8-2 本当の声を響かせてよ-琴葉-

 彼のコンテスト用の作品は、前作と打って変わって微妙に異なる様々な青が印象的なものになっていた。

下から海が、山々が、空が、それぞれの青を持って連なっている。前作と同じく私がモチーフであろう少女が、今度は海の正面の中央でその広がった景色に向かって叫ぶように歌っている。

 そして堂々と聳え立つ入道雲は輝くような白で描かれている。


「すごいね、これ。なんか、言葉が出ないよ」


「うん、これ賞取れちゃうんじゃない?」


「そ、そ、そうかな〜分かんないけどありがとう」


「絵も完成したし、今日はもう帰るん?」

 朱莉の問いかけに皆が少し考える。この後の予定など考えていなかった。


「んー、決めてないけど今日これでお開きっていうのもなんか寂しいね」


「じ、じゃあさ、皆んなで私の家、来ない?夜ご飯一緒に食べようよ。完成パーティみたいな」

 一果が小さく手を上げた。


「え、そんなの悪いよ!」

 陽向がすかさず体の前で両手をバタバタと振る。


「まあ確かに、森本は男子ひとりだし居づらいよなあ」


「まあ、そ、それもあるし、それにご飯なんて迷惑じゃないの?」


「まあ私たちはいつも一果んちにお邪魔してるし、ね?」


「うん、」

 こくりと頷く一果を横目に、陽向は決めかねている。


「う〜ん、どうしようかな」


「じゃあ、藍沢誘うっていうのはどうよ」


「それいいんじゃない?」


「うん、あ、藍沢君が良いっていうなら」


「よしっ!じゃあ決まりだな」

 一果が手を叩く。


 教室を出て、体育館前で男子バスケ部の部活が終わるのを待つ。

 藍沢くんが友達と駄弁りながら体育館を出てきたところを朱莉が捕まえる。


「ね、今日みんなで森本くんの絵の完成おめでとうパーティみたいなのやるんだけど来る?」


 彼は隣にいる友達と同じくらいキョトンとした様子で「俺?」と自らの顔を指差している。


「うん、こないだ話した時一緒にいたし、お前が来ないと男子が森本くん一人になって居心地悪いだろ?」


 口は悪いけど、言ってることは優しすぎるんだよなぁ、と思う。口の悪ささえなければもっと男子からモテるだろうに。




 そうして戸惑う藍沢くんを半ば無理やり引き連れて校門を出た。


「みんな一旦帰って着替えてからウチ来る?」


「あー、どうする?」


「そんな遠いわけじゃないからいいんじゃない?」


「じゃーぱっと着替えてすぐ一果んち集合ね。あ、みんなスマホ持ってきてね。LINE交換しようよ」


「うん、あと森本くんと藍沢は一果ちわからないだろうから私とコンビニ前集合で」


「わ、わ、分かった。じゃあ後で、ね。」


 そうして皆がそれぞれの家に帰宅し、支度を直ぐに終わらせ一果の家へ向かう。


 ☆

 ☆

 ☆


 インターホンを押すと、その向こうから賑やかな声が聞こえてきた。もう皆すでに到着しているのだろう。

 おじゃましまーす、と言いながら気づいたが、陽向が私抜きで誰かと話している状況ははじめてだ。大丈夫だっただろうかと一抹の不安を覚えながら靴を脱ぎ、声がする階段の奥のリビングへ向かう。

 男女それぞれ2対2で向かい合う形で座っていた。どうやら何も問題はないようで安心する。

 出会ったばかりの時の怯えたように人付き合いを拒んでいた彼の姿が思い出され、成長したものだと少し感慨に浸る。お前は陽向の何なんだという話なのだが。


「来たよ〜おっ、すごいね!タコパ?」


「そう!材料はタコ以外あったから。タコは3人で買ってきた」


「3人で大丈夫だった?」


「何の心配よ。大丈夫だったよ、ね?森本?」


「う、うん、まあ。」


 彼が満更でもなさそうにはにかむ。呼び方もくん付けから名字の呼び捨てになっているし、少しは仲も縮まったのだろう。嬉しいような、淋しいような。


「そういえば森本の絵、できたの?俺も見たいんだけど」


「あ、ご、ごめん家に置いてきちゃった」


「え〜なんだよ見たかったのに」


「ごめん、今度も、持ってくるね」


「でもポスターだし持ってくるの面倒くさくない?」


「おっ、LINEを交換するタイミングじゃない?」

 朱莉がここぞとばかりに身を乗り出す。


「そうだ忘れてた!今日集まったひとつの目的はそれだもんね」


 それぞれがスマホを取り出し、互いに連絡先の交換を済ませる。そして全員をグループに招待してミッションコンプリートだ。


「じゃーまたこのメンバーで遊びに行こうね!」


「う、うん!」

 陽向の顔が心做しか明るくなった気がして思わず頬が緩む。


「ん?琴葉ちゃんどうしたのニヤけちゃって」

 相変わらず一果はああ見えて鋭いから困る。


「なんでもないよ!ほら、たこ焼き冷めちゃうから食べよ食べよ!!」


「ん〜なんか怪しい。まあいいや、たこ焼きはアツアツが美味しいもんね」


 これはもうこの世の理とも言えるだろうが、友達と一緒に食べるご飯は美味しい。部屋中に笑顔が溢れ、何よりも暖かい。夏だからということもあるかもしれないが、それ以上の柔らかい空気が流れている。

 陽向と出会ってから、ずっとこうなることを望んでいた。彼の心を開き、気の置けない友達を作ってやりたかった。

 彼に以前のような暗く、辛気臭い顔は似合わない。ずっと、絵を描いているときの真剣な顔や、切れ長の目が緩んだ今みたいな顔でいてほしいと思う。


 本当の声を心の内に閉じ込めているのは実は私なのかもしれない、そんなことを思った。




【本当の声を響かせてよ】

 Inspired by YOASOBI『群青』

(作詞:Ayase)

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