2-2 うつむいているくらいがちょうどいい-琴葉-

 美術室には色とりどりの絵の具のチューブや筆、パレットが無造作に置かれ、その中央を占めるスケッチブックに描かれている絵はやはり確かに美しかった。春の日差しが思われ、あの音楽室を描いていながらどこか別世界のように感じる。それだけでなく、柔らかなアコースティックギターや穏やかなピアノの旋律が聞こえてくるような気までする。

 うっとりと眺めていると森本くんは筆を取り、乾いた筆に水を含ませまだ空白の多いスケッチブックを色付けはじめる。彼の表情は真剣ながらも穏やかだ。彼の邪魔をしないように、息を殺してその手元を見つめる。


「し、静かに見られても逆に意識してしまうので、何か話してく、く、くれません、か?」

 静かにしろと言ったり、話せと言ったり、コロコロと気の変わる人だな、と思いつつ「いいよ」と答える。


「森本くんの絵はさ、身近にあることを描いてる様に見えてどこか童話とか絵本のような、メルヘンな雰囲気があるなって思ったんだけど、それはどこから来ているの?」


 彼は一瞬手を止めた後、話し始める。

「僕、小学校に入る前親の都合でヨーロッパにいたんですよね。き、き、き、き記憶はぼんやりとしかないけど、その時のけ、け景色って全部が色鮮やかに見えたんですよね。今思い出すと本当に童話の中の世界みたいな。だからたまにあ、あ鮮やかな色を見たりすると当時のことがどうしても浮かぶんです」


「鮮やかな世界ってどんなの?」


 彼は手を動かしつつ答える。


「べ、別に病気とかじゃないんですけど、昔から見てる世界の色素が薄く感じるようになったんですよね。でも時々、それがあ、あ鮮やかになるんです。葵さんの歌が僕の世界を鮮やかにしてくれるみたいに」


「ふーん、ヨーロッパと日本の鮮やかな世界が混ざってるみたいな感じなんだ」


「はい。」


「私の世界が鮮やかなのってなんでかな?」


「きっと、美しいからだとおもいます。あ、あと、葵さんの歌には、気持ちというか、思い浮かべてることがこ、こ、こ、言葉の一つ一つに詰まっているように感じます」


 確かに、私は歌う時にその曲に対して作者の思いなどを調べ、それを元に景色を思い浮かべて歌う。それが自分で自分を違う世界に連れて行っているようで楽しかった。


「それが伝わっているなんて思わなかった。うん、この絵が完成するのが見たいから、また協力してあげる。私にできることがあれば何でも言ってね!」


 彼は予想外だというような表情をしてこちらを振り返り、また目線をスケッチブックに戻した。


 そこから数十分間、彼は集中のギアを上げ、こちらを気にすることなく彼の世界を色づけ続けた。私もその手元を食い入るように見つめていた。


 。

 。


 。


 下校時間を知らせるオルゴールの音で現実世界に引き戻された。彼も途切れることなく集中していたようで、絵の具を片付けつつ、やっと私に声を掛けた。


「まだいたんですか、き、き、き気付きませんでした。飽きないんですか?」


「全然。むしろ楽しかったよ、ありがとう」


「いえ、自分のために描いていただけですし。あー、色々か、か、か片付けたりしなきゃなんで、先帰ってて良いですよ」


「え、待ってるけど?」


「いや、待たせるのも悪いので」


「そう、じゃあまた明日ね」


 可愛げのない人だな〜なんて考えながら美術室を後にした。しかし彼の絵の魅力がたしかなものであるという確信が今日でついた。そしてそんな絵を描く彼と、仲良くしてみたいという気持ちが一層高まった。






【うつむいているくらいがちょうどいい】

 Inspired by クリープパイプ『栞』

(作詞:尾崎世界観)

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