15-1 思い-陽向-
無かった。
僕の絵のコンテストの最終結果発表ページ、そこに僕の名前は無かった。
思わず目を疑う。そのページを何度も見る。舐め回すように上から下まで見回すが、結果は変わらない。
頭の中が真っ白になった。
なぜだ。何故なのか。僕は最善を尽くしたはずだ。実力が足りなかったのか。いや、そんなことはない筈だ。琴葉たちは受賞できると散々言ってくれたじゃないか。
「……うぶ?」
意識の外から声が聞こえてくる。
「だいじょうぶ?」
「うん、あ、いや、」
「その、残念だったね」
「うん、、」
「まあ惜しかったよ。次、また頑張ろ!」
「な…だよ」
「え?」
「何だよ!惜しかった、って。僕は全力を尽くした。それでダメなら僕の絵はもう駄目なんだよ。何だよ、次があるって。最近絵が描けなくなってきて、どうしようもなくて、だからこの結果を見てまた頑張ろうって、思っていたのに。これだから、
荒い呼吸を何とか整える。
一度堰を切ったように溢れ出した言葉は止まることを知らなかった。最早何を言っていたのか自分でも分からない。思っていることとそうでないことがごちゃ混ぜになって口から流れた。
琴葉の顔を見る事が出来ない。僕が見たこともないような、侮蔑と哀しみを持った表情をしているのだろう。恐る恐る顔をあげると左右にいた小林と早坂がこっちを睨んでいた。
「森本、今自分が何を言ってか分かってる?」
普段は柔和で暖かくて淡い空気を纏う小林が恐ろしいほど冷たく、静かに言い放つ。僕は何も言う事ができない。
「なあ森本、流石にひどいぜ、それは。琴葉の気持ちも考えようよ。」
いつもなら勢いよくこちらに向かってくるような早坂は酷く呆れたといった様子だ。
結果を見てからはオーバーヒートするくらいに身体中の体温が上がるのが分かったが、一度体内の言葉を全て吐き出してしまうと、極めて冷静に、客観的にこの状況を見ている自分がいた。
琴葉はというと、俯いたまま立ち尽くしている。自分がしてしまったことを顧みて「ごめん」と一言かけると彼女がピクリと動いた。
どうすれば良いのか分からない。
不意に琴葉が歩き出した。見るもの全てを切り裂くような鋭く、真剣な眼差しで僕を見つめる。目を逸らす事ができない。こちらに向かうコンコンという靴の音が鳴る。机を回り、僕の正面に立つと同時に———
バチンッという音が美術室に響いた。
僕は一瞬、何をされたのか分からなかった。
目が醒めるような痛みが頬を襲う。そうか、ビンタされたのか。
「別にいくら私の行動を否定しようと構わないけど、絵のことは否定しないでよ。陽向のこれまでの人生と、私のこれからの人生を否定することになるから」
僕と琴葉の人生って、、
「一旦座ろう?」
「うん、」
言われるがままに椅子を引き、そこに座る。
「陽向はさ、なんで私が陽向の絵をコンテストに出したいって思ったか分かる?」
「え、僕の作品が好きだからとかじゃないの?」
「うーん、半分は正解だけど半分は間違い。ちょっと長くなるけど、私の思い、言ってもいいかな?」
「うん、」
一体何を言い出すのだろう。
「半分正解って言ったのは、確かに私は君の絵は好きだけどそれだけじゃコンテストに出そうなんていう理由にはならないから。ただ好きなだけだったら、自分で見せてもらって楽しければそれでいいでしょ?」
「うん」
「私ね、芸術っていうのは、心のどこかに穴が開いた人が、それを埋めるためにやっていることだと思うの。その穴の存在っていうのは、他人に気づかれるのはとても難しい、ましてや自分でも気づいていないかもしれない。しかも、それはこの世界の全員が持ちうる物かもしれない。その、自分の心の穴を埋めるためにやっている行為、つまり創作が、意図せずして他人の心の穴を埋めることがあるかもしれない。だとしたら、それはとても美しいことだと思わない?それでね、陽向、あなたの作品っていうのは、他人の心の穴を埋める力をとても沢山秘めていると思うの。だからね、まずは陽向の作品を、遠くにいる人に届けてみたいって思ったんだ。」
「そんなことを、、」
「これは陽向の為とか、世界中の心に穴が開いている人のためにやったことではあるけど、言ってしまえば結局は自己満足のためなんだよね。だから、ごめんね。陽向。」
「ちょっと待って、」
「今回は賞を逃したけど、数千の応募作品の中から中間選考に残ったことがまず凄いよ。だからそこは誇っていいと思う。それに、スランプなんて誰にでもあることだから、そう焦ることもない。陽向はもう何年も絵を描き続けたんだから、不安になる必要はないんじゃない?」
「ありがとう、そう言ってくれるのはすごい嬉しいんだけど、さっきの、琴葉が謝る事じゃないよ。さっきは琴葉のせいで、なんて言っちゃったけどそんなこと少しも思ってない。僕は一番あたっちゃいけない人に当たっちゃった。そこが一番最低だ。だから、本当にごめん、琴葉」
深々と頭を下げた。僕は取り返しのつかないことをしてしまったかもしれない。もう関係を切られても仕方ない。
「やめて、大事な人にそんな頭下げられたくないよ。この件はこれで終わり。これからは陽向は自分の絵を大切にしてよね?」
「うん、ありがとう」
彼女の優しさに触れ、生暖かい涙がまだヒリヒリと痛む頬を伝った。女子の前でこんな涙は見せたくないのに。顔を隠すように袖で覆い涙を拭う。早坂と小林は女神のように優しい微笑みをこちらに向けている。僕は本当に大切な人たちを持ったかもしれない。
「じゃあ、今日は帰ろうか」
「そうだね。緊張で一気に疲れちゃったよ〜」
変わらず怠けたような口調で言う小林に安心感を抱く。これからもこの人たちと一緒にいて良いんだという安心感だ。
———ガラガラ
僕たちが荷物を纏めていると扉が勢いよく開いた。扉を開けた彼は大きな荷物を持ち、ぜえぜえと息を荒げている。一樹だ。
大切な人の一人、彼を忘れてはいけない。
「え、何?もしかして賞、取れたの?」
「ううん、」
僕が首を横に振ると彼は驚きと疑問の間のような表情を浮かべる。
「え、だって、そんなに四人とも幸せそうな、嬉しそうな顔してるのに?」
「うん、賞は取れなかったけど、嬉しい事があったんだ」
「え、何それ?教えて教えて!」
「教えられないよねー?森本?」
「うん、これは四人だけの秘密かな」
「せっかく部活終わってからダッシュで来たのに。何だよそれ〜いつ決めたんだよ〜」
「え、私が今決めたんだけど文句ある?」
「いや文句しかないよ〜」
彼らがふざけ合う後ろ姿を見て、楽しさと幸福感が胸を一杯にする。彼らと親しくなって良かった。心からそう思った。
絵の結果はショックなものだったけれど、今日はよく眠れそうだ。そう思いながら、前を歩く四人の姿を目に焼き付け校門を出た。
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