を教えてもらっていたことなどないし、今の説明の大半が嘘だ。
「あ!良いこと思いついた!」
朱莉が嬉しそうに手を打った。嫌な予感がする。
「私らも森本くんに勉強教えてもらおうよ!そしたらマンツーマンだよ!最高じゃん」
予感的中。どうしたものかと思い彼を見る。今の彼のコミュニケーション能力ではまだ少し厳しい気もする。というより、断ってほしい。
「まあ、べ、べ勉強を教えるくらいならい、いいですよ。」
彼は断らなかった。そんなことになるとは予想していなかった。どうするべきかと考える。
いや、これは良いことでもあるかもしれない。彼が他人と話すようになるというのはひとつ大きな進歩だとも思った。
「じゃあ4人で勉強しよっか?」
森本くんは美術室に勉強道具を取りに行くという。私たちもぞろぞろと音楽室に戻り、再び机に向う。
、
、
、
試験が終わった。
試験直前期間の一週間のうち4日間の放課後を音楽室で過ごし、どの日も午後5時半までみっちり勉強をしていたので共に勉強をしていた四人は皆、軒並み満足のいく成績を取ることができていた。
何よりも一果・朱莉の二人と森本くんの距離感が以前よりは縮まったようで嬉しかった。少し前までは他人に高い壁を作っていた彼だが、それが徐々に低くなって来ている気がする。その上、二人が彼の絵を見たいと言ってくれた。これは彼の才能を他人に知ってもらう大きな一歩だ。そして今日は2人の要望により美術室にある彼のスケッチブックの作品を見に行くことになっている。
「「お邪魔しまーす」」
そう言った一果、朱莉と共に美術室を訪れた。授業でも使われる教室ではあるが、放課後の美術室に二人と来るのは初めてなので”いつもと違う”ということからくるであろう居心地の悪さがあった。
既に教室にいた森本くんは丁度扉を入ってすぐ左手の棚からスケッチブックを取り出しているところだった。
「じ、じゃあこれ、見て良いですよ」
そう言って彼は私にスケッチブックを手渡し、下を向き後頭部をポリポリと掻いた。この仕草だけで他人に見られることに慣れていないことが分かる。
「全部見て良いんだよね?」
「はい、見られてま、不味いのは捨てたので」
念押しの確認をした後、私はスケッチブックを机に置き、1枚ずつページを捲っていく。二人がそれを覗き込む。見せてもらったことのある絵もあったが、殆どは初めて見たものだった。
多様な肌の色の子供たちが楽しそうに笑い合う絵。
輝く男性の背中から片方の翼が生えている淡い絵。
パレットを持った少女がヨーロッパのどこか見覚えのある蒼い街を描く絵。
二人の美しい少女が抱擁を交わし一方が額にキスをして幸せを噛み締めるように見える絵。
夕焼けの景色の中で親子の影が何とも言えぬ哀愁を醸し出す絵。。。
どれも美しくて、暖かくて、素敵なものばかりだった。
二人も目を奪われている様子だ。彼は相変わらず俯いたまま、こちらが見終わるのを待っていた。
「すごいね、これ。琴葉ちゃんが森本くんの絵を好きな理由が分かったよ」
「でしょ?」
私の鼻も高々だ。自分が褒められた訳ではないが。
彼の作品を幾つも見て気付いたが、彼は言葉にしづらい分、自分の願いや頭の中にある景色、想いなどを”絵”という手段を使って表現しているのだろう。口数の少ない彼の心のうちを見た気がして嬉しかった。いつもより少し口角が上がっていることに気づいたのは朱莉に指摘されてからだった。
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