14 結果-琴葉-

 親から急に引っ越しを告げられた夜はベッドで布団にくるまって先のことを考えていた。

 考え事をしていると涙が溢れてきて、泣き疲れて気づけば眠ってしまっていた。

 次の一日は無心でダラダラと本を読んだり、動画を見て過ごした。幸いにも祝日だったので欠席扱いにはならなかったが、結局その次の木曜もそのまま寝込んで休み、何もせずに悶々と考えるだけの時間を過ごした。長い間考える事をしていると絡まり合っていた紐は少しずつ解けていき、思考もスッキリとしてくる。

 こういう時こそ音楽に救われるんだということも改めて実感した。適当に好きな曲をシャッフルでイヤホンで大音量で聴き、その歌詞に触れては涙を流すということを何度か繰り返した。


 気付けば引き籠もってから二日目の夕方になっていた。腹も空いていたので適当に冷蔵庫を漁る。母は学校を欠席するという連絡だけして仕事に出ていった。

 布団の中で考え事をしている時に気がついたのだが、私が学校を欠席するというのは実は小学校の低学年ぶりだった。昔から無遅刻無欠席が当たり前で来たので皆が学校に行っている間、家にいるのは新鮮な気分だ。


 冷蔵庫にあった作り置きのおかずと、冷凍庫にあった茶碗一杯分の米をレンジで温めて皿によそる。既に暗くなり始めている外を眺め、電気もつけずに食事を摂った。部屋の暗さが空の明るさや色を際立たせ、窓の外の景色が浮き上がって見える。

 湯気が立ち上り、時計が時を刻む音だけが聞こえる。


 ふと、手元に置いてあったスマホが震える。陽向からだ。そこには一言、「大丈夫?」の四字だけが映し出されていた。彼のことだから何を送ろうか散々迷った末に送ってくれたのだろう。その光景が頭に浮かび、可笑しくなって笑みが溢れる。笑ったのなど何時間ぶりだろうか、そんな事を考えつつ返信を打つ。


『大丈夫だよ、ちょっと風邪引いただけ』

『夏風邪っていうのかな?』


 嘘をついた。が、これは良い嘘だ。彼を安心させるためのものなのだから。


 一果と朱莉からも同じような連絡が来た。こちらも同じような返信を打ってスマホを置く。引越しのことはギリギリまで皆に話さないと決めた。

 よく余命僅かな人が言うようなことだが、周りに一緒にいられる時間が少なくなっていってしまうという配慮を持って接してほしくない。みんなには普通に日常を過ごしてもらって、残りの時間を意識するのは私ひとりで充分だ。


 今までと同じように毎日を過ごすという揺るがない意思を固めて明日から学校に行くことに決めた。

 明日からまた慌ただしい日常が始まるのだから、今日はもう早めに寝よう。

 この二日間ずっと横になってばかりだからすぐには寝られないかもしれないが、ラジオでもつけて夜をやり過ごすことにした。



 ○



 週が明けて、火曜日が来た。私が親に引っ越しを告げられてから一週間だ。今のところは変わりなく日常生活を送れている。それでもやはり内心では毎日を大切にしようという気持ちは前よりも強くなった。

 そして、何よりも大事なこと——陽向の絵のコンテストの最終結果発表——が今日あるということを彼がLINEで教えてくれた。夕方四時にインターネットで発表があるらしい。

 その結果を楽しみに今日は一日頑張ることにした。


 学校に向かう道でいつも通り彼に会ったのでその表情を確かめると、既に顔が強張っていた。こんな状態であと数時間も持つのだろうかと思いつつ、おはよ!と声をかける。


「おはよう」


「大丈夫なの?」


「う、うん。何せ僕が全力で描いた作品だし、受賞できない訳がないよ」

 少し様子がおかしい。彼にしては自信過剰過ぎるというか、自分に言い聞かせているように見える。


「そ、そう。受賞できると良いけど、」


「うん、流石に、大丈夫だと思うよ」

 ここまで受賞を疑わないとやはり不安が残る。もし、賞を取れなかったら、と考えかけてすぐにそれを辞めた。そんな縁起でもないことは考えるものではない。どうにか気を落ち着かせて、結果が出るのを待つしかない。


 ・

 ・

 ・


 六時間の授業が終わり、形ばかりのホームルームで先生が「さよなら〜」と一日の終わりを告げると、運命の時間トキが刻一刻と近づいているのを感じる。

 グループに入っているが部活のある藍沢一樹を除いた四人で緊張感の漂う美術室にいた。

 たった数十分だが、それが途轍もなく長い時間に感じられる。世間話をして時間をやり過ごすが、皆どこかぎこちない。陽向となってはさっきから言葉の辻褄が合っていない。


 発表時間の十分前になり、陽向がスマホを机の上に出す。本来は学校での使用は禁止されているので、部屋の扉を締め切り極力先生に見つからないように注意する。


 緊張の時間が流れる。秒針が時を刻む音と共に一瞬、一秒、一分と運命の時間トキが近づいてくる。


 発表前に一分になり、ひたすら画面を更新するシュパッという音と四人の心臓の鼓動だけが部屋に響く。

 陽向がごくり、と唾を飲み込む音が聞こえる。


 画面が真っ白になる。

 新たなページが表示される。

 はっ、と私たちは顔を見合わせ、四人で額がぶつかるほどに画面を覗き込む。


『森本陽向』の四文字を探す。


 そこに、その名前は———

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